17-3 進撃のエルフ
“――それでは人類の皆様。すぐに迎えを向かわせますので、騒がず傅くよう警告しておきます。お達者で――”
エルフの形をしていた雲が崩れる。
夢から覚めた直後のような面持ちで、多くの者達は隣り合う人と呆然顔を比較しあう。いったい何を宣言されたのか分からなくて、そもそも雲で形作られていたエルテーナなる人物は何者だったのか判断が付かず、首を捻る者が続出した。
いたずらにしては規模が大き過ぎる投影魔法であった。発信源は森の種族の領地内だと推測されるが、地理的に近い獣の種族の領地のみならず、人類国家のほとんどがエルテーナの姿を目撃した事だろう。
いっそ幻であったなら悩まずに済んだだろう。
「……精霊帝国、エルヴン・ライヒ? 迎えを向かわせる? もしかして、宣戦布告のつもりだったのか??」
夢や幻であったのなら、エルテーナの言葉の意味に気が付かなくて済んだ。
「最初に狙われるとすれば獣の種族しかない! 先遣部隊がやってくるぞ!!」
足元まで届く長髪のエルフが警告する。エルフの族長――正確には、前族長――は同族の武力侵攻をいち早く理解し、警告を大声で叫んだ。
「あれだけ堂々と宣言したという事は、あの者共は本気であろう!!」
警告を耳にして、ようやく集落の人々は動き始める。
合唱魔王、山羊魔王と尋常ではない相手と戦い抜いて勝利したばかりなのに、と文句を吐く者は多い。ただ、戦闘続きで急場慣れが進んでいたため、慌てながらも獣の戦士達は準備を整えていく。
方針さえ決まれば今すぐにでも動ける。
「せ、戦闘準備じゃ! 幸いにしてここには戦士が多い。集落の外に防衛線を築け!」
俺と同じように途中から空を見上げていたジャルネが檄を飛ばす。
だが、エルフの前族長は反対らしい。
「鹿の子よ、今からでは間に合わんし、防衛地点のない村落で非戦闘員を守るのは不可能である。全員でこの土地を捨てて逃げるしかない」
「簡単に言うな、エルフの族長! 魔王を退けたばかりで皆を納得させられるはずがな――」
言葉の途中であったが、ジャルネは口を固まらせる。
森の中から放たれた矢が額を貫通する。その瀬戸際を直視してしまったからだ。朝っぱらから死にかけているジャルネが不幸で可哀想だ。
もちろん、黙っていないで俺は助けようと動き始めていたが……俺が動くまでもなく矢が何もない空中で停止してしまう。
「お、うぉっ、お主。淫魔王の子の一体であったか??」
透過度が低下して判明する。長い舌が矢を器用に絡め取り、ジャルネを救っていた。舌の元を辿ると、いつの間にかジャルネの背後に大きなカメレオンが姿を現している。
「どうして、わしをっ。んおっ!」
矢を捨てた舌はジャルネの体をホールドした後、背中へと導く。淫魔王が子の大トカゲに乗っていたように、ジャルネはカメレオンの背に乗り込んだ。
クリクリ動く目には感情は見えないものの、どうやらジャルネを守るつもりらしい。
「そいつに懐かれたな、ジャルネ」
「身に覚えはないんじゃが……」
「鹿の子、動揺していないで大将ならば皆を動かせ。矢の攻撃が本格的に始まったぞ」
カメレオンに守られている間にも、森林の中から新しい矢が集落に届けられる。視界の中に映り込むノイズのような線はすべて矢の軌跡だ。百本以上の一斉射という事は、最低でも百人のエルフが森に潜んでいるという事になる。
ぞっとしない、と思うには今までの戦いが激し過ぎた。特に、前回の山羊魔王戦を経てしまうとエルフ百人ぐらいではもう驚けない。
俺自身もレベルアップによりかなり強くなってきているし。
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“●レベル:21 → 27(New)”
“ステータス詳細
●力:73 → 93(New)
●守:56 → 68(New)
●速:87 → 105(New)
●魔:63/63 → 80/80(New)
●運:5 → 6(New)”
“スキル詳細(救世主固有スキル抜粋)
●救世主固有スキル『既知スキル習得(A級以下)』
●救世主固有スキル『カウントダウン』
●救世主固有スキル『コントロールZ』(New)”
“職業詳細
●救世主(Dランク) → (Cランク)(New)”
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「とはいえ矢は当ると痛いし。『グレイブ・ストライク』発動っと」
石の棺を召喚して盾とし後ろに身を隠す。
直後、鏃が貫通して十センチ程飛び出してきたから少し驚いた。一般的なエルフでも『力』はそこそこありそうだ。獣の部族も『力』では負けてはいないだろうが、遠距離攻撃ではエルフが秀でる。下手をすると集落全滅もありえるな。
ただ、この集落には高位レベルの人物が多く滞在しているので事態はそこまで深刻ではない。
「――――全焼、業火、疾走、火炎竜巻。御影、大丈夫?」
集落と森の境界線上に炎の竜巻が発生し、蛇行する。飛行中の矢を燃やして墜落させて、集落への被害を半分以上削減した。四節魔法とはナメプであるが、『魔』とは消費するものだ。最初から全力を出す事もあるまい。
「……ちょっと、御影。聞いている??」
「ん? ああ、俺の事か」
「どうにも自覚がないようね。記憶が戻るまでは凶鳥って呼んだ方が良い?」
「自覚しようにも俺は凶鳥だしなぁ」
