「うつ病」大国の中国:一億人の患者を生み出す社会
中国といえば「競争社会」、「最先端のテクノロジー」、「きらびやかで賑やかな大都市」というイメージを持つ方も多いかもしれませんが、実はうつ病大国という一面があります。
最新のデータでは、中国におけるうつ病の患者数は1億人を突破する見通しで、国民の14人に1人がうつ病という、もはや「国民病」ともいえる存在になっています。この記事では、なぜ中国でうつ病がここまで広がっているのか、その原因と社会的背景を解説します。
中国のうつ病の現状
2023年度の「中国精神心理健康書」によると、中国のうつ病患者数は9500万人とされており、最新の情報では2025年には1億人を突破する見込みとされています。これは全国民の14人に1人の割合であり、20人に1人である日本に対しても高い割合です。
そして、全世界のうつ病患者(3億2200万人)の約3分の1が中国に集中していることになります。これからは、なぜ中国でここまで多くのうつ病患者が発生しているのか、その理由を解説します。
うつになる若者
中国におけるうつ病の患者数の割合は25歳までの若者の割合が合計で65%以上に達しています。
これは、40代から50代を中心としている日本の患者数の分布と比べて大きな違いがあります
ここから若者のうつ病患者数が極めて高い原因を掘り下げていきます。若者がうつ病を発症するきっかけとなった原因は精神的ストレス(情绪压力)が約86%、親子関係(亲子关系)が約68%と、その多くを占めています。
なぜ若者たちの精神的ストレスが生み出され、親子関係がうつの原因になるのか、次にその背景を解説します。
一発勝負の受験と空っぽの成功
若者の精神的ストレスを語るときに避けては通れないのが、中国における大学入試制度(高考)です。中国における大学入試制度は、それでほぼ人生が決まると言っても良い人生の大勝負です。この図は中国のトップである清華大学・北京大学、そして国家級大学の総称である985、211大学、そして一般的な大学の受験者総数に対する入学者数の枠と生涯年収です。
この図に載っていない、大学に入れない人の生涯年収は100万-300万元(約2000万-6000万円)とされています。同じ大学卒でも生涯年収に10倍以上の差がつく。文字通り、どの大学に入るかによって人生の「勝ち負け」が決まるのです。
この受験重視の「一発勝負」型教育では「清華・北京大学以外の大学に入ったら負け」という価値観も当たり前のように存在します。筆者の周辺でも実際に僅かな点数で清華・北京大学の入試条件を逃した人がマンションから飛び降りたという事例もありました。
子供たちの毎日の勉強時間は14時間を超える場合もあります。このように、ひたすらに上を目指した勉強を求められる環境は慢性的な不安と疲労を引き起こしています。
そしてトップ大学に入れたとしても違う問題があります。北京大学の新入生の30%が人生に対する「無意味さ」を感じているという調査結果があります。「空心病」と名付けられた、この状態は表面的には成功していますが、内面的には深い空虚と喪失を抱えている状態だとされています。
特に高学歴の層に多く見られ、従来の抑うつ症状とは異なる「価値観的空白」が根本にあります。日本でいう「燃え尽き症候群」に近く、目標達成後の次のステップが無いために、このような状態に陥るとされています。
そして今の中国の若者を脅かしているのが若者失業率の高さです。
大学進学希望者が増えた結果、国内の大学進学枠はすでに満員、更に海外への留学生も増加することで学歴のインフレが進んだ結果、今の中国では以下のような問題が起こっています。
見えない失業問題:211大学の追跡調査によると、211大学の卒業生のうち43%が実際にはフードデリバリーやライブ配信などの学歴に関係していない仕事に従事しています。このことが受験戦争の無力感を引き起こしています。
履歴書の墓:リクルート会社であるBOSS直聘によると、2022年の学部生は平均82件の履歴書を提出することで1件のオファーを受けることができます。このように過度な就職活動自体がうつ病の引き金となっていることが指摘されています。
受験戦争を勝ち抜くことが「勝者」への唯一の道とされる学歴社会は、いまの中国においては勝っても負けても、その先に残るのは疲労と空虚です。
中国の多くの若者はいま「学歴競争」ではなく「生きる意味」を必要としているのです。
避難所ではなく圧力源となる家庭
