13-15 散々たる撤退による答えを
「魔王ごときがァッ!!」
雷の四節魔法が地面を打ち砕く中、山猫の戦士が一人駆け抜ける。若き族長のマルテだ。十七本に首を増やした合唱魔王へと向かっている。
「どうしてッ、山猫の部族を滅亡に追い込む!!」
「山羊魔王に許可は取っていたからのぅ。従わぬ動物など、好きに殺して構わぬとな」
「滅びる運命にあるぐらいなら、合唱魔王の糧、経験値となる方がずっとマシ蛇ろうに」
「人間族の仕入れを待つのもたいぎいからのぅ。無闇に高価格だし」
「わしは別に絶滅させるつもりはないぞ。だた十日に一度、経験値となる人材を差し出すだけで良いん蛇けぇ。むしろ感謝してはどうだ?」
「そう蛇けぇ」
「蛇けぇ」
合唱魔王は複数の首が受け答えできるぐらいに余裕がある。
一方で、マルテは満身創痍だ。
魔法で砕け散った地面が飛礫となる。打たれたマルテは、額から血を流しているが構わず走った。そのまま腕を大きく振りかぶって剣を合唱魔王の鱗へとぶつける。硬い音がして、剣は弾かれて終わる。
「何が感謝だ、クソォぉぉッ!」
マルテが狙ったのは合唱魔王の胴体だった。首の時と異なり攻撃が通っていない。
合唱魔王は律儀に返礼しようとマルテを魔法の水柱で叩き飛ばす。マルテは血を吐いて放物線を描き、地面に衝突してからも血を吐いた。痙攣しているので即死していない。それ以上は距離があって分からない。
ここが潮時だった。
「ジャルネっ! 全員に撤退指示を出すんだ。全滅するぞ!」
「……ならん! 今戦わず背中を向ければ魔法で狙い撃ちとなる。交戦を続けるんじゃ」
いや、俺達は既に潮時を逸してしまった。合唱魔王の本体が現れた時点で逃走は不可能になっていたのだ。
合唱魔王は複数の首から息を吐くように魔法を放つ。そのたびに獣の戦士達が吹っ飛ぶ姿が見られた。体は飛ぶし、血飛沫や腕や足といった部位だけが飛び散る事もある。
もちろん、獣の戦士達も反撃している。首を攻略して叩き斬る猛者もいる。が、斬られた首はニ倍に数を増やして再生してしまう。逆効果でしかないのだ。
「だったら一気に殲滅するしかない! ――全焼、業火、疾走、火炎竜巻」
「いや……皐月の四節魔法でも相手が悪い」
合唱魔王の巨躯に負けない火柱を作り上げて、皐月は首の一掃を試みる。
「火は嫌い蛇のぅ」
「――放水、射撃、水流撃」
「――放水、射撃、水流撃」
「――放水、射撃、水流撃」
「――放水、射撃、水流撃」
「――放水、射撃、水流撃」
だが、魔法使い職では絶対に合唱魔王に敵わない。火事を消火するかのごとく、三節の放水魔法が複数の首から放たれて皐月の魔法は勢いを殺されてしまった。
個でありながら群である合唱魔王。皐月は高レベルの魔法使いではあるが所詮はたったの一人。手数でも出力でも負けていたのだ。せめて、五節魔法の規格外な火力があれば別だっただろうが、皐月の魔法は四節が限界だ。
「逃げられなくても逃げるしかないだろ。ジャルネ! 何か策を考えろ!」
「撤退し易い時間を選んで戦闘を開始したつもりじゃった」
言われて気が付いたが周囲が暗くなっている。夜が近づいていたのだ。
「……無駄じゃった。奴は蛇じゃ。闇に紛れようとわし等の姿は丸見えじゃろう」
攻撃時、合唱魔王はまず鼻先を対象へと向けている。臭いを嗅いでいる訳ではなく、鼻先にあるピット器官で見ている。生体的なサーモグラフィーにて、木々の合間に隠れている戦士達を的確に射撃してしまう。
「何もないのか!」
「一部の者達がこの場に残って合唱魔王を引き付ける。それしかない」
「つまり生贄か」
「言うでないわ!」
最も大きな首がこちらを見ていた。顎が九十角以上に広げられて、喉の奥から雷の槍が放たれる。
着弾まであっと言う間で、俺はただ見ている事しかできなかったが。
「――ならば、俺が居残りましょう」
視界の横から躍り出た熊の巨体が、大斧にて魔法を叩き落した。地面に電撃が直撃し、爆発する。舞う土砂を気にした様子を見せずにジャルネに振り向いたのは、ガフェインだ。
「残るにしても耐えられる者でないと。それは熊の部族以外にありませんぜ」
「ガフェイン。いや、しかし」
「何、心配いりません。全員が遠くに逃げてから、ゆっくり退却しやす」
斧を肩に担いだガフェインは牙を見せながら合唱魔王を望む。
確かにガフェインの姿は逞しく、頼もしいものである。それでも魔王と比較すれば脆弱が過ぎた。ガフェインたった一人では一分も持つまい。
どうするべきかで悩む。
いや、何に悩んでいるのか分からず悩む。実に嫌な気持ちで、神経がゆっくりと伸ばされて千切れていく感じがして、吐気しかしてこない。俺の目の前で死んでいる者達は種族さえ異なる赤の他人共だというのに、俺は何に悩んでいるのだろうか。
汗を流すばかりで何もしない俺を見かねたのだろう。足元の影が広がる。
影を出口に、赤と青のゴーストが顕現して左右に立ち並ぶ。二人は一、二度、ベネチアンマスク同士で顔を見合わせた後、青い方が微笑む。
一歩前に進み出た青は、ガフェインと共に魔王を向かい合う。その表情は優し過ぎる。
「まさか、お前も残るつもりか?」
青は答えないが、否定もしない。代わりに魔法詠唱を行って、魔王と俺達の間に氷の壁を高く積み上げていくだけだ。
二人だけではない。戦士達の中から勇士が現れて自主的に並んだ。逃げ惑う獣の種族を背中に守りながら、得物を構えていく。
「ローネ。お前は帰って欲しい」
「いいえ、私も戦士ですから」
ガフェインは渋面になりつつローネを説得しようとしていたものの、合唱魔王は待ってくれない。
「そっちから攻撃してきておいて、もう退却か? 逃げられると思っ――ぐえッ」
最も俺達へと伸びていた首が頭上から落ちてきた氷塊に潰される。好戦的にも、青がもう動いていた。
「人間族かも亡霊かも分からない奴に遅れるなッ! 獣の戦士達よ! 挑めッ!」
ガフェインが咆哮する。それを合図に、挺身部隊は突撃を開始だ。
「待つのじゃ! 戦うのであればわしもッ!」
「そ、そうよ。見捨てて逃げるなんてでき、いっ?! ちょっと、赤! どうして私を抱えて逃げようとするのよ! 子供体形だからって子供扱いしないで!」
突撃する者達とは反対方向に、瓦解した魔王討伐隊は去っていく。混乱に巻き込まれる形でジャルネと皐月の姿を見失ってしまう。
そして、俺は……俺は……どうするべき、だ?
答えが分からず、呆然と立ち竦むだけの俺は無価値だ。