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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第十七章 悪化する世界
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17-18 紙屋丸

 ナキナの王都は高山に背中を預けた僻地に存在する。拡張性も交通の便も歴史的背景さえ度外視した防御一辺倒な立地を選び、過去に遷都せんとしたためである。頻繁に魔界からモンスターが襲撃してくる国ならではの決断だろう。王都に到達するためには山脈に阻まれた一本道を進む必要があり、攻め込む側は大兵力を一度に投入し辛い。

 逆に言えば袋小路に王都が建てられている訳なので、負ければ撤退できず全滅するしかないのだが。


「工兵部隊、何やっている! 遅い! 遅過ぎる! 不眠不休を理由に倒れられるのは戦に勝ってからだと言ったはずだっ! 倒れるにしても自分の体重の百倍の土を掘って、千倍の石材を運ぶのが最低ノルマだ!」

「……あの、ペーパー・バイヤー先輩。生きた人間をゴーレム以上の稼働率で働かせるのはいかがなものかと」

「異世界人はレベルアップしている分耐久が高いはずだ。ラベンダーも、さっさと『魔』を回復させてゴーレムを一体でも多く作成するんだ! 敵軍の第三波は目前だぞ!」


 王都前面に広がる平野部に辿り付く直前の道は特に狭い。すり鉢をひっくり返した形の地形になっているため、敵軍が大渋滞を起す。

 最も狭くなった地点に防御陣地を設置しておけば、長時間敵軍の侵攻を遅らせる事ができるのだが……既にエルヴン・ライヒが破壊してしまっていたのが痛手であった。


「エルフ達は生きた年齢分の木を運ぶのを追加するぞ! 自分達で壊したものの代わりを自分達で作って弁償するだけだ。はぁ? 種族差別? 馬鹿言え! 俺がこの世で最も嫌いなものは差別と美形だ! 働け! 働かないと皆死ぬぞ!」


 現在、ナキナ目指して進軍してきている敵軍勢は、オリビア・ラインから出発してきたと思しき銃武装したオークおよそ一万体である。オークに混じり、百人長と思しきインプの姿も確認されている。

 昨日夕方に現れた先遣隊、五百体。こちらは一戦も行わず退き返した。

 早朝に本格侵攻してきた二千体。撃退のために出撃したナキナの騎兵隊に大きな被害が出てしまった。ナキナには銃との戦闘経験がない。騎兵隊による襲撃が失敗したのもそれが理由だろう。

 豚面オーク共は一列に長い横陣を築くと、ゆっくりと前進してくる。いわゆる戦列歩兵。先込め式の長銃を肩にかけたまま行軍し、五十メートルの有効射程内に敵を捕らえた全員が停止し、一斉に銃撃してくるのだ。

 横に長い陣形は一斉射撃を行うための最適解である。オークが使用する銃の命中精度の低さを補うために数を動員する。味方の射線を遮らないように横へと広くなる。地球でも十七世紀から近代になるまで使われた陣形だ。

 つまり、モンスター共の用兵術の洗練は地球人の近代レベルまで進んでしまっている。

 銃の構造もオークの体形や指に合わせて細かな改良が成されつつある。どこから銃の着想を得たのかは知らないが、ただのモンスターがプロイセン軍並みの脅威度を持つとなれば異世界人にとっては脅威でしかないだろう。

「……それはそうと、ペーパー・バイヤーの奴は現場司令官に抜擢されて、何怒鳴っているんだ?」

 二千体のオークを迎撃するため、虎の子たる皐月達が五節魔法による飽和攻撃を行った。

 これにより一度危機は去ったものの、敵軍本隊八千体は健在だ。既に再侵攻を開始したとも聞かされている。

 来るのであれば皐月達にまた追い返してもらう、という安易な手段はもう取れない。戦の日々が続いた事で皐月達の『魔』の自然回復速度が低下している。全員の『魔』の平均値が三割しかないというのは危機的状況だった。


