「天下の悪法」とも称された治安維持法が施行され、2025年で100年。
令状のない身柄拘束や拷問――。人権を踏みにじり多くの命も奪われたが、政府は「当時、適法に制定された」といまだに謝罪はおろか、検証もしていない。
「根底にあるのは『悪法も法なり』という居直りの精神です」
『検証 治安維持法』(平凡社新書)を刊行した歴史学者、荻野富士夫さん(72)は批判する。「悪質性を伝えるため、私たちは『悪法は法にあらず』の姿勢で政府を追及しなければなりません」
荻野富士夫さんに治安維持法の歴史と問題点を聞きました(全2回の後編)
前編:「今の日本は新たな戦争前夜」 治安維持法の「暴走」にみる教訓
▼後編の主な内容
・「国体」に代わるのは「民主主義」?
・取り調べ調書などの資料は焼却処分
公安警察「衣替えにすぎない」
「治安維持法は今も、根の部分で生き続けている」と荻野さんは指摘する。
廃止は第二次世界大戦が終わった後の1945年10月、連合国軍総司令部(GHQ)が出した「人権指令」による。決して日本政府側の発案ではない。
「当初、政府は治安体制の緩和でお茶をにごそうとしました。旧日本軍を解体する代わりに、警察力を拡充させる思惑があったのです」
特別高等警察(特高)も廃止され関係者4990人が罷免された。だが荻野さんは後継組織の公安警察を「衣替えにすぎない」と断じ、警視庁公安部による冤罪(えんざい)事件「大川原化工機事件」など、治安維持法下と地続きの組織の暴走を私たちは目の当たりにしていると説明する。
国民を戦争に駆りたてる「理屈」
組織だけではない。
荻野さんは、第二次世界大戦の総力戦体制下、治安維持法の威力を背景に国民を戦争に駆りたてた原動力として「国体」を挙げるが、現代もこれに代わるキーワードがあるという。「民主主…
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