表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第十四章 百の首を落とせ
204/352

14-8 合唱魔王討伐

「合唱魔王へのトドメは私にやらせて」

 戦闘開始前、皐月は凶鳥にこう伝えていた。己の影にかくまった師匠を通じて魔王へのラストアタックを希望する。

 現実問題として、魔王に大打撃を与えられる人物は皐月しかいない。限界まで首を増やし、これ以上再生できない状態になった合唱魔王を一気に焼却する。そのためには、皐月の炎を用いる他ない。

 ただし、皐月でも五十メートルの巨体を燃やし切るのは困難だ。表面を焼け焦がすのは造作もないだろうが、体の芯まで炭にするのは時間を有する。そんな生易しい炎では、無限再生する魔王は殺せない。

「私は本気よ。この一戦にすべてを投じるわ」

 凶鳥からの返事は「具体的には?」という疑問だ。

 皐月の答えは、首根っこを掴んで引き寄せた幼女だった。

 幼女は首に白いファーを巻き、片目を前髪で隠している。デフォルトで固い表情を更に固く強張らせている。愛想笑いのできそうにない子であるが、これでもかなりの売り上げ実績を持つ商人である。

 首根っこ掴まれた小動物のように商人幼女、ヘンゼルは観念してしまっていた。

「……別れたばかりで呼び戻された、であります。魔界を出たばかりだった、であります」

「一日で強くなるなんてできないから、消費アイテムでドーピングって訳」

「……無茶なご要望、高い買い物、我儘わがままな顧客。すべて商人のご馳走、であります」

 ちなみに、ヘンゼルの売り上げの九割は皐月の買い物だった。大口顧客に愛されるヘンゼルはさぞ喜んでいる事だろう。


「『火竜の心臓』を売ってちょうだい」


 皐月がヘンゼルに所望したアイテムは『火竜の心臓』である。数秒間だけであるがアイテム使用者のレベルをプラス10にするレアアイテムだ。

 持続時間が短過ぎるため利用は限定的であるものの、レベル増加によるパラメーター強化は魅力的である。異世界では主に、一瞬の火力が求められる魔法使い職達に重宝されている。

「無茶言う、であります。近年は供給と需要のバランスが完全に崩れて市場から枯渇している、であります。翼竜魔王の台頭により火竜の狩猟はとどこおり、また魔族侵攻でどの軍もかき集めているため、であります」

「何でも揃えるのがオルドボ商会でしょうに。商会が確保している分、全部よこしなさい」

「…………かなりお高い、であります」

「『奇跡の葉』ほどじゃないわよね?」

 皐月は最後の一枚であるはずの『奇跡の葉』をしまずヘンゼルに手渡す。

 二人の間には商売を通じた信頼関係があった。さびれた路地裏でゴミを売っていたヘンゼル。彼女から最初に商品を購入した人物が皐月だったからだろう。

 商売に駆け引きは必須であるが、二人の間には不要だった。

 ヘンゼルはむすっとした表情のまま葉っぱを受け取ると、肩掛け袋の中から焔色の水晶を取り出して手渡す。偽物である可能性を皐月はまったく考えない。

「『奇跡の葉』でも十個だけって本当に高いのね」

「いつもご利用ありがとうございます、であります」

 十個取り出してなお重い袋を持ってヘンゼルは早々に去ろうとするが、皐月が呼び止める。


「……待った。私はすべてを投じると言ったわ。その袋の中身、全部買い取ってやる」


 ヘンゼルも片目を大きくして驚いてみせた。皐月が気前の良い客である事は熟知しているが、ナキナ国の国家予算を超える買い物を一度に行うとは思っていなかった。まあ、国家予算分の商品をぞんざいに袋詰めしているヘンゼルもヘンゼルであるが。

