17-4 十字砲火からの脱出
“GGaGaAAGAGGAGAッ!!”
魔族の中でも特異な姿形をしているナックラヴィー族の姿をした怨嗟魔王。『泣き叫び狂う』という異名の通り、叫び声を上げるばかりで知性の欠片も感じさせない。ただの野獣よりも悲惨な外見をした、ただの魔獣。
エルフ共とは別方向から出現し、邪魔な木々を長い腕を振って折っている。
「あいつ、また現れたのか」
「はっ!? 空は……今日はモスマンの方はいなさそうね」
俺はマンネリ感から溜息を付き、皐月は一度殺された記憶から上空を監視している。
「怨嗟魔王か。しめた。あの魔王は獣も同じ。我々だけではなく森の種族にも攻撃を仕掛けるはずだ。その間にここから退く」
エルフの前族長の作戦。敵の敵は敵作戦は採用に値するだろう。
もちろん、ここでエルフを殲滅してしまう方が後腐れはないのだが――。
「あの魔王って凶鳥が倒したはずじゃ」
――アイサに同類の虐殺シーンを見せるのも躊躇われた。ちなみに、アイサは姉のリリームの背中を摩っている最中だ。
「あれは、怨嗟魔王だァ!? て、撤退を!!」
それに、怨嗟魔王の登場はエルフ共も目撃している。危機意識が高ければ、向こうが勝手に逃げ出すだろう。
「…………各部隊、撤退の必要はない。獣共への攻撃を続行せよ」
矢による攻撃は止まらなかった。
「お言葉ですが、怨嗟魔王の攻撃がこちらに向かう可能性があります!」
「『神託』をお持ちの精霊大帝様が攻めろと仰ったのだ。つまりこの侵攻は創造主の意向でもある。構わず攻めよ!」
「りょ、了解ッ!」
エルフの遠距離攻撃は一度弱まっただけで続行した。いや、精霊魔法も混じり始めたのでより激しくなったぐらいである。
エルフ共の思わぬ行動に対して、前族長に非難の目を向ける。
「正気か、あいつら。族長さん、エルフの戦士は脳筋揃いなのか!?」
「そんなはずはなかろう……と反論したいところであるが、な」
前族長は額を指で押さえつつ、苦悩を顔に浮かび上がらせた。
「エルフの国は現在、暴走状態なのだ。巫女職であったエルテーナを筆頭とし、隠れ里の里長が結託して謀反を起した。エルヴン・ライヒを立ち上げるという馬鹿げた妄想を実現しようと、千年の治世を築いたこの私を幽閉しようとさえしたからな。そんな者達の正気は保証できぬ」
度し難い奴等だ、と前族長はを怒りさえあらわにする。が、ちょっと待て。
「はっ!? 怪しいとは思っていたが、族長の癖してお供も連れずたった一人で俺達の前に現れたのは、国外追放にされたからだったと?!」
「勘違いするではない。国外追放されたのではなく、落ち延びたのだ。国内の穏健派はすべて拘束されてしまったがゆえ、外に助けを求めるため苦渋の旅に出向いたのだ」
「だったら、早くそれを明かせよッ」
そんな暇、お前達になかったではないか。この前族長の言い分もまあ、分からなくもない。一週間も経っていない間に魔王と二連戦している俺達はかなり忙しかった。事情を説明されていたら絶対に前族長を追い出していたはずだ。
とはいえ、心の半分以上は納得し難い。エルフは可愛い顔して腹黒だから困ったものである。なお、アイサは除く。
「……ああ、アイサ。お前だけが心の潤いだ」
「いっ、いきなりは困るよ、凶鳥。僕に愛の告白なんて!?」
「ちょっと、そこのリリーム妹。焼死宣言したのなら森の中に行って。敵と一緒に五節で燃やしてあげるから」
「アイサ。年功序列というものがある。すまないが、ここは姉のために諦めてもらおうか」
矢や四節魔法が降ってくる中でも俺達はまだまだ余裕があった。前族長やリリームの精霊魔法で土壁に根を生やし強度を強化した建物の影で、三人娘が言い争いを始めてしまうぐらいだ。どんな攻撃も真性悪魔の六節魔法に劣るのだから仕方がなかった。
だが……前方からだけではなく、横方向からも攻撃が始まると流石に余裕はなくなる。
“辛Iッ、生HA辛IIッ――絶叫、振動、復讐、波動叫!”
