17-9 新ナキナ王
「懐かしき都、それはナキナの王都……随分と荒れたような」
獣の種族の縄張り地帯を不規則に巡って三日。そろそろL‐ATVのガス欠を心配し始めた昼過ぎにナキナ王都が見えてきた。
アルプスみたいな山脈の麓にあったナキナの王都。
防御し易い地形に街が建てられているのだが、山の上にあった城は山ごと寄生魔王に破壊されたままの姿で未だ復旧されていない。王都を守る外周城壁も怨嗟魔王の襲撃で破壊されたままで、一部が簡易的に補修されただけである。
ただ、魔王の襲撃の後であっても、人口密度は以前よりも高まっている。魔王連合侵攻やエルヴン・ライヒ侵攻を逃れてきた難民のキャンプは王都を二周り太らせてしまっていた。治安悪化や食料供給の滞りが懸念された。
まあ、そんな些細な問題、考えている余裕がこの国にあるのかというとないだろうが。どんな状態になってもまず国が存続し、集団として機能していなければ皆殺しにされてしまう。
「獣の種族もかなり集まっているな。うまくジャルネが先導したか。ナキナも余裕がないのに受け入れたものだ」
俺の独り言に、運転中のペーパー・バイヤーが反応する。
「獣の種族も数が多いから、受け入れるしかなかったのだろうさ。それに、王様は優しげな少年だったから、素直に同情してくれたのか。たしか王様の名前は、アニッシュ王だったか」
「えっ、アニッシュのやつ、王様に出世したの??」
激動の時代を生きている少年の顔を思い浮かべる。
格好良いではなく可愛いという感じの容姿。細い訳ではないが筋肉質ではない体。地下迷宮に潜るだけあって度胸はあったと思うが、人々の求心を得られる器の大きい少年ではなかった。それが今では一国の王。ナキナがそれだけ疲弊しているのか、アニッシュの成長が凄まじいのか、王都に到着すれば判明するだろう。
「そうか、一緒にパン耳を食べていた少年が王様か。感慨深い」
「王様と知り合いなんて、お前こそ出世しているじゃないか」
ちなみに、車の前方座席にはペーパー・バイヤー、俺、アイサの三人が仲良く座っている。
「凶鳥は、法の上ではアニッシュの親族で、叔父になっているからナキナの親類」
外車とはいえ完全に定員オーバーだ。アイサが足元の長物を探っていると運転の邪魔となる。
「……そうだ。僕ちょっと、狙撃銃整備しておかないと」
「メルグス。狭いから銃なんて出すな!」
アイサの言葉で嫌な事を思い出してしまったが、まあ、あんな打算だらけの結婚は失効されているだろう。
「箱精霊カミュータの加護は陰っておらんっ! 人々よ、国民よ、人類よ! ナキナは誰一人見捨てない。そして、ナキナある限り余が王として人類を存続させてみせようぞ」
「アニッシュ王! アニッシュ王!」
「ありがたやっ、ありがたやっ」
「ゆえに人々よっ! 家族や親類を守るため、ナキナに尽くせ。無念のままに倒れる悲劇があろうとも、その無念はナキナが晴らす! ナキナある限り人類は不滅だ!!」
「我等が勇者、アニッシュ王ッ!!」
「万歳ィィ! ナキナ万歳ィィ!」
王都に近づくと歓声が響いてきた。
街の大通りに民衆が集まっているらしい。遠くて見えないが、視力の高いエルフ達いわく白馬に乗って王冠被った少年が中心にいるようだ。
車がそこに到着するには、まず王都へと続く道で通行許可を受けなければならない。
道沿いに進んで、柵で作られた検問所に近づく。当然ETCなどないので手を振る兵士によって停車させられた。ガソリン車を見た事がない兵士達はかなり警戒した顔付きになってしまっている。
「こ、これは馬車なのか?? それに、獣の種族を追っている森の種族!? 何よりも怪し過ぎるのは……仮面二人組!!」
運転席のドアを開いて、ペーパー・バイヤーが封蝋で閉じられた手紙を兵士に手渡す。
「あー、お仕事お疲れ様です。はい、王様の通行許可証です」
