14-2 師弟対決(不発)
ぱちり、と長いまつ毛が特徴の瞼が開かれる。
皐月は目を覚ました。合唱魔王のもとから逃亡……というか、子供化している体を無理やり抱えられ、撤退させられた。結果、凶鳥達と離れて魔界の森で孤立してしまっている。
とはいえ一人という訳ではない。
ベネチアンマスクを付けた女ゴーストが皐月を見守っている。ゴーストゆえに睡眠欲は存在しないので、昨晩からずっと寝ずの番を続けていたらしい。
「敗戦後の目覚めの悪い朝ね。おはよう、赤」
女ゴーストは無口なので朝の挨拶はない。鬱陶しそうに朝の陽光を避けて突っ立ったままだ。
皐月は一晩でまた一回り成長し、外見年齢は十五歳程度にまで戻っていた。高校入学したての頃の姿に良く似ている。
伸び一つで肌寒い朝の大気を薙ぎ払って起床。
女ゴーストが畳んでいた服で着替えを済ませた後、女ゴーストが用意していた朝露で喉を潤す。
「ん、用意が良いわね。ありがと」
朝食はクルミ似の木の実である。こちらもいつの間にか女ゴーストが用意していた。無言の癖に世話好きらしい。
一晩熟睡した皐月の体調は悪くない。昨日消費した『魔』もほぼ自然回復していた。
これならば、すぐにでも合唱魔王と再戦可能だ。
腕伸ばしと屈伸で準備運動を終えてから、皐月は大きく頷く。
「よし、行きますか。魔王討伐っ!」
「今の貴女では死にに行くようなものよ。待ちなさい」
「んぐっ?! しゃ、喋った。ゆ、幽霊!」
女ゴーストが語りかけてきたのだから、皐月の反応は決して的外れではない。今更感は酷いが。
「びっくりした。赤、喋れるなら最初から喋ってよ」
「無謀な事は止めなさい。わざわざ魔王と戦う必要が貴女にはないはず」
「魔王はね、存在するだけで焼き尽くしたくなるぐらいに気に入らないの。天竜川最強の魔法使いである私が、一度喧嘩を売った魔王から尻尾巻いて逃げるなんて許されないわ」
「昨日勝てなかった相手に、今日勝てるはずがない」
「言っておくけど、私は合唱魔王なんかよりずっと強い魔王と戦った実績があるの。勝率なんて気にしない」
「……別に貴女が倒した訳ではないでしょうに」
体に引きずられて精神まで思春期に戻ってしまっているのか、自信過剰な皐月は勇ましく女ゴーストへと詰め寄っている。
一方の女ゴーストは落ち着いており……いや、奇妙な程に思春期の子供の扱いに慣れており、朝一から魔王の巣穴へとかちこみしかねない皐月を軽くあしらっている。躾されていない子犬の頭を撫でるように皐月をあやしてから、ゆっくりと森の奥へと後退していく。
「ちょ、ちょっとっ! 子供扱いして!」
「魔王を討伐したければ付いてきなさい。貴女に、魔王を倒す術を授けます」
足がないみたいにスライド移動する女ゴーストに文句を投げ付けながら、皐月は追いかけた。
多少なりとも開けた地形に辿り付いた二人は、会話するには遠過ぎる距離を開けて対峙する。
「炎の魔法使い、皐月。貴女は魔法使いとしてはまだ完成していない。所詮はまだAランク止まりの二流魔法使い」
個人情報に詳し過ぎる女ゴースト。
当然、皐月は情報源を問いただそうとして近寄っていくのだが、何かに気付いて大きく後退する。
女ゴーストの周囲で火の粉が舞い上がっていた。魔法詠唱も始めていないのに『魔』が現象として具現化していたのだ。
長物を握り締めるかのごとく女ゴーストは手を丸める。すると、火の粉は収束を開始。刃が揺らめく剣が形成されていく。
「殺気ッ。ちょっと、赤。冗談なら今すぐ止めなさい」
「私は魔王討伐に挑戦するための試練。二流の魔法使いが一流へと至るための最終試験」
「話を聞いて。『魔』の放出を止めなさいっ」
「魔王と戦う道を選んだ以上、貴女は私との戦いを避けられない。さあ、詠唱を開始しなさい」
火の粉の一部が枯れ草に引火した。あっと言う間に周囲に燃え広がって、木々も炎上。赤い戦いの舞台が拡大されて整った。
「――熱波、焼死、宝剣、火焔斬。私に勝利した時こそ、貴女は炎の魔法使いとして完成するでしょう」
「その魔法はッ。ちょ、待ちなさいっての」
灼熱の刃を持つ炎の剣を握り締めて、女ゴーストは地面を蹴った。
「炎の魔法使い、アンスリウムが挑む!」
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●アンスリウム(前、炎の魔法使い)
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“●レベル:58”
“ステータス詳細
●力:52 守:30 速:20
●魔:143/143
●運:2”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●魔法使い固有スキル『魔・良成長』
●魔法使い固有スキル『三節呪文』
●魔法使い固有スキル『魔・回復速度上昇』
●魔法使い固有スキル『四節呪文』
●実績達成ボーナススキル『火魔法趣向』
●実績達成ボーナススキル『育て屋』
●実績達成ボーナススキル『不運なる宿命』(非表示)”
“職業詳細
●魔法使い(Aランク)”