皐月が防御している間に、エルフの前族長が精霊魔法の詠唱を完成させる。
「――ルネー《数々の》、ネイブ《蔓よ》、ニラトセ《拘束せよ》、オドゥルグ《黄金樹の》」
森という安全圏から出てこなかった事が仇となり、植物を操る精霊魔法によって敵エルフが絡め取られていく。
「足を止めてやった。行けぃッ、精霊戦士よ!」
「お任せをッ!」
浮き足立つ敵集団を更に混乱させたのが、一人で敵陣に跳び込んだリリームだった。
意外、というのは違うだろう。聞いたところレベルが95もあるらしいので、『力』は俺達の中ではダントツに高く接近戦では無類の強さを見せる。
「て、敵にも森の種族がいるのか?! 馬鹿な……うおっ!」
「敵襲だ。て……ギャ」
「いたぞォッ、いたぞォ! いたぞ、痛ぐぇ!?」
エルフ同士では敵味方の区別がつかない。視界の悪い森の中では尚の事で、敵の中で疑心暗鬼が高まっていく。一方でリリームにとって出会うエルフは全員敵なので、遠慮なく叩きのめしていった。
「前衛を任せられる人間がいると安心感が違うな。……あれ、でも戻ってくる」
優秀な働きを見せていたのだが……三分ほどを暴れただけだというのに、慌てながら集落の内部へと戻ってきた。体を負傷しているようには見えないが、何かあったのだろうか。
「く、薬が切れました。もう、森はこ、怖、ふにゃァ……ぐげぇ」
極度に精神疲労したリリームは脱力しながら倒れ込む。不幸にも顔から地面に倒れこんでしまったので、支えとなった高い鼻を擦りむかせて鼻血を出してしまっていた。
なんて、不憫なエルフなんだ。
森に対してトラウマを植えつけられているとアイサから聞いていたが、一体誰がそんな惨い真似をしたのだろう。許せない。
「うぅ、痛いっ」
血を流し、震える手でラムネ菓子を取り出しては指先から落とすセルフ苦行は、本人もそうだが見ている側も辛く悲しい。
あまりにも辛かったので、新スキルの確認ついでに手を貸してみる。
「『コントロールZ』発動。八秒前に時間よ、戻れ」
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“『コントロールZ』、後のない状況を覆せるかもしれないスキル。
『魔』を1消費することで時間をコンマ一秒戻せる”
“実績達成条件。
人類の危機となりえる魔王を討伐し、救世主職をCランクにする”
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“ステータス詳細
●魔:80/80 → 0/80”
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座付きの魔王だった山羊魔王を倒したからだろう。救世主職がランクアップした事によりまた新しいスキルを習得していた。
ただ、このスキル。時間を戻すという眉唾な能力を有しているらしい。様々なスキルを有する俺でも流石に信じがたい。
実戦で使う前にどうでも良……もとい、小さな人助けのために使ってテストするべきだろ――。
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「く、薬が切れました。もう、森はこ、怖、ふにゃァ……」
「――おっと、危ないっ、本当に戻れた。使えそうなスキルだが、秒の時間感覚を掴んでおかないと発動後に戸惑うな」
顔から倒れる途中だったリリームを両腕で支えて、抱き寄せる。
顔を青くしていたリリームは顔を赤らめたかと思うと、また青く戻して後ずさりしていく。耳に筋肉がある訳でもないのに、上下に動いて忙しい。
「恐れ多い!? 申し訳ありません、御影様」
「いや、だから俺は凶鳥であって。ともかく、体調悪いのなら後ろに下がっていろ、な。おーい、アイサ!」
フラフラしているリリームを妹のアイサに任せて、森へと向き直す。
リリームは不憫であるが、その働きは千金に値した。森の敵エルフは大混乱で、包囲網が綻んでいる。集落の人間を逃がすならば今しかない。
「よし、ジャルネは戦士達を率いて撤退するんだ。ガフェインやローネもいれば道中の心配はないだろう」
「凶鳥はどうするつもりじゃ」
「しばらく敵をひきつけてから別方向に逃げる。合流場所はそうだな……」
「ナキナ国が良いであろう」
合流場所としてナキナを提案したのはエルフの前族長だ。東からはエルフ。西には山脈。南は海。獣の種族が逃げ込める土地は、もう北のナキナしか残っていない。現実的な案である。
面倒事を背負い込むのに慣れた国なので、難民も背負ってもらう。ナキナ合流をナキナに黙って採択し、行動に移る。
「他の部族も可能な限り助けながら後退する。囮役は頼むぞ、凶鳥!」
カメレオンに乗ったジャルネが獣の種族を導いた。重厚な戦士達を前面において、一点突破でエルフの包囲を破って後退していく。獣の種族は生粋の戦士であるが、全員が戦闘員という訳ではない。ジャルネ達の道のりは大変なものになるだろう。援護のためにもせいぜい暴れてみせるか。
「どうしてこうも戦いが続くかね」
集落に残ったのは山羊魔王討伐メンバーに、敵勢力たるエルフ。
それと……何故か、一つ目の魔王。
“GGaGaAAGAGGAGAッ!!”
もう何度目の登場になるか分からないが、怨嗟魔王の凶暴な鳴き声が響き渡る。
「……なるほど、これも魔王連合案件か」