中国の学歴社会と熾烈な受験戦争、経済環境が病気を育む土壌だとすると、その土壌に注がれる水となるのが中国の家庭環境です。ここでは家庭という最も基本的な生活単位が、うつの「引き金」となっている原因を読み解いていきます。
最初に押さえなければならない重要な要素が一人っ子政策です。一人っ子政策により親子にとって家庭内の感情的つながりが一点集中化します。調査では「父母が唯一の相談相手」と答えた若者が68%です。以降のうつを生み出す要素は全て親子関係の非常に強い繋がりが土台となっています。
次に押さえなければならないポイントは中国伝統の「経済共同体としての家族」という価値観です。中国の親にとって子どもは自分の老後を支えてくれる大切な存在です。
上で述べた大学入試では「試験に勝つ=家庭の存続」という価値観が蔓延しています。北京のある地区では92%の中学生が「成績=家族の運命」と聞かされた経験があります。子どもは家庭の期待が自分一人に集中する負担を常に感じながら生活をしているのです。
子どもの経済的自立が遅いことも親子関係に影響を与えています。中国における平均的な経済的自立年齢は28歳で、これは日本25歳、米国22歳と比べても遅いです。親の援助に依存する期間が長くなることで、子どもの親に対する従属性が固定化され、成人しても親に逆らえない状態となります。
大学卒業→就職→即結婚という圧力も若者のうつトリガーになっています。30歳以下の27%が婚姻ストレスで心理カウンセリングを受診したという報告もあります。
そして親が子どもに罪を感じさせる演技的な感情コントロールも、うつ病を誘発するキッカケになっています。「あなたのために自分の人生を犠牲にしてきたのに」という、子どもを縛る感情的な貸し借りの構造は中国の家庭で多く見られます。調査では54%のうつ病患者が「親に申し訳ない」と自責傾向を持っています。
「侵入的関心(侵入式关心)」という言葉に代表される、病的な共生関係も原因となっています。38%のうつ傾向の若者が日常的な親からのビデオ通話の義務や、スマホ監視を経験しています。このような過干渉が子どもの心理的独立を阻んでいます。
このように中国においては「伝統的な経済共同体としての家族機能」と「子どもに必要な精神共同体としての家族機能」の対立が生まれていることが分かります。若年層のうつ病の蔓延は家庭のひずみの表れでもあるのです。
デジタル社会の落とし穴と不景気
これは中国の地域ごとにおける、うつ病の罹患率を表した図表です。
罹患率が10%を超えている赤い場所は、長江デルタ地帯と呼ばれる上海、江蘇省、浙江省を中心とした中国GDPの22%を占める地域から広がっています。この地域は都市化・デジタル化が進んでいる地域とされています。
こういった中国の都市部ではオンライン化に伴い人間関係が表層的となり、深い共感や信頼関係が欠如しがちです。また、若い人が好む抖音(TikTok)などのショートムービーへの依存も、うつ傾向を悪化させる原因とされています。実際に毎日2時間以上、抖音を見ている人はうつ病に罹患するリスクが47%増加するという調査結果があります。
そして中国の不況に伴う競争激化と労働環境の悪化が傾向を更に加速しています。
この記事で紹介している996はまさしくブラックな労働環境、そして内巻は社会全体のおかれた環境、そして躺平は結果である「うつ」を表しているともいえます。
そして上で述べた高い若者の失業率もうつ病の増加に繋がっています。失業に伴う生活不安・将来不安によってうつ病になる人は多く、報告では失業者の40%以上がうつ病を発症しているとされています。
まとめ:信頼のインフラの崩壊
中国の若者がうつに陥る背景には、過酷な受験競争と伝統文化に基づく家庭からの重圧、そして技術発展と不景気という四重苦があります。全てに言えることですが、これは個人の問題ではなく、社会構造がもたらす「見えない圧力」の結果なのです。
中国社会は、急激な都市化とテクノロジーの進化、そして景気の悪化がとどめとなり人と人とのつながりが崩壊しています。いまの中国でうつ病が蔓延している状況は「信頼のインフラ」を軽視した結果ともいえます。中国社会は、その見えないインフラを築き直すことが求められているのです。
記事の後半では、うつ病の蔓延を加速させる要素である医療体制とゼロコロナ政策の解説をします。
加速要素としての医療、そしてゼロコロナ
医療体制: 5分診療の現実
