山岳遭難は全国で増加傾向にあります。
おととしは3126件と過去最多となり、去年はそれより減った2946件でしたが、統計のある1961年以降、3番目の多さでした。
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山岳遭難 都市近郊で増加 注意点は?山岳救助のプロに聞く
まもなく夏も本番。各地で山開きを迎え大勢の登山者で賑わう季節になりました。
そこで気をつけなければならないのが山岳遭難です。例年、この時期には各地で事故が相次いでいます。
遭難は日本アルプスなどの登山者憧れの山だけで起きているわけではありません。都市近郊の身近で比較的標高の低い山でも起きていて、近年ではそうした山での遭難が増えています。
山で遭難しないためには、どんなことに気をつければいいのか。
神奈川県警の山岳救助のプロに、注意点や大切な装備、遭難した時の対処法を聞きました。
(報道局映像センター・山岳カメラマン 早川友康)
東京近郊で増える山岳遭難
最近、都市近郊にある山での遭難事故が増え、特に東京近郊では目立って件数が増加しています。
新型コロナウイルスの影響を受ける以前の2019年に東京・神奈川・埼玉・千葉の1都3県で起きた山岳遭難は277件でしたが、去年は457件とその1.6倍となりました。
こうした状況について山岳遭難に詳しい静岡大学の村越真教授は「コロナ禍の際に遠出や屋内での三密を避け、近場で登山を楽しむというマインドが形成され、都市近郊で山岳遭難が急増したとみられる」と指摘します。
山岳救助のスペシャリストに聞く
実際に東京近郊の山で何が起きているのか。
神奈川県警松田警察署山岳救助隊の酒井敦志さん(44)に、実際に遭難があった現場を案内してもらい、その注意点を聞きました。
酒井さんが所属する警察署が担当するのは丹沢山地を含む神奈川県の北西部で、ことし5月までに起きた山岳遭難は19件と去年1年間に起きた23件に迫るペースで推移しているということです。
酒井さんは、「関東近辺で山岳遭難が増えているが、防げる山岳遭難というのもある」と言います。
遭難事故現場から学ぶ (1) 道迷い
登山中にルートを見失い、自分がどこにいるか分からなくなってしまう「道迷い」。
山の遭難で最も多い原因はこの「道迷い」です。
写真は矢倉岳の登山ルートにある分岐で、酒井さんによると、ことしはここでルートを間違えた遭難事故が2件起きているということです。
みなさんはどちらに行くのが正しいと思いますか。
正解は左のルートです。
右側のルートには目印のピンク色のテープがつけられていて、遭難した人はこのテープを登山道の目印だと勘違いしてしまって、道に迷ってしまったということです。
ピンク色のテープは登山道の目印になることもありますが、林業などの作業用の印としても使われています。
酒井さんは標高が低い山ほど「道迷い」に注意する必要がある理由を次のように説明します。
酒井敦志さん
「低山には林業関係者が管理している道や、鉄塔管理用の道が通っていることがよくあり、登山道ではない道が多いというのが特徴だと思います」
また、標高の低い山は森に覆われていることが多く、見通しがきかないため現在地や目的地が分かりづらくなります。
そこで酒井さんが利用を呼びかけるのは紙やスマートフォンの地図です。
スマートフォンの地図アプリを使う場合は、通信圏外になっても使えるように、事前に地図をダウンロードしておくことも忘れてはいけません。
酒井敦志さん
「道が分かれているところに行ったら、地図で確認しないと自分の現在地を失って、迷い込んでしまいます。低い山であっても、しっかりスマホや地図を持って登山するなど基本的なところはお願いしたいです」
救助隊員からのポイント(1)
“ピンクテープ”は登山道の目印とは限らない。
道の分岐があったら地図で確認すること。
それでも道に迷ってしまったら、どうすべきなのでしょうか。
対処法について、酒井さんは「確実に位置が分かる場所まで、もと来た道を引き返すこと」と話します。無理して山から下りようとすると、谷に入ってしまい滝や急斜面などから滑落してしまう事故が多く発生しているということです。
救助隊員からのポイント(2)
道に迷ったら、もと来た道を引き返す。
事故現場から(2)滑落
