15-10 トリ
「御影ッ! 大丈夫です!?」
狙撃によって両腕を撃ち抜かれた御影が壁にもたれる。
御影を庇う位置に躍り出た落花生も銃撃されるが、体から飛び出した電流が弾を捕らえて溶かした。
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“『帯電防御』、電磁力的な力でバリアを生成するスキル。
雷魔法による磁化が原因で発生した皮膚から数十センチ以内に発生したバリア。
偶然の産物であるが、『守』パラメーターに依存しない防御力は生存能力を大きく向上させる。物理防御、魔法防御がメインであるが、大気摩擦遮断により移動にも貢献する”
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「このッ! ――稲妻、炭化、電圧撃ッ!」
落花生は塔の上にいる狙撃手へと手を伸ばして、魔法を放つ。
夕立の直前みたいな雷鳴が轟いた。黄色く複雑に折れ曲がった電気の波が塔へと届くが……狙撃手に届く直前に大きく曲がってしまう。
「――誘導、電位、避雷園」
「嘘っ、対雷属性魔法ッ! 狙撃手は魔法使いです!」
かなり短い間隔でライフル弾が襲ってくるので落花生は動けない。防御ばかりではなく攻撃魔法も放っているが、狙撃手たるメルグスの対魔防御は固い。もちろん、四節魔法を唱えれば突破可能であるものの、街中で使える大魔法ではなかった。
両腕負傷の御影の応急処置は月桂花が行っている。
それゆえ、近場で敵対中のペーパー・バイヤーの相手をするのはラベンダーの役目だ。
「異世界で銃を使うのはオリビア・ラインの魔族ぐらいだけど、ライフルまで使うなんてテクノロジーの進歩が異常だ。手荒くなるけど、捕まえて調べる必要がある」
「簡単に騙される無能な後輩の癖にして。やれるものなら、やってみろよ」
「遠慮はしない。――粘土、粘着――」
呪文詠唱するラベンダーに対抗するためだろう。ペーパー・バイヤーは後ろ腰から新しい銃を取り出して向ける。既に右手で構えているSIG社の製品と比べれば形は洗練されていない。まるで自作のカラオケマイク(カセットテープタイプ)みたいだ。
「うまく機能しろよっ。マジック・ジャマー!」
「――泥土ば――えっ?? なッ」
ラベンダーの魔法は……発動しなかった。魔法適性の高いはずのラベンダーが、呪文の発音に失敗したのである。
まさか、と血の気の引いた顔をラベンダーは見せる。
ペストマスクで顔を隠しているものの、ペーパー・バイヤーも実はかなり緊張した顔付きだ。大学の研究室の設備を借りて、見よう見まねで作成した機械が高レベル魔法使いに通じるという確信は持っていなかったのだろう。
「そんなはずはっ! ――創造、構築、土精れ――」
「これは実戦でも通じるな! 流石にイグ・ノーベル賞は伊達ではない!」
「呪文詠唱に集中できない。私の声が、ハウリングして邪魔してくる?!」
ペーパー・バイヤーが左手で構えているマジック・ジャマーなる自作装置。異世界にも存在しなさそうな魔法詠唱を阻害するというアンチ・ファンタジー機能を有しているものの、機能そのものは非現実的なものではない。
高精度な集音マイクと指向性スピーカーの二大部品で構成される。
魔法使いの詠唱をマイクでサンプリングして余分な音を除去した後、コンマ二秒後に指向性スピーカーで音声を魔法使いの耳へと返却する。たったそれだけの機能でありながら、ラベンダーは呪文詠唱に失敗した。
人間は少し遅れて自分の声を聞くとうまく喋れなくなる、という研究結果があるのだ。
普段脳が自動で処理している己の声が、普段とは異なるタイミングで耳に聞こえる。たったそれだけでの事であるが、脳にとっては大きな異常で、発音機能に大きな障害として現れる。
もちろん、ペーパー・バイヤーの研究成果などではない。珍妙な研究ばかりを表彰する式典で受賞されていたのを、ペーパー・バイヤーは知っていた。
「ふははは。これでは魔法使いなど恐れるに足らん」