まず中国において精神医療は2000年以降にようやく社会福祉に組み込まれた後発分野で、整備が遅れています。精神科医の数は10万人あたり4.5人程度で、著しく不足しています。
そして患者数が激増する結果、中国では抑うつ症の診療現場においては医療崩壊ともいえる状態が発生しています。専門外来の予約は数分で満員になり、ある病院では精神科医の平均診察時間が1人あたりわずか4~5分です。
多くの精神科医は、薬だけでは根本解決にならず、心理カウンセリングとの併用が望ましいと認識していますが、中国の臨床心理士はわずか約6,000人(日本:40,000人)です。その結果、中国の精神科では問診・処方が繰り返される薬だけの対応となり、現場も疲弊しています。
こうした医療の不足はSNSでの「薬の乱用」、「神経をいじる薬」、「副作用が多くて怖い」といった偏った情報の伝播を許しています。また、インターネット上に流通する正確性を保証できない診断テストにアクセスが集中し、自己診断・誤診も横行するという事例も発生しています。
病気の不正確な理解は患者に対する誤解に基づいた偏見、差別を生みます。中国では「うつは甘え」などの偏見や病気否認が未だに根強くあります。このような言論によって患者は二重の苦しみを背負うのです。
多くのうつ病患者を生み出す元となっている学校でも、うつ病への対応はまだ進んでいません。多くの学校において特別支援学級は整備されておらず、多くの学校ではスクールカウンセラーは学科教師の兼任で、実質機能していません。
そして、家族や教員の「気のせい」「甘え」という誤解により治療が遅れる傾向があります。前に述べたように、これには中国の文化も影響しており「忍耐は美徳」、「家の恥を外に出すな」といった伝統的価値観が相談行動を抑制するケースもあるのです。
中国の競争社会において、うつ病となった患者を支える医療の体制はまだ十分に機能していません。その結果、うつ病患者は苦しみのただ中にいるだけでなく、正しい情報を得る手段も少なく、適切な治療も受けられない。そして周囲からは「甘え」と切り捨てられるという多重の痛みにさらされています。
ゼロコロナによるうつの加速
2023年に発表された「中国国民心理健康発展报告」では、2023年における中国の全国うつ病のリスクがある患者が2019年に対して30%増加したと報告されました。
この患者数増加の中心となっているのは若者、医療関係者、失業者です。これらの要素のうち、若者と医療関係者について個別に解説します。
若者:デジタル孤独による心の危機
若者のうつ病罹患率はコロナ前が24.6%だったのが、コロナ後はピークで35%以上となりました。この要因の一つとして挙げられるのが、学校におけるコミュニケーションのゼロ化です。
中国の学生は学校に付属する寮で寝泊まりするのが一般的です。コロナのとき、集団で暮らす中国の学生はコロナに感染するとのパンデミックが発生する恐れがあるため、大学の敷地内から一歩も外を出ることが許されませんでした。
オンライン形式の授業が増加した結果、若者が1日にスマホやPCの画面を見る時間は6時間から11時間に増加しましたが、オンラインでの情報提供はリアルな接触に対して感情的満足度を10-30%しか提供しないことが分かっています。
また、大学生の間では、寮への長期的な隔離がルームメイト同士のプライベート空間を攻撃されるのではないかという不安を引き起こし、72%がルームメイトとの衝突が増加したという報告があります。
華東師範大学によると、オンライン授業の効率は実際に授業を受けた場合の37%ですが、試験基準は変わらないため、努力が報われない学習無力感を引き起こしています。985大学での休学率は12%から29%に上昇しました。
また、留学先のロックダウンのため一時帰国を余儀なくされた留学生は「時差が生み出す深夜のオンライン授業」という、心の病を二重に生み出すリスクに遭遇しました。
デジタル社会における、親による日常監視もコロナを機に加速しました。遠く離れた場所に住む子供に対するオンライン授業記録の閲覧などのプライバシー侵害行為は、親子が衝突する割合を2.4倍に増加させたというデータもあります。
他にも生活リズムの乱れ、運動の低下など、長期間に外部との接触を閉ざされたの寮生活は様々なうつ病リスクがあることが分かっています。