異常な音圧を孕んだ叫び声が、家主のいなくなった建物を一直線に破壊していく。怨嗟魔王の魔法攻撃だ。
どうやら、怨嗟魔王はターゲットを俺達に絞っているようで、エルフ共に視線さえ向けずに集落の外から魔法攻撃を開始する。
「くっ、十字砲火は不味い。場所を移動して、怨嗟魔王をエルフに擦り付けるぞ」
集落のほぼ中央にいた俺達は怨嗟魔王からもエルフの前衛からも離れるように移動した。直線距離的に、俺達よりもエルフ共の方が怨嗟魔王に近くなる。
“GGaAAAッ――絶叫、振動、復讐、波動叫!”
だというのに、怨嗟魔王の次なる攻撃も、俺達の傍を通過していった。
「どうして俺達ばかり攻撃される?!」
今日は一度も怨嗟魔王に対して攻撃していない。俺達ばかりが狙われる理由はないはずだ。
前回、前々回倒した恨みを持たれてしまっている、と考えるには怨嗟魔王は凶暴が過ぎるのだ。人間族やエルフの顔を覚えられるだけの知性があるようには思えない。
不可解な怨嗟魔王の行動は引っかかる。が、そもそも、怨嗟魔王についての情報が少な過ぎて判断できない。種族は分かっている。攻撃手段やパラメーターもある程度把握できている。それなのに、怨嗟魔王そのものについては判明している部分がないと言っていいだろう。
怨嗟魔王は何度も戦い倒しているのに、再登場する。この性質は『正体不明』スキルによるものと酷似していた。
“――絶叫、振動、復讐、波動叫ッ!!”
「怨嗟魔王と遊んでいる間に、仕留めてしまえ!」
度重なる攻撃で盾にできそうな建物が減る。余裕がなくなれば命を優先するしかなくなる。
「皐月、頼む! 森の中に五節魔法を撃ち込んでくれ。族長さん、良いですよね!」
「戦士全員がエルヴン・ライヒに賛同している訳ではなかろうが、戦場に出てきた以上し方あるまい」
皐月の魔法は加減がきかない。エルフ共にかなりの死傷者が出てしまうだろう。先に手を出してきたのは向こう側であるが、過剰攻撃を行えばエルフ共とは今後も殺し合うしかなくなってしまう。
たとえ、前族長の許可があっても、人の恨みは消えるものではないのだ。
生き延びるために罪を重ねる。生命に優劣を付ける。
腰の高さまでしか残っていない建物から身を乗り出し、皐月は森に向かって手を伸ばす。
「相手が悪かったと思って、諦めて。――全焼、業火、一掃、火炎竜巻――」
五節の範囲攻撃魔法の詠唱を開始した。阻止を狙って降ってきた矢はリリームと俺で対処した。
「――天に聳える塔のごとき炎の柱にひれ伏…………んっ、あれは?」
そして、五節魔法の詠唱が終わる寸前……甲高いクラクションが戦場に生じる。建物の倒壊によって発生した土煙をかき分けて、大きな車体が姿を現した。
「全員、乗れッ」
随分とキズや凹みが目立つ巨大な車が近くまでやってきた後、停車する。運転席のドアが開かれて、中からペーパー・バイヤーが俺達を呼ぶ。
「殺し合いするぐらいなら、逃げる方がマシだろ。早く乗れ!」
山羊魔王と戦いを開始する前にも見た覚えがある車だ。ペーパー・バイヤー達が乗ってきたL‐ATVで間違いない。
獣の戦士達に無理言って頼み込み、集落まで縄で牽引していたのは知っていたが。五節魔法が飛び交う戦場に乗り捨てられて、車体が上下逆転して転がっていたというのに、まさか動くとは驚きだ。流石は硬さが売りの軍用車である。
「アジサイ防御システム! 乗り込むまでの時間確保!」
「先輩に良いように使われている」
姿が見えないと思っていれば、アジサイはペーパー・バイヤーと行動していたらしい。車体の上にある銃座から魔法を唱えて、ドーム状の氷壁を作って俺達をサポートしてくれる。
アメリカンサイズの車内は一般車と比較して広々していたものの、流石に四人乗り規格に八人も乗り込むと肩身が狭い。
