16-12 勝利の鍵(ナマモノ)
アイサから銃を向けられているというのに、ペーパー・バイヤーはさして恐怖を覚えていない。というか、銃口の方を見ていない。
何か探しているのか足元ばかりを見ている。ときおり、土を削るように靴底を擦らせている。
「あの馬鹿を責めたくないからって他全員に当り散らすのはもうやめておけ。迷惑だし、何よりチャンスをふいにする」
「役立たずが、どの口で言う!」
アイサは足に巻きつく精霊魔法の根を軍事用ナイフで切断し始めた。皆が山羊魔王と戦っている中、アイサだけは仲間であるはずのリリームに戦いを挑み――山羊魔王のスキルで混乱している所為もあったが――、簡単に敗れていたのだ。銃で武装していたもののレベル差が50以上もある。『速』で圧倒されてからの精霊魔法による拘束。分かり切った結果だった。
その戦いでアイサはペストマスクを剥がされる。
リリームは妹が敵だった事と、優しい妹の豹変と、そもそも妹になっていた事にかなり驚いたものの、姉らしく妹が拗ねていると察していた。だから、単身であろうとも山羊魔王に挑み、勇気を実践し、妹を元気付けようとしていた訳だ。
「姉同様の役立たず。戦闘では一切貢献できていないレベル0め!」
……アイサに伝わっているかは酷く怪しい。
「凶鳥の親友を自称していたからもう少し役立つのかと思っていたが、お前も何一つ役立っていない。お前こそ無能な役立たずだ!」
「体を張るばかりが戦いじゃない。俺は俺なりに山羊魔王を観察していたんだ。だいたい把握できて倒す算段が付いたから、こうして動いている」
「凶鳥以外に魔王を倒せるものか。凶鳥以外は役立たずだ!」
「お前の中でのあいつはどうなっているんだか。魔王を倒す方法だけなら俺でも思い付く」
根をすべて切り終えたアイサは立ち上がる。
「嘘だッ!!」
アイサは狙撃銃の先を突き出し、ペーパー・バイヤーの背中に銃口を押し当てた。
瞬間、ペーパー・バイヤーの背中に銃を突き立てているアイサ……の更に背中側で、土煙が立ち上がる。
黒い影と黒い羽を持つ異形。悪魔族の生き残りが姿を現した。
「何だ、そんな場所に埋まっていたのか」
ペーパー・バイヤーは振り向きながら狙撃銃のバレルを掴み引き寄せる。背後に気を取られていたアイサも引き寄せられて、よろけた。
悪魔族は長い爪の突いた指を束ねてアイサに突き出そうとしている。が、その前にハンドガンの銃撃を受けてよろける。
悪魔族を探していたペーパー・バイヤーにとって、突然のエンカウントはむしろ幸運だ。当然、銃撃する準備は整えていた。
「役立たずな銃が悪魔に通じるはずがな――」
「それがきくんだな。銃とは結局発射装置に過ぎないから銃弾次第。この弾は……あるドラゴンの遺骨を弾頭にしているから質が違う」
ペーパー・バイヤーが異世界遠征を決断したのは、凶鳥に通話を一方的に切られた一秒後である。ただし、異世界で必要となるだろうと想像できたアイテムの回収はもっと昔。異世界から第一報が入った段階で開始していた。
山中にある破壊された社に祭られていたドラゴンの遺骨も、異世界に挑む上で必需品になるとペーパー・バイヤーが考えた物品の一つである。地球上に存在する数少ない異世界由来品だ。
今ハンドガンに装填されている弾には、遺骨をすり潰した粉が収まっている。
当然ながら、同量の火薬を詰めた方が物理的な威力は増すだろう。しかし、神秘性の高い材料を用いた弾は、同じく神秘性が高いモンスターに対して効果が増す。ダイアモンドでダイアモンドを削るようなもの。実際、銃撃された悪魔は予想外のダメージに体を硬直させて、続いて発射される弾を避けられず体に穴を開けられてボロボロと肉体を崩していた。
背中から倒れ込む悪魔族の喉に弾を撃ち込んで呪文詠唱不能にした上で、更に四肢の関節に弾を撃ち込む。慎重に無力化を図った。
「おっと、死んでくれるな。レベルアップするつもりはない」
台詞と行動を背反させながら、ペーパー・バイヤーは悪魔族を足蹴にしながらナイフを構える。銃の中に残っていた最後の遺骨弾を排出し、弾頭の中の粉をナイフの刃に振りかけている。
「その弾で、山羊魔王を撃ち殺すつもりか?」
「そこまで頼りになる弾とは思っていない。自信があるのなら、最初から狙撃銃で撃ってもらっている」
「なら、何を考え――悪魔の胸を裂いて、って何をッ?!」
