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『鬼滅の刃』×能狂言 その魅力は

人気漫画『鬼滅の刃』をもとにした能狂言の舞台が、若い世代を中心に異例のヒットとなっています。

演出は狂言師の野村萬斎さん。

自身も鬼殺隊の柱、煉獄杏寿郎と宿敵の鬼舞辻無惨など対照的な3役を演じて奮闘する舞台は、驚きの演出が盛りだくさん。

高齢の観客層が中心の古典芸能に新しい風を吹かせることができるのか。その人気の秘密を探ります。

(科学・文化部記者 小田和正)

能楽堂に若い世代が集結

先月、大阪の大槻能楽堂に若い世代の観客が多く集まっていました。

これから始まるのは、人気漫画『鬼滅の刃』を能と狂言で表現するという意欲的な公演。

“推し”のキャラクターのぬいぐるみを持参して、能舞台を背景に記念写真を撮る人もいて、開演前から熱気に包まれていました。

「能 狂言『鬼滅の刃』ー継ー」と銘打ったこの公演、実は続編。

3年前の初演が盛況で、このほど第2弾が作られたといいます。

全国主要都市を回り上演回数は計20回と、能や狂言の公演としては異例の多さですが、チケットはすぐに完売するほどの人気ぶりで、毎回抽選での販売です。

漫画もアニメも大人気!『鬼滅の刃』

舞台の原作となった漫画『鬼滅の刃』は大正時代の日本を舞台に、家族を鬼に殺された少年、竈門炭治郎が「鬼殺隊」へと入隊し、仲間たちと協力しながら、さまざまな鬼と戦う姿を描いた物語です。

2016年に連載が始まり、単行本の累計発行部数は1億5000万部を突破。

アニメシリーズも人気を集めていて、2020年公開の映画の興行収入は歴代1位となるなど社会現象を起こしました。

7月には新作の映画も公開予定で、今なおその人気は健在です。

鬼滅の世界観 能狂言で表現すると

続編で能狂言になるのは、原作でも人気の「無限列車編」と「遊郭編」。

竈門炭治郎をはじめ、妹の禰豆子、我妻善逸や、嘴平伊之助といった仲間たちが、それぞれの役にあった色や柄の能装束や能面をつけて登場するので、一見してどの役なのかがわかります。

演出を務める野村萬斎さんは、「無限列車編」の中心的な登場人物で鬼殺隊の柱、煉獄杏寿郎と、宿敵の鬼、鬼舞辻無惨、上弦の鬼の堕姫の3役を演じます。

冒頭、舞台の上に現れたのは、美しい女性に化けた無惨(萬斎)。

ファンから「パワハラ会議」と呼ばれている、手下の鬼たちと話し合う人気の場面から始まります。

客席側から登場した能面をつけた鬼たちは、舞台上にいる無惨と臨場感あるやりとりを交わします。

「お前は私の言うことを否定するのか!」
「うわー!」

無惨のげきりんに触れ、攻撃される鬼たちは、次々と客席の奥へと飛ばされていきます。

客席を使った演出は現代劇ではよくありますが、能舞台ではほとんどありません。

また、煉獄さん(萬斎)が必殺技を繰り出す場面では、「炎の呼吸、壱ノ型不知火!!」というかけ声とともに、光る刀を勢いよく回転させると、まるで炎の輪のように見える驚きの演出。

意表を突くダイナミックな演出に観客からは歓声や拍手が上がっていました。

能と狂言が融合した舞台

そもそも、「能」と「狂言」はいずれも同じ能舞台で演じられる芸能ですが、それぞれ別々の表現方法を持っています。

能は、謡(うたい)やお囃子にあわせて舞い、演じるいわば「歌舞劇」のようなもの。多くの場合、メインの演者は能面をつけて演じます。

一方で、狂言は人々のちょっとした失敗を笑ったり、人間らしいおかしさなどを描く「せりふ劇」が中心です。

そして、通常の能では、能の前半と後半の間に狂言師が受け持つパートが入る「間狂言(あいきょうげん)」の形を取ることが多いですが、能のシテ方と狂言師が同じ舞台で、ずっと絡むことはあまりありません。

今回は、この両者が全編を通して同じ舞台に立ちます。

例えば、炭治郎(能のシテ方)と煉獄さん(狂言師)が掛け合いをする場面では、厳かな口調でゆっくりとセリフを言う炭次郎に対し、煉獄さんはテンポよく、ユニークな調子で応じていて、それぞれの特徴を持った能と狂言が融合した新しいテイストの舞台となっているのです。

“親和性高い” 萬斎さんに聞く

なぜ『鬼滅の刃』を能狂言にしようと思ったのか。

萬斎さんによりますと、両者の親和性が高さが決め手の1つだといいます。

野村萬斎さん
「『鬼滅の刃』では、鬼が退治されるときに、なぜ鬼になってしまったのかにスポットが当たり、鬼はある種の人間性を取り戻していきます。そして鬼の生い立ちに共感して弔う、鬼の魂を鎮めるという意味では、この世に何か思いを残した亡霊を鎮める能というのは、その専門の芸能で、非常に親和性が高いと思います。また、物語では少年剣士たちが出てきますが、それぞれ個性的なコミックリリーフとなっていて、その点では狂言が大活躍できます」

また、物語の内容を多くの観客が知っていることも重要な要素だと言います。

古くから能の題材となっている源氏物語や源平合戦も、昔の人には親しまれた物語で、観客は自分がよく知る話が能でどのように表現されるのかを楽しみに見に来ていました。それは『鬼滅ファン』が、舞台に訪れたのと同じ状況だといいます。

野村萬斎さん
「もともと能や狂言はその時代に流行しているものを取り扱っているので、『鬼滅の刃』という皆さんが知っている物語の内容を能狂言で見るということは、能が生まれた中世、室町のころと、同じことが行われているのではないかと思います。そういう意味では、この作品もいずれは古典になっていくといいなと思います」

夏に向け準備 次の新作は

そして、次の新作の準備も始まっています。

次に萬斎さんたちが能狂言にしようと目を付けたのは、人気漫画『日出処の天子』をもとにした舞台で8月に上演されます。

原作の漫画は山岸凉子さんが手がけた少女漫画の金字塔として知られる作品で、聖徳太子を超能力のある美少年と設定し、独自の解釈で描いた壮大な歴史物語です。

先月下旬に行われた打ち合わせでは、萬斎さんをはじめ、能のシテ方の人間国宝、大槻文藏さんと大槻裕一さんも参加して、台本作りが行われていました。

もともと台本がある古典とは異なり、一から台本を練り上げていかなければならないため、どの場面を舞台で取り上げ、どうまとめるのか。

セリフは能や狂言にしたら、どんな言い回しにするか、一つ一つ確認しながら進めていきます。

午前から始まった打ち合わせは、連日深夜にまで及んでいました。

取材後記 若い世代の心つかむには

古典芸能は、観客の高齢化が進んでいて、その魅力をどう若い世代に伝えて、新しい客層取り込んでいくのかという課題を抱えています。

観客から寄せられたアンケートの中には、舞台をきっかけに、自身でも能楽を始めたという大学生の声も寄せられていて、初めての人に1人でも多く能舞台に足を運んでもらうことの重要性を感じました。

今後もこうした古典芸能の新しい試みに注目していきたいと思います。

(6月12日 午後LIVEニュースーンで放送)

科学・文化部記者
小田和正
2014年入局
金沢局、鹿児島局、神戸局を経て科学・文化部
伝統芸能のほか、映画と将棋の取材を担当

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