また、ゼロコロナ政策では健康コードも「社会的死」を生み出すストレス源として機能しました。陽性者を表すレッドコードは感染リスクを示すだけでなく強制隔離の対象となります。ある高校生は健康コードの誤判定で入試を逃した結果、自殺未遂事件を起こしました。
医療関係者:感染爆発の被害者
医療関係者のうつ病罹患率はコロナ前11.0%だったのが、ピーク時には50%以上に達しました。この要因として挙げられるのが、感染リスク、過労、そして孤独です。
コロナが発生した2020年当初、そしてロックダウンが頻発した2022年、医療関係者は常に感染リスクの高いオペレーションに従事することになりました。2020年、コロナの震源地となった武漢のある病院の調査では、医療従事者の37%が4日以上N 95マスクを再利用していました。そのほか、ゴミ袋で靴のカバーを作った事例もあります。
そして長時間労働と防護服の長時間着用は身体的、心理的なストレスを生み出しました。医療関係者の労働時間は感染爆発時には平均1日16時間となり、睡眠時間は4時間未満となりました。
防護服の着用プロセスは15-20ステップで、どれもが複雑なため間違いを恐れる不安が続きます。防護服の長時間の着用は、脱水症状を生み出します。脱水症状を解決する結果、おむつ着用が当たり前になり、それによる尿路感染症の感染率が上昇しました。
こうした医療従事者の貢献も社会的に報われることはありませんでした。多くの場合、医療従事者は住んでいるコミュニティから感染のおそれがあるという理由で帰宅を禁じられました。2022年における上海のロックダウン期間中、医療従事者が帰宅できないため、子どもの90%は祖父・祖母によって世話されました。こうした親子関係の断絶も罪悪感とうつ病を引き起こしました。
こうした医療関係者のトラウマはコロナが終わっても続いています。武漢の医療機構の調査によると、医療関係者の31%がフラッシュバック、悪夢などの症状を経験しています。
まとめ:中国社会の構造的危機
以上が「うつ病」大国である中国社会の解説でした。
中国のうつ病となった若年層が治療も受けられず、就労もできず、家庭内でも「失敗」として扱われる場合、日本の氷河期世代以上に社会的居場所も制度的セーフティネットもない、悲惨な中年層になる恐れがあります。
数千万人規模のうつ病を抱えた無職が都市に点在することは、医療・治安・家庭崩壊といった社会的コストが増大し、結婚・出生率の更なる低下を生み出す可能性があります。結果的に中国社会全体の構造的危機につながりかねません。
急速な発展を遂げた中国社会は、物質的には豊かになりましたが、そのスピードについていけなかったのが心のインフラでした。中国の若者に蔓延する心の病は、社会の構造と価値観、家庭と教育、そして医療と政治の総体がもたらした帰結です。
いまの中国に必要なのは、競争と効率を突き詰める成長ではなく、人のつながりと心の余裕を再構築する社会的リハビリなのだと思います。
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コメント
4知り合いでも、3人くらい高考で精神科行ったという子がいました。今は大丈夫みたいですけど、そうでない子もあの頃には絶対戻りたくないと言うのを聞きます。
もうちょっとなんとかなんないんですかねぇ。儒教の影響でしょうが、孔子は多分こんなの目指してなかったんですよねぇ。若い子がかわいそうすぎる。
学歴偏重の人や地域もあるけど、この面だけで言えば、日本のほうがまだ多様性あるからましかなぁ。
「若い子がかわいそうすぎる」。私がこの記事を書いた動機もそうでした。実際に中国の方と話して、中国社会を見ると病んでいる部分が強く感じられます。競争社会は悪い面ばかりではないのですが、その負の一面が無視できないレベルに達しているのだと思います。
以前、公的機関が反共的な言動をした人民を精神病とレッテルして隔離していると言う情報に触れたことがあります、現地在住の方の肌感覚は如何でしょうね。勿論、地域や年齢の分布の説明にはならないので、多数派ではなさそうですが。
李田田さんですね。この方です。
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_61c51592e4b061afe39cd2bc
今は日本に移住して幸せそうに暮らしているようです。別の記事で紹介したネトウヨ「上帝之鹰」に攻撃された人物で、ネット上のナショナリズムの高まりによって公安も動かざるを得なかった面があります。世論の被害者という気がします