15-8 メルグス
黄色い矢絣柄の黄色魔法使いと、タイトドレスの紫色魔法使いは唖然とした表情を見せる。まったく意味不明な、未知の言語を聞いてしまったかのようなリアクションだ。
「えっ?」
ペストマスクのペーパー・バイヤーが放った衝撃の真実。
信頼の対象、寄り添う御影なる人物が真っ赤な偽物であるという耳を疑う告発に、二人して小首を傾ける。
「えっ? 何だって?」
「何て言いました??」
二人の想定外な返事に、ペーパー・バイヤーはナイフを避けた体勢のまま壁へと激突した。耳を疑いたくなったのは彼の方だろう。
「ふざけろよ!? そこのそいつ、御影の偽者だって言っているんだ!」
「異世界語は聞き取りづらいです。ラベンダーは何て聞こえるです?」
「御影がラリルレロだ、って言っているけどスラングかな」
マスクの丸いガラス枠の内側で、ペーパー・バイヤーは目を見開く。
ペーパー・バイヤーの動揺を見て、噴出し笑いを始めたのは御影だ。
「……カカカッ。せっかく手に入れた大事な仲間なんだぜ。精神支配が得意な新しい仲間も手に入れた俺が、こういう事態を想像していなかったはずがないだろ!」
御影が指を鳴らすと、ペーパー・バイヤーを挟んで対角線上の道の奥から足音が近づいてくる。
ドレスショーを行うには薄汚れて狭苦しい街の小道を、背と腰の高い女が薄黄色のドレスを着用して歩いている。ヒールの高い靴で空き瓶や小石をどう避けているのか、まるで浮遊しているような歩みである。
「お呼びですか、御影様」
深い右のスリットを揺らして幻惑魔法を極めし者が登場する。
「ええ、桂さん。この男は魔族だと思うので捕縛をお願いします。殺さず捕らえて、じっくり調べないと。アイツとどういう関係だったか聞き出してやらないと」
「御意でございます」
月の魔法使い、月桂花は感情のない瞳のままペーパー・バイヤー越しに愛しい人へと微笑んだ。
「魔法使いが三人。しかも前後を押さえられた。窮地だな」
壁と背中を水平にしてペーパー・バイヤーは二方向へと備える。が、状況はかなり厳しい。ナキナ国どころか世界的にも稀有な魔力と実戦経験を持つ魔法使いが三人も敵に回ってしまっている。戦力比は象と鼠未満、ゾウリムシぐらいだろう。
ラリルレロ、ラリルレロ言っていた御影の背後の二人も、困惑しながら手を水平に構えていく。
「よく分からないけど、生け捕りにすればいいです?」
「ああ、頼む。落花生」
「それなら私の方が適任だよ。落花生だと麻痺の後遺症が残るかもしれない」
「可能な限りで、無理はしなくていい。ラベンダー」
敵には更に、不気味な御影も存在する。
御影を偽り、御影のパラメーターを装い、御影の仲間と親しくする。御影の人生そのものを喰らった『正体不明』の化物。大魔王を討伐したかの男を模倣する御影こそが最も警戒するに値するだろう。
崖際に犯人を追い詰めたと思っていたら、崖から突き落とされようとしている探偵の気分で、ペーパー・バイヤーは脇下のホルスターへと手を伸ばす。
「まあ、異世界に来る前に準備はしたからな。どうにか、やってみせるさッ」
ホルスターから抜き去った得物のグリップをしっかり握り込む。
マニュアルセーフティは備わっていない。早撃ちのために好んで選んだというよりは、買った国で流行っていただけでしかない。得物を扱うペーパー・バイヤー自身もそこまで詳しく知ってはいない。SIなんちゃらのP22のなんちゃらと型式も曖昧だ。
ただ、引き金を引けば撃てる。そのぐらいは知っていた。
「偽者。撃つべし」
狭く暗い路地をマズルフラッシュが照らす。
ペーパー・バイヤーの拳銃発砲が御影を撃ち抜いた。接近していた事も災いしたが、初めて見る武器に御影の反応が遅れたのが一番の理由だ。
御影の利き足へと弾は命中した。直前に手の平を広げて受け止めようとしたらしいが、銃弾を握って抑えようなどというのはフィクションの技である。
「『暗器』発動。あぶねえぇな、おい」
「クソっ、偽者め。スキルまで使えるのかよ」
ペーパー・バイヤーは初弾を防がれた動揺を忘れて発砲を続ける。百発百中とはいかず、ブレる標準によって二発目、三発目は石壁と硬い地面を削っただけだ。
四発目は肩を捕らえたが、『暗器』スキルの解放を終えていた御影に初弾と同じ手口で防がれる。
兆弾が、落花生とラベンダーの間を跳ねて行く。
「物騒な物を持っている割に動きが素人臭い。レベルが相当に低いな、ペーパー・バイヤーとやら」
仮面同士で睨み合うような距離まで二人は近づいていた。
ペーパー・バイヤーの銃のバレルはナイフで跳ね上げられて、簡単に攻撃手段を無力化されてしまう。御影が察した通り、ペーパー・バイヤーのステータスは酷く低いらしい。
「あいにく、ゴブリン一匹殺していない善人でね。本命はこっちだ」
銃を持っていない方の手は指銃を作って構えているが、本物の拳銃を使う男にしては情けない悪足掻きだ。
「バンッ」
瞬間。血糊が舞ってペーパー・バイヤーの仮面を汚した。
御影の右の腕が鋭い攻撃で傷付き、赤く濡れる。
「ナッ!? お前がッ、違う! 『暗影』!」
落としたナイフが金属音を奏でるレンガの道に、ライフル弾が着弾した。拳銃で撃てる程度の弾と異なり、レンガに深い穴ができてしまっている。スキルで緊急回避していなければ御影は更に傷付き、継戦能力を失っていた事だろう。
「お怪我をッ、御影様!」
「馬鹿が、余所見をするなッ! 南西側の警戒。塔の上に狙撃手が潜んでいるぞ!」
『暗影』スキルで月桂花の真横に現れた御影は、彼女を押し倒して己の体を盾にする。すぐに月桂花の体があった場所へとライフル弾が襲来した。
御影はマスクの穴から遠くを見上げる。
ナキナは王都であるが文化的に平屋が多い。せいぜいが二階建て。
とはいえ、高層建築が皆無という訳でもない。たとえば商人ギルドが見栄のために高く立てた塔が街を見渡している。
路地から塔までは五百メートルは離れているため、塔の天辺、石彫刻の後ろに潜んでいる人物の顔までは分からない。
いや、見えたとしても……見えるのは狙撃銃のスコープを覗き込んでいる漆黒のペストマスクだけだろうが。
ボトルアクション方式の給弾を行っている間も、仮面の穴から覗える宝石色の瞳はスコープから逸らされない。
(こちらペーパー・バイヤー。優先目標に被弾。攻撃を続行せよ。オーバー)
「こちらメルグス。了解。『鑑定』狙撃を継続する。オーバー」