「かつて木下藤吉郎は一晩で墨俣すのまた城を完成させたというぞ。つまり、日本人は昔から工期を短くするために人員を酷使するブラック体質だったという訳だ!」

「……その話、異世界人にとって関係ないです?」

「黙れッ。『魔』を枯渇させてしまった駄目な魔法使い! アジサイは五割も残しているのに、落花生、お前は何割だ?」

「うう、ストレスで回復がぁです。それに遠距離は苦手です」

「魔法などという非科学的なものを頼りにしていては生き残れない! さあ、敵軍は動き始めたぞ。仕上げを急げ! もたもたしている奴はオークの群に放り込むぞ!」


 銃武装したモンスターにナキナの将校が尻込みする中、ナキナを確実に防衛できると豪語した男がいたらしい。

 その男こそが、ペーパー・バイヤーだ。

 アニッシュの強い信任を得たペストマスクの男は、与えられた権限をフルに活用し、兵士達をこき使っている。ナキナ軍は負傷者続出でまともに戦える兵士は四千人弱まで下がっていたが、無名の男に任せられる人数ではない。

「俺が言うのも何だが、ペーパーも平凡な大学生のはずだろうに」

 そもそも戦いに負ければ国崩壊だ。素人を司令官に任命したアニッシュもアニッシュだが、ペーパー・バイヤーは大戦の大役をよく引き受けたものである。

 地下牢を抜けて街中を走り抜けている間、ずっとペーパー・バイヤーの現場監督みたいな大声が耳に入っていた。

 怨嗟魔王襲撃によって痛んだ城壁を駆け上がり、平原を見下ろす。

 ……目前の光景に驚愕したのはその瞬間だ。


「完成だ! これぞ城防衛戦術の秘策! 名付けて――」


 目を疑ってみたが間違いない。

 昨日まで存在しなかった球場ぐらいの大きさの城が出来上がっていた。


「――紙屋丸なるぞッ!!」




 平地だった所に土を盛り、なだらかな人工の丘が誕生していた。その上に原木をそのまま鋭く削って突き刺した踏破阻止スパイクゾーン。小さな堀。またスパイクゾーンと続く。スパイクには有刺鉄線が巻かれているので、手をかけてよじ登る気さえ起こらない。

 そして、石を組み合わせた垂直な壁が建てられている。所々の穴は弓や魔法で敵を狙い撃つためのものだ。壁の上から石を落とす設備も随所に備わっている。

「おお、凶鳥。そなたの友人、見事なものだな。無骨であるが荒々しい。これが禁忌の土地の城であるか」

「アニッシュ、誤解……でもないんだが。何と言うか、これはミーハーが過ぎる」

 これだけなら、ただの強固な防御陣地に過ぎなかったかもしれないが……一夜城の正面の防御はあえて弱く作られているようだ。スパイクは存在せず、坂の傾斜も小さい。

 左右の絶壁と正面のなだらかな坂。両方を見たオーク共は正面へと殺到する事だろう。が、それはペーパー・バイヤーの功名な罠だ。

「銃と聞いていたから塹壕でも作っていたのかと思えば、出城か。色々考えているな、あいつ」

「敵軍は既に近い。紙屋丸に向かうのは諦めて、凶鳥は城門から敵を攻撃するのだ」

「紙屋丸……そのネーミング。やはりミーハーか」

 オークの横陣は太鼓の音に先導されながら迫っていた。

 ナキナ軍は平原での迎撃を一切行わないため、オーク共の最前列およそ二千体は簡単に紙屋丸に到達する。

 進軍速度が速過ぎる。銃で牽制を加えながらも、攻城用の武器を斧やハンマーに持ち変えて正面の防御が薄い坂を駆け上がっている。

「だ、大丈夫なのか。凶鳥!?」

「全方位から囲まれるよりも、一方向に誘導する方が敵を迎撃し易い。ほら、迎撃速度が上がった」

 ただし、防御が薄いと思われた正面の坂道は、見た目以上に細く長かった。

 そんな狭所に敵兵が集まれば自然に渋滞が起きて動きはにぶる。そこに降り注ぐ魔法の十字砲火により、オーク共は次々と倒れていく運命だ。

 仲間の屍に阻まれて足を止めたオークが目を見開く。止まった瞬間を矢に狙われて、心臓を撃ち抜かれて即死したのだ。

 罠に気付いて逃げ出そうとしたオークは、心臓に矢が刺さったオークが邪魔で逃げ道がない。降ってきた火の魔法に背中を焼かれて悶絶しながら倒れ込む。

 そんな最前線の悲劇が見えていない後ろのオークは、なかなか前進しない列にいら立って味方の背中を押して急かした。彼は一分後、後ろから背中を押してくる味方に殺意を抱きながら倒れていくのだろう。