「あれ、八人?! アジサイは外にいるのにむしろ多い。赤と青でも実体化しているのか??」
俺と皐月は前部座席に乗り込んだ。ペーパー・バイヤーは最初から運転席に座っている。
アイサ、リリーム、前族長のエルフ組は後部座席である。
そして、荷台のところには銀髪の男女が乗っている。
「お、お邪魔しています」
「馬のない荷車がこんなに荒々しいとは、うっぷ」
教国の人達が乗っていた。ジャルネ達と先に集落を突破していなかったのか。
「お墓を作っていたら、つい……」
誰の墓かは聞くまでもないだろう。
人数は増えてしまったが、軍用車の馬力があれば動くはずなので置いていこうなどとは思わない。
「メルグス。少しでも軽くしたい。後部座席に転がしているソレ持って、アジサイと一緒に上に乗れ! 途中でナックラヴィー向けて発射した後、投棄しろ」
「え、う、うん!」
「まったく、随分聞き分けが良くなったな! 発進する。掴まれよっ!」
全員の乗車を確認したところで、ペーパー・バイヤーはアクセルを全開にして、車を急発進させる。
“生KIル辛MIッ、痛MIッ!! ――絶叫、振動、復讐、波動叫!”
後方に魔王の魔法を感じながら、車体を滑らすようにして角を曲がり切った。
整地されているとは言い難いが、それでもギリギリ走行可能な荷車の通り道をなぞって走り抜ける。すると、丁度、怨嗟魔王と対面してしまう。
「メルグス、やれ!」
「気圧、湿度、相対速度、ついでに後方安全……『鑑定』完了。RPG‐7発射!」
車体上部から発射された火を噴く対戦車ロケット弾が、怨嗟魔王に向かって一直線に突き進む。
独特な菱形な弾頭部分が怨嗟魔王の胸の中央に激突すると、信管が反応。眩い爆煙と炎の中で四本足の異形が沈んでいく。
「やった、レベルアップしたよ!」
倒れていく怨嗟魔王を横目に、俺達は集落からの脱出に成功した。
「ペーパー・バイヤー。お前なぁ……なんて物騒なものを異世界に持ち込んだんだ」
「安心しろ。重機関銃や手榴弾だけでなく、即席ラーメンや缶詰、カンパンに味噌だって積んである。この車があれば当分暮せるぞ。まあ、車の油も積まないといけなかったから、そんなに量は多くはないが」
消え逝く魔性の魂は何を呟き、予言しただろう。
“これで、苦しい生がようやく終わ――”
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●怨嗟魔王
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“●レベル:??”
“ステータス詳細
●力:?? 守:?? 速:??
●魔:??/??
●運:??”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●??固有スキル『正体不明』
●??固有スキル『寄生』
●??固有スキル『繁殖』
●??固有スキル『宿主強化』
●??固有スキル『宿主改造』
●魔王固有スキル『領土宣言』
●魔王固有スキル『低級モンスター掌握』
●魔王固有スキル『異形軍編制』
●魔王固有スキル『中級モンスター掌握』
●魔王固有スキル『世界をこの手で支配する』”
“職業詳細
●魔王(Sランク)”
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“――らない。怨嗟は終わらない。怨嗟は続く。怨嗟魔王という正体不明の真の魔王は、なおも増殖を続ける”
きっと、世界の滅びの一つだったのだろう。
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“●カウントダウン:残り十年……、五年三ヶ月”
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