「いまいち集中できない。『三節呪文』スキルで圧縮するのを邪魔される」
工学系男子に属するペーパー・バイヤーならば、作成は可能であった。
魔法を使えるメルグスに対して実験を行い、使えそうなので異世界に持ってきていた。
とはいえ、ここまで性能通りの性能を発揮するとは作った本人も信じていなかった。
ここまでハマるのであれば、今日この場で、このまま押し切ってしまいたくなるのが心情だ。レベル0のペーパー・バイヤーに魔法なんて高級品は必要ない。『力』で抑え込めば勝てると悟られる前に決着が付けられるのであれば、そうするべきであった。
「全員、両手を上げたまま床に伏せろ!」
ペーパー・バイヤーは、ハンドガンとマジック・ジャマーの二挺を平行に構えてフリーズと全員に警告する。
「ただし御影。お前は仮面を外すんだ。お前の正体を今ここで全員に対して周知させろ」
「両腕を撃ち抜いておいて、よく言――」
軽口を叩く御影の足元へとハンドガンの弾が撃ち込まれる。
「黙って早く仮面を外せ」
「……仕方がないな」
アサシン職とはいえ『守』が常人以上にあるからだろう。ライフル弾が貫通している割にはそこまで出血していない。骨も無事らしく、御影は介抱する月桂花の手を借りずにマスクへと手を伸ばしていく。
「……本当に仕方がないよなぁ――」
御影は銃による脅しを怖がっているように見えなかったものの、素直にマスクを外していく。
御影が真に御影であったならば、マスクを外すという禁忌を恐れたかもしれないが。そんな素振りはどこにもない。そういう理由から考えても、御影はやはり御影ではなかったのだろう。
「――鳥でもない者が、深淵の上に巣をかけてはならないのだ。カカカッ」
……しかし、ベネチアンマスクがズレていき顔が判明する瞬間だった。
ギャーギャーギャー。
この場にいる全員。いや、ナキナの市街地にいる人間すべての耳に鳥の鳴声が響き渡る。
酷い鳴声で、鼓膜が破るような痛みさえある。とてもじゃないが脳内に直接響いては立っていられない。
ギャーギャーギャー。
そして、雑音のように紛れ込む光景。暗闇が広がる直前の深い森。紅い時間。
王都にいたはずなのに、鬱蒼とした魔界の黒い森に精神が迷い込む。四方八方から響くのは鳥の声。どこから鳴いているのか分からない。どうして鳴いているのか分からない。
ギャーギャーギャー。
ただ分かるのは、それは鳥の鳴声で間違いない。
絶対に、鳥以外の何かの泣き声であるはずがない――。
ギャーギャーギャーギャーギャー、たす、ギャーギャーギャー、さん、ギャーギャーギャー、見捨、ギャーギャーギャー、置いて、ギャーギャーギャーギャー。
御影がマスクを付け直した時には、ペーパー・バイヤーは耳を押さえて倒れていた。
ペーパー・バイヤーだけではない。仲間であるはずの落花生もラベンダーも月桂花さえも倒れながら、悲しくて涙を流していた。
「気持ちは分かるぜ。俺も頭が痛い。……さて、ペーパー・バイヤー。公平にお前も仮面を取って顔を見せてもらおうか」
狙撃も停止しているので、メルグスも塔の上で倒れてしまっているのだろう。
誰に阻まれる事なく御影はペーパー・バイヤーへと近づいて、うつ伏せている体を足で蹴って仰向かせる。
嘴形状の鼻を掴んで、そのまま引き剥が――。
「――串刺、発射、氷柱弾」
――頭上から氷の弾が飛んできたので、御影は手を引っ込める。
「――――串刺、速射、氷柱群」
氷柱形状の弾は連発されて、御影はペーパー・バイヤーから更に遠退いた。
「クソッ。誰だ!」
路地を見下ろせる屋根の上から放たれた氷魔法。術者も当然、そこに立っている。
いつからそこにいたのか。年齢別の平均値と比べて随分と小さな背の、少女のような魔法使いが、仮面の者達を見下ろしている。
青い着物の、そう長くない髪の女魔法使いが冷たい視線を御影へと送っている。
「…………そっちは兄さんの海賊品」
青い魔法使いは屋根から下り立つと、ペーパー・バイヤーの傍に着地する。小さな体格でありながら、軽々とペーパー・バイヤーを肩に担ぎ上げてしまう。