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陽炎に揺れる袴の動きに騙されてアンスリウムの歩行速度を見誤れば、皐月はただ一刀のみで燃える宝剣に両断されてしまう。ただし、一目見ただけで燃える宝剣の揺らめきを見切る事など不可能だ。
「こ、このッ!! 馬鹿師匠がァッ!! ――直撃、爆風、風柱撃ッ!」
しかし、皐月は揺らめく炎に騙されない。爆風を呼び起こす魔法で陽炎を消し飛ばし、自身も爆風に乗って大きく遠ざかっていく。
アンスリウムとの近接戦闘では絶対に敵わない。
危険な前衛はアンスリウムが務めて、比較的安全な後衛を皐月が担う。それが天竜川における師弟のポジションだった。それが師弟の立ち位置であったのだ。
炎の宝剣はそのためだけにアンスリウムが生み出した近接魔法だったので、皐月が仮面の女ゴーストの正体に気付かないはずがなかったのだ。だから、すぐさま距離を取った。
「一体どういう事なのよ! 師匠のお化けが私に襲いかかるなんて、私何か悪い事した!? というか本物?!」
「喋る暇があれば即詠唱。そんな事も忘れた?」
「そりゃッ、お供え物は最近し忘れているけど。でも、異世界遠征前に饅頭を供えていたのに襲ってくるなんて! あ、今頃は賞味期限切れてる頃だけど!」
「ふざけた態度を取っていると、殺すからッ」
近接用魔法とはいえ大火力を集約して剣の形に留めているだけの炎である。刀身を伸ばして大きく振るい、前方に火炎放射を行う事など造作もない。
炎の切っ先が届いて、皐月の前髪が焦げた音がした。
ゾクり、と心臓を傷めながら皐月は再び爆風魔法を撃って後退。延焼範囲が拡大し続ける。
「逃げてばかりでッ」
「師匠ならこんな馬鹿な真似は止めて。戦う必要がどこにあるの。一緒に魔王と戦ってくれれば良いだけじゃないっ」
「……そうやって戦ってくれないと分かっていたから、我慢して正体を隠していた、のにッ」
邪魔臭いマスクを投げ捨てて、アンスリウムは後退し続ける皐月を睨んだ。
皐月に似ている……訳ではないだろう。師弟関係はあるものの所詮は赤の他人だ。
ただ、アンスリウムの結んでいた後ろ髪は戦闘によって解かれて上昇気流に乗ってしまっている。なびいている髪の毛は赤く炎に照らされて、髪色は姉妹のように酷似していた。
「馬鹿弟子ッ。私を今こそ超えてみせろ! その証として、私を滅ぼせ!」
「で、できる訳がないでしょうに」
「良く聞きなさい。師匠超えを果たさなければ、貴女は魔法使い職のSランクに昇格できない。『四節呪文』を超える『五節呪文』を覚えられないの。それではあの合唱魔王に勝てる見込みはない」
アンスリウムの戦闘目的を聞いた瞬間、皐月は奥歯を砕く程に噛んだ。
「それが目的か。そんなツマらない目的のために、弟子に殺し合いを挑んだのかッ」
最大延長された宝剣が皐月を捉える。魔法使いでありながら前衛職を務めた生前の経験と、若返りにより皐月のパラメーターが下がっていた事が重なった。
火属性に耐性はあるだろうが、流石に四節魔法の炎が直撃しては炎の魔法使いとて燃え尽きる。戦う姿勢を見せない皐月の負けだ。
このまま逃げ続けるだけでは、死、あるのみ――。
「――こんな出来レースッ。やっていられるかァッ!」
後退を続けていたはずの皐月が突如、前に跳び出す。炎の宝剣が迫っていたはずであるが、完全無視である。
アンスリウムは苦労せず弟子を燃やし尽くせるはずであったが、彼女の真の目的は弟子に倒される事である。勝ってしまっては意味がないので炎の宝剣を消す他ない。
「ちょ、駄目でしょ。そんな無謀?!」
「馬鹿師匠ッ! 食いしばれッ!」
「ぐ、うげっ。殴った?!」
進路上の炎が消えて、皐月はアンスリウムの懐に飛び込む。
小さな体を活かしてぎりぎりまで接近、脇腹目掛けてリバーブロー。師匠の顎が落ちてきた所でアッパーを繰り出し、最後は連続フック。
「ちょ、止めなさ、ぐふぇ。皐月。の、その貸したままになってた漫画みたい、な、あガッ」
「ウルサイッ、馬鹿師匠。もういっぺん死んでこい!」
ゴーストを苦悶させる程の物理連打。
チアノーゼの症状が出始めたアンスリウムは生前みたいな痛覚刺激に涙を滲ませているが、先に泣き出したのは皐月の方だ。
師匠を盛大に殴り続けながら、皐月は大泣きしている。
「私が師匠を葬れる訳がないし、師匠が私を殺せるはずがないでしょうがッ」
結局、皐月はアンスリウムに圧勝した。
しかし、皐月はアンスリウムにトドメを刺さなかった。そのため師を超えたとみなされずSランク昇格に失敗してしまっている。
弟子に殴り倒されたアンスリウムは地面に転がったまま問いかける。
「……まったく……困った、弟子。どうする、つもり」
問いかけられた皐月は殴り続けてストレス発散が終わっていたのだろう。顔を左右に振って涙の粒を振るい落としてから立ち上がる。
「…………師匠を超える方法は一つじゃない。たとえば……師匠が達成できなかった何かを、私が実現すれば良いだけだし」
殴られ続けたダメージによって――本当は魔法を使用した事により体を維持するための『魔』が足りなくなって――アンスリウムは姿が霞んでいく。完全消滅を避けるために皐月の影へと逃げ込んでいった。
「師匠にできなかった事。そう、私が魔王を討ち果たす」