「メルグス。インプの奴等を狙え! あいつらだけオーバーテクノロジーにも機関銃を装備している」

「『鑑定モノクル』発動。……あのブローニングは、記憶武装??」


 元々、オークの頭は賢い方ではない。軍団を指揮している下級悪魔を優先的に狙撃して始末してしまえば指揮する者がいなくなる。そんな状態で隊列が乱れれば、軍隊は簡単に崩壊する。

「さて、見ていないで支援しないと。わざわざ王都の城壁から離れた場所に出城を作っているのは、相互に支援し合うためのはず。アニッシュ、攻撃指示を」

「任せよ。弓隊、構え!」

 俺も片腕を伸ばして魔法攻撃の準備を整える。

 オーク二千体は既に壊滅していたが、次の戦列歩兵が到着寸前だ。まだまだ敵は多い。


「回収部隊、邪魔な死体を堀に落としてキルゾーンの掃除を手早く済ませろ! 余裕があれば銃の回収! 使ってやらない手はないぞ」


 とはいえ、ペーパー・バイヤーの指揮と紙屋丸があればナキナは耐えられそうだ。








 ナキナの農業は少々独特だ。パンが主食なので小麦生産が多いものの、米の生産割合も実は高い。

 魔界に飲み込まれた東方の国出身者を取り込んだナキナには、米を愛する故郷を持つ者も数多くいる。彼等が持ち込んだ稲が少なくない量育てられているのだ。


「王都の方角、また黒煙昇ってるべぇ」

「どうせまた滅びかけているんだべ。いつもの事だー」


 王都の周囲は山だらけで険しいが、山村は案外多い。僅かな土地でも開拓し、畑や田んぼを耕さなければ人口が集中し続けている王都の食は守れない。

「美人のエルフが敵だっけ?」

「いんや。豚野郎共だって兵隊さんが今朝走ってきて教えてくれたべ」

「あいつらなら馬鹿だから、村の周囲に張った鳴り子の音さ気を付けていれば農業できっぺ」

「んだんだ。せめて王都の奴等に美味い米さ食わせてやんねぇと」

 もちろん、王都の周囲にも農業地帯は備わっているが……戦争中に農業している暇はない。微量であっても、周囲の村々が生産する作物はありがたいものなのだ。

 ナキナの農民達は遠くの戦場を眺めるのを止めて、本日も変わらぬ仕事を開始した。

「今日も働け、えんやこら。あー、腰が痛い、痛い」

 ある者は畑に向かって雑草を抜く。

「今日も働ける、どっこいせっと。あー、かゆい。かゆい」

 ある者は水田に足を浸して雑草を抜く。


「……んんー。おめぇ。その足どうした。かゆいんか?」


 水田で作業していた農夫は足、すねの辺りを頻繁にかいていた。泥の中に足を突っ込んで作業をしているのだ。ヒルのような血を吸う生物が原因で、足がかゆくなる事だってあるのだろう。

「最近なー。赤く腫れとったが、今はそんなでもないべ」

「なら安心だなー。……そういえば、隣家のノーラはどうした? 腹が痛てぇって昨日言ってたな?」

「今日も痛いんだって。悪い物でも食ったのかもなー」

 村人はほぼ全員が農民だ。家も畑も隣同士なので、誰かが休んでいれば簡単に分かる。

 しかし、ここは戦場から遠く離れたのどかな山村。隣人が腹痛で休んでいたぐらいで心配する事はない。大事だったとしても王都には程近い。医者を訪ねる事だってできるのだ。

「昼にでも、見舞ってやっか」

「そうするさー」

 戦場は遠い。

 ここは酷く、のどかな山村だ。


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