標高に関わらず山には険しい場所があります。
そうしたところで滑落してしまうと大けがや死亡など重大な結果をもたらします。
酒井さんと訪れたのは丹沢で人気の登山ルートです。
ここではおととし、男性の登山者が滑落し、登山道から150mほど下で亡くなりました。
この現場の前後は険しい岩場でしたが、滑落事故が起きた場所は道が少しなだらかになってきたところで、一見すると歩きやすそうに見えます。
ただ、バランスを崩して谷側に落ちてしまうと急傾斜を転がり落ちる場所ではありました。
この事故は下山中に起きたということで、疲れがたまり、気も緩みやすい下りはより注意が必要だと指摘しています。
酒井敦志さん
「『なぜここで落ちたのか』という滑落事故が過去に何度も起きています。疲れていたり、少し気が抜けたりしたときに大きな事故につながることがあります。標高が低い山でも侮ることなく、しっかり事前の準備をしてから登ってほしい」
救助隊員からのポイント(3)
気の緩み・疲労・下りに注意。
山でも熱中症に気をつけて
涼しいと思いがちな山ですが、これからの時期、熱中症が原因とみられる救助要請が多くなります。
炎天下で長時間の運動を続けることになる登山は、熱中症のリスクが高くなります。頭がぼーっとする、脚がつるなどの症状が出ると熱中症の疑いがあります。
酒井敦志さん
「熱中症の症状が出てきた場合、日陰などで休み水分や塩分をとって体を回復させ、勇気を持って引き返してください」
なお、登山に必要な水分量の目安は次のような式で求められます。
必要な水分量(ml)=自重(体重+荷物)(kg)×5×行動時間(h)
(例)自重(体重50キロ+荷物10キロ)×5×行動時間3時間 =60×5×3=900ml
(鹿屋体育大学 山本正嘉名誉教授の研究による)
救助隊員からのポイント(4)
こまめな水分補給 熱中症対策を万全に。
登山の必需品
最近では装備不足による遭難も増えているということです。
酒井さんに、これがあれば遭難せずにすんだという装備を紹介してもらいました。
《必ず用意してほしい登山の必需品》
(1)ヘッドライト
下山時間が遅くなるなど不測の事態を想定して日帰りでも必須の装備です。
(2)紙の地図とコンパス
スマートフォンを落としたり故障したりした時には地図アプリが使えないため、紙の地図とコンパスも用意してください。使い方の練習も欠かさずに。
(3)モバイルバッテリー
いまや登山の必須装備となったスマートフォンの充電などに使います。
(4)登山用の雨具
山の天気は変わりやすいので、天気予報にかかわらず持っておく。登山用の上下に分かれたものがおすすめで、防寒着にもなります。
救助隊員からのポイント(5)
日帰り登山でも油断せず大事な装備は持っていく。
それでも遭難してしまったら
自分では対処できない状況なら、ためらわずに110番や119番で救助要請をしてください。通報の際には、まず「山岳遭難です」と伝えてください。
スマートフォンの電波が入らず、救助を呼べない場合はどうすればいいか。
むやみに動きまわってしまうと状況が悪化してしまいます。電波が入りやすく目立ちやすい高い尾根を目指すか、難しければその場で救助を待ってほしいということです。
ホイッスルがあれば、自身の位置を近くにいる登山者や救助隊に知らせることができます。
そして、救助を待つ際、命綱になるのが登山届です。
酒井さんは「山に出かける際には登山届を提出し、家族や友人に行き先を伝えておいてほしい」と強調します。
登山届が出されていれば、あなたがどこを登ろうとしていたか分かり、捜索範囲を絞り込むことができます。
逆に登山届が出ていないと捜索が遅れて、命を落とすことにもつながります。
救助隊員からのポイント(6)
遭難したらむやみに動きまわらない。
登山届の提出・家族や友人に行き先を伝えておく。
取材後記
実際に遭難事故の起きた現場は危険をあまり感じない登山道で、そのことが逆にどこでも重大な事故が起こり得るのだと思いました。
一方で、気をつけていれば防げるものであるとも感じ、遭難事故を決してひと事とせず、常に事故を起こさないように意識しながら登山を楽しんでほしいと思いました。
(5月23日 首都圏ネットワークで放送)
早川友康
長野局などを経て現所属
山岳や自然環境などをテーマに取材