「こっちは兄さんの類似品。だけど、海賊品よりマシ」
「いきなり現れて何を……ッ! そうか、お前が氷の魔法使いっ!」
「私の『耐幻術』スキルは誤魔化せない。アナタは兄さんじゃない」
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“『耐幻術』、魔法にさえ負けない強い精神の証明スキル。
精神に影響のある能力を魔法、スキルの区別なしに無効化できる”
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青い魔法使いはペーパー・バイヤーを担いだまま垂直跳びを敢行し、屋根の上に戻っていく。魔法使い職であってもレベルが高まればこの程度の芸当は可能だった。
「でも私にも分からない事がある。……アナタは兄さんの敵? ――欺瞞、細雪、幻影雪」
御影にとって、己を偽者と断言できる青い魔法使いは絶対に逃がしたくない存在だ。
しかし、最後の問いかけがクリティカルヒットした所為で足が硬直してしまい、完全に出遅れる。ダイヤモンドダストのような塵の中に消えていく二人を追いかけるのは困難だ。
ペーパー・バイヤーなる敵を見失ってしまった。塔の狙撃手も回収されているだろう。
御影は仮面の額に手を当てながら笑う。
「カカカッ。馬鹿が、俺が御影だ! 俺以外の俺なんて誰が許容してやるものか! カカカッ」
倒れる仲間達が起き上がる前に早く、笑い癖を直さなければならなかった。
「この広い世界。どうしようもない不可思議や、手の負えない難敵は多いものだ。それ等の災厄から身を守る方法。鹿の長ならば分かるだろう?」
民族茶を受け取りつつ、額からとぐろを巻いた山羊の角を生やした魔王が問いかける。
「力を付ける事。蓄える事。それ以上に、隠れる事」
「私は三番目の隠れるを選択した。力を誇示し続けるよりも、静かに慎ましく生きている方が平穏であったためだ。もちろん、私が戦えば負けるはずがない。隠れて暮らすなど臆病だ、と他者は楽観しながら言うであろう」
動物の革でできたテントの中で、魔王と老人は茶を飲み交わす。老人ばかりがコップにお茶を注ぎ足していたが。
「ただ、命を狙われる生活に私は疲れていてね。隠れて平穏に暮せるのであれば、それ以上の幸せはないのだ」
山羊角の魔王は次のお茶を催促した。
けれども、受け取ったコップを……粉々に握り潰す。
「ただし、その幸せを崩す者がいるとすれば。私はその者共を徹底的に滅ぼすだろうな。五体を有したまま現存する真性悪魔としての力を存分に振るう」
身を守るための自衛行動であれば仕方ありません、と鹿の部族の長は山羊魔王を肯定した。
「……まったく。世界が滅ぶまでの余暇なのだ。堕落したまま最後まで暮せれば良かったというのにな」
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“●レベル:255”
“ステータス詳細
●力:666 守:666 速:666
●魔:65535/65535
●運:0”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●真性悪魔固有スキル『魔・特成長』
●真性悪魔固有スキル『寿命なし』
●真性悪魔固有スキル『耐物理』
●真性悪魔固有スキル『耐魔法』
●真性悪魔固有スキル『呪文一節』
●魔王固有スキル『領土宣言』
●実績達成ボーナススキル『変幻自在』
●実績達成ボーナススキル『正気度減少』
●実績達成ボーナススキル『カウントダウン』”
“職業詳細
●魔王(Dランク)”
“座
●THE・山羊座”
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“●カウントダウン:残り十年七ヶ月”
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