 皐月はおもむろに、巾着袋から透明な液体が入った化粧瓶を取り出す。

「何で、ありますか?」

 化粧瓶に入っているからといって、化粧水が入っている訳ではない。これこそが皐月の全財産だ。


「『奇跡の樹液』って知っている? そのちゃちな葉っぱを濃縮百倍したものだけど、査定お願いね」





「燃えろォォォォオオオッ!!」

 『火竜の心臓』を大量投与した皐月は、自身から溢れて止まない『魔』をすべて火力に変換して燃え盛っていた。

「愚かな、合唱魔王が燃え尽きるものかァッ! 魔法使い職としてはなかなかじゃが、所詮は四節! 燃え尽きるもの……?!」

「燃えろって、言ってんのォオッ!!」

 魔法の威力は様々なものに影響されて増減する。とはいえ、単純に威力を高めたいのならば長い呪文を用いるのが正しい。呪文とは究極的には物理現象への介入する手段でしかなく、チートコードを差し込む悪行に他ならない。長ければ長い程に高度化するため威力を上昇させ易い。

 だからこそ、三節と四節では四節が勝る。四節と五節では五節が勝る。

 魔法という奇跡にさえ存在する、実にツマらない法則だ。


「もえ、燃える」

 「なぜだ。何故こうも燃える」

   「魔王の体が、どうし……ぁ……」


 呪文の種類、魔法使いの技量といった要素は呪文の長さと比較すれば影響は極小だ。一割か二割の違いにしかならない。


「分からない。どうし……」

 「再生がお……ぃ……っ……」

  「……魔王が、燃え尽…………」


 投入する『魔』の量。これは重要であるが、一番の要素には成りえない。

 魔法は規定量の『魔』を消費すれば行使可能。過剰に『魔』を消費した場合は、威力や射程を増加できるので意味がない訳ではない。

 ただし、ロスが大き過ぎて使用に耐えない。二倍の『魔』を消費しても威力は二倍になりはしない。良くて二割増。消費量に反比例して、威力上昇率は下がっていくだろう。


「か、おか…………」

 「人、が………うそ……」

  「……り………え……な…………」


 だから、皐月が合唱魔王を完全焼却するために浪費した『魔』は常軌を逸する。

 今の皐月の瞬間レベルは589。


===============

“●レベル:589”


“ステータス詳細

 ●魔:0/3024 = 274 + 2750”

===============


 合唱魔王を完全燃焼させるため、皐月が費やした『魔』の総量は3000オーバー。数値だけでいえば合唱魔王どころか、体を失う前の寄生魔王にもせまる。とても人間族とは思えない。

 いくら非効率だからといってもこれだけ無茶苦茶なエネルギーをつぎ込めば、皐月の四節魔法は五節魔法を超える威力を発揮した。

 皐月自身が弾丸となって合唱魔王に体当たりした後、鱗をメルトダウンさせて体内へと侵入。魔王そのものを炉に見立て、放出した『魔』を熱量に変換し続けている。

「魔王を倒す方法! それは自らが燃料となる事よ!」

 皐月は今宵こよい、真の意味で生命をつかさどる火の鳥となった。

 無限再生可能なはずの合唱魔王の異形は損なわれていく。

 百本の首はドロドロに溶け去った。百の首を支える胴体は見る影もなく、不細工な硝子細工となって輪郭は不明確だ。丸まった赤い何かとしか表現できないそれは蒸発しているのか、体積をみるみる擦り減らす。

 灰さえ燃えて何も残さない燃焼空間。

 合唱魔王だったものはすべて滅却されて消え去った。それでも地上の太陽は輝き続ける。

「……師匠ができなかった事を、やり残した事を弟子が達成しました」

 太陽の中にいるのだから影に居場所は存在しない。皐月の長髪が揺れ動き、頭を撫でるように流れた。その直後、白い水蒸気みたいな影が上空へと消え去っていく。


「師匠、御影。終わったよ……」


 炎の中だというのに、皐月は星空に浮かんだ愛する人達の顔を想いながら涙を流した。


(…………成仏する機会がなくなって憑依したままなんだけど、弟子が良い雰囲気だから黙っておこう)