「ほっ、魔族ではないのか。それは安心したが……アニッシュ王直筆のサインであると!? ちょ、ちょっとっ、照会が終わるまで待っていろ!」
当然ながら車に乗ったまま検問を通行するのは難しく、邪魔にならないよう道の端によってしばらく待たされる事になった。
「今更かもしれないが、ペーパー・バイヤーの異世界語完璧だな」
「異世界渡りの付属機能だ。リリームだって最初から日本語堪能だったじゃないか」
苦労して俺は覚えたというのに理不尽だった。
検問所の兵士達が馬を出して忙しくしている。と、出立したばかりの伝令が何故か戻ってきた。
しかも伝令と共に、街中にいたはずのナキナ王自らも現れたではないか。
金髪の人当たりの良い童顔。間違いなくアニッシュだ。護衛の騎士に守られてはいるものの、王様になっても以前と同じくフットワークが軽い。
「余の許可証をどうして余以外に確かめさせようとするのだ。時間の無駄であろう」
「い、いえ。しかしっ、アニッシュ王。随分と怪しい集団でして!」
「今更、怪しいぐらいで拒絶もできまい。これでも妙な男と旅した経験がある。ちょっとやそっとの顔ぶれで驚きは――ッ??」
フロントガラス越しであるが、アニッシュと俺は久しぶりに対面を果たした。乗車している俺と乗馬しているアニッシュは目線がほぼ一致しており、手を振って挨拶だって可能である。
アニッシュが凶鳥面を瞬きしながら何度も確認し……あ、落馬した。
「おおおお、お化け!?」
悪霊魔王になれたぐらいだ。あながち間違いではない。
馬上で後ずさったアニッシュだったが、マントが鐙にひっかかって地面への垂直落下は免れる。混乱が酷いのか随分と間抜けな挙動だ。駆け寄った兵士に救出されている最中も体を硬直させながら、わわわ、を連続で発音するばかりである。
ただ、馬から下ろされて地面に立った途端に、アニッシュは行動に出た。
湖面に飛び込むかのごとき弧を描きながら、地面に額を密着させたのだ。ナキナの伝統的挨拶でなければ、完全なるひれふしポーズだ。
「すまなかったッ。あの時、侵攻を食い止めるには、凶鳥を犠牲にするしかなかったのだ! 叔母上の策略でああなった気もするが、祟るなら余だけにしてくれェ」
立派に王様している奴をどうして祟なければならない。必死に懇願されても祟るつもりはない。
アニッシュが必死になっている理由も良く分からない。悪霊魔王はどこまでいっても自業自得だと思うのだが。そもそも、車に乗ったままだと地面にくっついているアニッシュの姿も良く見えない。
王様を全力謝罪させているのは外聞が甚だしく悪いので、とりあえず止めさせなければならない。そう思って、隣席のアイサと一緒に車外に出ていくと……何故かアイサが狙撃銃を街の方向へと構えていた。
「何やっているので、アイサさん??」
「凶鳥の心労が現れる前に撃っておこうかなって」
街中からは馬車が走ってきていた。アニッシュの時と同じように護衛に守られているのでナキナの要人であるのは間違いなかった。
俺がアイサを止めている間に、馬車はアニッシュの傍で停止する。観音扉を開いて黒い喪服の女性が降りてくる。なお、顔も黒いベールで隠しているので分からない。中途半端に長い耳が見えている気がするが、顔が分からないのであれば仕方がない。
喪服の女性は平伏を続けていたアニッシュの耳元で呟く。
「ナキナ王。はしたない真似で民衆を不安がらせて、国を土下座で滅ぼした暗君をプレイしている暇があったら、まずお客様をおもてなししてはいかがでしょう?」
「はっ、そうであるな。城で話をしようではないか!」
顔を上げたアニッシュの提案を受け入れて、ひとまず俺達は城を目指す。
「城といっても、山の上のナキナ城は復旧するどころか資材として活用しておって使い物にならぬ。街中にあった大きめの倉庫を改装し、暫定ナキナ城としている。案内するからついてきてくれ」
ナキナは本当に逞しいなぁ。