「酔狂だけで医者のマスクを付けていた訳じゃない。心臓摘出手術だ」
黒い返り血を浴びるスプラッタな光景の中、ペーパー・バイヤーは大雑把に悪魔族の胸を切開していく。手が入り込む大きさの穴を開き、ナイフを柄まで埋没させて摘出の邪魔となる動脈と静脈、筋組織を削ぎ取った。
「大の悪魔が喉もないのにギャーギャーうるさいな。少しの間、借りるだけだ。返す予定はないが」
そうして胸の穴から取り出したのは、片手で少し余る大きさの悪魔の心臓だった。人間族のものにかなり似ているが、色が黒い。取り出したばかりで新鮮なのでまだ鼓動している。
悪魔相手と言えども無慈悲な行いだ。
他人を見下す事しかできなくなっていたアイサさえもゾッと背筋を凍らせてしまっている。魔王のスキルによる混乱など解けてしまった。
「ひぃっ!?」
「悪魔の心臓といえど摘出すると鼓動が悪くなるな。完全に止まる前に、アジサイから半分わけてもらっていた『奇跡の樹液』を数滴たらしてっと」
畳んでいたビニール袋の中に悪魔の心臓を入れて、上から『奇跡の葉』数十枚分に匹敵する樹液を振ってから袋の口を縛る。
と、生物の癖に鼓動している袋をアイサへと差し出す。
アイサは狂乱して、ペーパー・バイヤーから逃げた。
「なっ、ななっ、なぁっ! 嫌ッ、そんな気色悪く動くの近づけてこないで!」
「黙って受け取れ。これが山羊魔王を葬るためのキーアイテムだ」
黒い血をマスクの嘴から滴らせながら、ペーパー・バイヤーは正気とは思えない事を言った。当然、手も血塗れなので、袋も粘性ある血でべったりだ。生半可な決意では受け取れない。
「別に俺があいつに渡しても良いんだが……それだとメルグスが役立たずなまま戦闘が終わってしまう。これが最後のチャンスだ。嫌なら俺が持っていくぞ」
ペーパー・バイヤーは、どうして俺があいつを好きな女のために気を利かせなければならんのか、と溜息を付いていた。嫌がらせではなく善意百パーセントと言いたいのか。
わざわざ用意してくれた大事な役目である。
「狂ってる。狂ってるよぉ。凶鳥、助けてっ」
「勝利のために何でも利用する。これがあいつ本来の戦法だから、思い出させてやれ」
アイサは嫌々といった表情をしながら、動くビニール袋を受け取った。
「――全焼、業火、断罪、地獄炎、罪ある人はその罪によって生じる炎に焼き尽くされるであろう! いい加減燃え尽きろぉおおッ!!」
皐月の炎が山羊魔王の異形を覆った。毛や鱗といった表面のみならず、体内まで焦がした。Ⅲ度の火傷が体の五割を超える。生物であれば死に至るべきダメージであるはずだが、真性悪魔である山羊魔王は死に疎い。
まっとうな生物ではないから、致命傷が死に直結しないのだ。
「リバース・ボディ」
そして、深手を受けても一言で時間を巻き戻すがごとく回復させてしまう。山羊魔王との戦いは、石を積んでは崩される苦行に似ていた。
「――地獄変“羊鳴”」
「属性雷。空対地の全方位。アジサイ、ラベンダー、二枚ブロック!」
一方、魔法使い職の女達はダメージを受けまいと必死である。真っ当な生物たる彼女達は肉体の損傷で死んでしまうので、半数近い人数で防御魔法を展開する。
雷の豪雨を純水の氷と地面に下半身を埋めたゴーレムで防ぐ。防御範囲を絞り込む事で六節に対しても五節で対抗する。
しかし、山羊魔王の詠唱速度は早い。
「――地獄変“針山”」
地面から伸びる柱のごとき骨に、アジサイと来夏の二人が撥ねられた。二人とも部位は違えど体が欠損し、大腿骨やら左肺やらが飛び散る。
「『奇跡の葉』。回復できても痛いのですッ」
「月桂花! カバーに入って!」
手の平サイズの葉が光って消えて、代わりに欠損した体が蘇る。回復している間減った人員を補うため、空から下りてきた月桂花が防御に回る。
生物としてはまともな彼女達であるが、所持しているアイテムがまともではない。最終ダンジョン突入前レベルである。
『魔王殺し』で実力が百分の一になった山羊魔王と、Sランク魔法使いの五人パーティ。
山羊魔王も死なないが、魔法使い達も死なない。
「『正気度減少』スキルも……まったく効果がない。この者共、始末におえんな」
戦いはぎりぎりのところで拮抗していた。
「終わりが見えぬ千日手であるが、人間族の体力がどこまで続く?」
それでも、長期戦となれば山羊魔王が有利である。
「情けないぞ、お前等!」
レベル0の男が出張っても、関係ないはずであった。