 夜明けを迎える頃に皐月はようやく鎮火した。

 周囲の山々まで炎上しかけて、戦士達総出で山の樹木を切り倒していたため時間を持て余しはしてなかった。そうでなくても、俺達は全員焦燥感に駆られた顔付きをしている。

「皐月ーー!、気は済んだかのかーー!」

「完全燃焼してやったわ。合唱魔王、ざまあみろ」

 遠くから皐月に問いかける。

 黒く燃え尽きた大地の中心にて、皐月は未来からやってきた殺人マシーンみたいな片膝を付いた姿勢を維持していた。やはり服を燃やしてしまっていたようなので、同性のローネに麻布を持って行ってもらう。

 ワンピースみたいに器用に布を着込んで凱旋する皐月。

「やり切った表情でいるところ悪いんだが――」

「やってやった! ブイ!」

「――まだ、討伐メッセージが浮かんでいない」

 元々は水辺だった場所である。玉のような石が転がっており、まだ湧き水が染みている所もある。

 服は用意できても靴はなかったから、裸足をすべらせてしまったのだろう。『魔』をからにするまで戦った直後で消耗していたのも理由としては大きい。

「へぇ? う、そ。……ぁっ」

 合唱魔王健在を聞き、気力が尽きてしまったのが最大の理由だろうが。

 皐月は足の力を失い、座り込んでしまう――。





 合唱魔王は追い込まれていた。

 いや、死にかけたと素直に言ってしまうべきだろう。馬鹿げた火属性魔法により体は燃え尽きてしまい、満身創痍である。

 合唱魔王は泡を吹く。最初から魔法で体を燃やしにきていたならば、こうも完璧に燃やされる事態にはおちいらなかったはずだ。しかし、獣共は酒を用意したり百本目の首を探したりと回りくどくも周到に合唱魔王を追い込んでいったため対処できなった。もう戦う手段は残されていない。

(いや、獣共など脅威ではないッ! 恐るべきはあのハルピュイアの仮面を付けた男ッ!)

 ただ……合唱魔王は未だ健在である。

 トカゲは尻尾を自ら切断しおとりにして生き延びるというが、まさか、胴体を囮にして切り離した首を生き延びさせているとは誰も想像できないだろう。

(数々の魔王を滅ぼしたというのも納得の恐ろしさじゃ。落ち延びた後は、遠方より滅ぼすしか術がない)

 もちろん、千切れた首が動いていたなら簡単に気付かれてしまう。

 だから、合唱魔王最後の首は魔法を用いて変化していた。地形や自然にそくした、どこにでも生息している動物に姿を変えて、戦場から退避中である。ばれないよう慎重になっているため歩みは遅いものの、だからこそ気付かれた様子はない。

 仮面の男も、獣共も、合唱魔王を捜索しているのに気づいていない。足元へと目を向けず、必死に巨大な蛇の首を探している。

(もしかすると、奴を取り込めれば山羊やぎを滅ぼす事も……いや、欲は出さんからのぅ。御母堂には悪いが、山羊だけは仮面であろうと滅ぼせん)

 合唱魔王が化けた動物は、もちろん蛇ではない。爬虫類ですらない。

 ゆっくりとであるが、合唱魔王はこのまま逃げ切る。

(じゃははっ。さらばじゃけ――)

 誰も合唱魔王に気付けない。合唱魔王を燃やし尽くした張本人たる火の鳥女も、意気消沈して足の力を失って倒れていく。

(――ぇ?)

 倒れてきた大きな尻が全天をおおって、合唱魔王は――。





 皐月が尻から座り込んだ瞬間、戦場にいるすべての人間の網膜にポップアップした。


==========

“●ヒュドラーを一体討伐しました。経験値を一八入手しました”

==========


「痛っ! 何か潰した!」

 皐月は痛がって即座に立ち上がっているが、誰も気にしていない。合唱魔王討伐が確定し、歓喜を上げるのに忙しいから仕方がない。

 不意打ちのようにメッセージが表示された理由は不明だ。死体蹴りしていると表示が遅れるのかもしれない。

 皐月が座った場所で小さなかにが無残な姿をさらしていたが、たぶん関係ないだろう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
 ◆コミックポルカ様にて連載中の「魔法少女を助けたい」 第一巻発売中!!◆  
 ◆画像クリックで移動できます◆ 
 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない  (絶賛、連載中!!)


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。