都市部をこのようなエア
クラフトで一般民間人が
飛行移動する時代が本当
に来るのだろうか。
SF映像作品などでは多い
けどね。
ただ、実際の人類の文明
の進化は、過去に夢想し
た事よりもゆっくりと進
んでいる。
戦後間もない頃に描かれた
鉄腕アトムの世界は2003年
を描いていたが、現実世界
の2003年などは1960年代と
そうさして変化はない。
大きな変化は通信機器の発
達と電子回路の発展程度だ。
鉄砲などは100年以上前の
構造体を今でも使用してい
るし、自動車も飛行機も50
年以上前のシステムと基本
的に同じ仕組みになってい
る。
大きな変化は1990年代に登
場したインターネットによ
る世界と直結するシステム
だが、それとて通信機器の
発達の一環の域を出ない。
医療においても大躍進した
が、それも広い視野から見
たら牛歩のような地道な発
達でしかない。
鉄腕アトムで描かれたよう
な超未来のような事にはな
っていない。
映画やドラマのSF作品にし
ても、そうした超絶文化文
明を描く作品が多いが、現
実は実際にはかけ離れてい
る。
ただし、一つだけ人類史に
おいて、20世紀に入りそれ
までとは決定的に異なる事
が起きた。
それは人類が核に手を出し
てしまった事だ。
先日亡くなった私の友人は
あまり表立って声高に叫ぶ
事はしなかったが、徹底し
たシン反核主義者だった。
1980年代半ば、私と核の平
和利用と軍事利用について
話し合っていた時、彼はそ
の後の私の意識性を決定づ
けるような事を言った。
「ほら、今テレビとかで昔
の映像とか流す時に、まだ
飛行機が発明される前に、
人間が腕に翼着けて崖から
飛び降りて落っこちたりと
かの映像あるじゃん。
それ見ておれらはバカで~
とかゲラゲラ笑うよね。
でも、遠い未来、未来人は
今の時代のおれらの事を残
された映像や記録を見て言
うと思うんだよ。今のおれ
らが崖飛び鳥人間を見てる
のと同じように。
『バカでぇ。こいつら核な
んて使ってやがんの』と。
核はそういうもんだと思う
よ」
その頃、日本は核の平和利
用と称して原発を増産し続
け、核廃棄物は缶詰のよう
にドラム缶に詰めてよその
国の沿海に海洋投棄してい
た時代だった。
かなり私は友のその言に感
銘を受けた。
人類に核を完全に扱いこな
す事ができる日は来るのか。
核廃棄物の問題はどうする
のか。
被爆と被曝の問題が一切発
生しない核など存在するの
か。
少なくとも、いずれにせよ
人類史において核に手を出
すのは今の段階では早すぎ
ると思われる。
友によると未来においても
それは間違いだろうとの事
だ。
人類史の発達と身の丈に合
った進歩の歩調、そして未
来の人々の視点の予測から
来る人の未来における人の
視座、人の未来に希望を繋
ぐ、という点において、私
は友人のその発想と思惟の
立脚点に共鳴し、感嘆した
のだった。
それ以降、折ある機会に、
友人の言ったそのたとえを
引用させてもらっている。
その頃、私たちの仲間を一
人一人例えて「もしも江戸
時代だったらシリーズ」と
称して評した奴がいた。
駿河台の大学に通う奴だっ
た。
その者によると、先日死ん
だ友は一心太助らしい。
そして私は長屋に住んでる
浪人なのだそうだ。一人娘
と共に住んでる落ちぶれた
浪人(笑
他の仲間たちの事もいろい
ろ評していたが、結構本人
たちにもウケていた。
先日死んだ友は、それを聞
いて「そうなんだ?(笑
でも、おれぁ町火消のほう
がいいなぁ」とか言ってた。
人をかき分ける仕草を演じ
ながら。「はい、ちょいと
ごめんなさいよ、てさ」と
言いながら。
「それ、町火消かぁ?」と
明るい笑いが起きた。一心
太助みたいだったので私も
思わず噴き出した。
おいらもそうだ。
おいらはでーくで、大好き
なおこまちゃんと長屋で所
帯を持つんだい、のほうが
いいや、と言った。
「いやいや、あなたはご浪
人」と他の奴が言った。
実生活ではかみさんと結婚
してから、朝仕事に出る時
に「カンカン!てなやつや
ってほしいよな」と言った
ら、かみさんから「でーく
じゃないんだよっ!」と言
われた。
(全て実話)