13-14 合唱する魔王
解放軍への勧誘集会はそのまま決起集会へと成り代わり、参加部族から続々と戦士が集う。魔王殴り込み部隊は三百人近い集団となって日の出前に出発した。現在は森林地帯を行軍している。
『終わりなきコーラス』合唱魔王の本来の住処は魔界の奥地にある湿地らしいのだが、今は山猫の部族の近くにある鍾乳洞に居座っている。
「してじゃ。山猫の族長、マルテ。合唱魔王の居場所は確かであろうな?」
「生贄に選ばれた者達は自ら歩いて地下へと潜っていき、二度と戻ってこない。明日が生贄の日だから、必ず合唱魔王はあそこにいる」
前族長であった自分の父親が赴いたまま戻ってこなかったのだから間違いない、とマルテは表情を固まらせながら語っていた。
即断即決が過ぎる魔王討伐作戦であるが、生贄の日が迫っているのであれば急がなければならない。昨日、集会場にて合唱魔王討伐を無謀と断じた俺もしぶりながらも同行している。
本音を言えば今すぐにでも逃げ出したいのだが、皐月に逃げるつもりがないのであれば仕方がない。
「先鋒は山猫の部族が務める。奴を鍾乳洞から引きずり出してやる」
「山猫の戦士の生き残りは少ないでしょう。兎の部族もご一緒します」
マルテが率いていた山猫の戦士十名と、兎耳のローネを含む敏捷な兎の戦士三十名が先鋒だ。中央部隊は戦闘能力が高い部族で分厚く構成。後方がジャルネや皐月、俺となる。
獣の種族は魔法適性が低い。反面、身体能力には恵まれており、近接戦闘で敵う種族は存在しない。
合唱魔王と相性が良いかと言うとすこぶる悪い。が、今回は巣穴の傍まで接近できるので条件はむしろ良い。そもそも遠距離での魔法砲撃戦で合唱魔王に勝てるとは思えない。近づかなければ勝てない魔王なので、勝てる見込みが僅かにでも存在するのは獣の種族となるだろう。
そういえば、合唱魔王の攻撃手段は身を持って体験しているものの、種族や大きさといった外見情報は知らないな。
「合唱魔王はどういった魔王か教えてくれ」
「……黙れ、気色悪い仮面め!」
マルテに懐かない猫の視線で睨まれた。合唱魔王討伐を否定してからずっと、獣の種族の多くからこんな態度を受けている。いいさ、別に慣れたものだ。
「ジャルネ、お前から訊ねてくれ」
「マルテよ。教えてやるのじゃ。わしも聞きたい」
「ちっ」
猫耳に髭。猫ならゴロゴロ鳴いてみろってんだ。
「合唱魔王の種族はヒュドラーだ。九本の首を持つ蛇族の魔王」
ヒュドラーで首が九本。ギリシア神話に登場する怪物だったはずだ。
特徴までは覚えてない。ただ、どういった経緯かは分からないが大英雄に討伐されたので、倒せない相手ではないだろう、が……。
「海蛇座の称号持つ魔王の中の魔王じゃな。噂通りの座に付く大魔王か」
「……ザ、座?」
「職業とも異なるんじゃが、魔王や真性悪魔を滅ぼした実績を持つ魔族が得る称号らしい。所詮は肩書きに過ぎんが、世界の創造主が恐れる魔王という証じゃ」
ジャルネが勝手に付けた設定、ではなく異世界の共通認識のようだ。俺は当然、そんなの知らない。
「討伐不能王は一言もそんな事、言っていなかったが?」
「あの恐るべき大魔王は三角座の称号持ちじゃ。何せ、座を持つ大魔王を三柱駆逐してしまったからな。……しかし、何故今、討伐不能王が話題にあがるのじゃ??」
なんだ。要するに合唱魔王の戦力評価は討伐不能王の三分の一か。それならどうにかなりそ……んな馬鹿な。策も力もない状態で勝てるものか。策があっても勝てるかどうか酷く怪しい。
獣の種族は自殺志願者の集まりだ。こう諭してやりたくて口を開きかけるが――。
「明日は俺の妹が生贄にされる。その前に、必ず討伐してみせる」
――マルテの呟きを聞いて、何も言い出せなくなってしまった。
太陽が南中してからも歩き続けて、ようやく滝の後ろにある鍾乳洞の入口らしき場所に到着した。
士気の高さに任せてそのまま突撃、とはならず戦闘前に食事や休憩を取って英気を養う。それが済んだ後は配置決めだ。
「鍾乳洞の出口は狭くなっておる。ヒュドラーは首をすべて落とせば絶命するゆえ、合唱魔王を外へと誘き出し、出てきた瞬間を狙って全員で斬りかかるのじゃ」
ヒュドラーでなくても首を落とせば大概の生物は死ぬと思うが、奇襲は基本だ。
ジャルネが指示した通りに武装した獣の戦士達が動く。鍾乳洞の入口を狙うために、跳躍力に自信ある者は斧を持って滝の上へ、視力に自信のある者は弓を持って木の上へ、水泳に自信ある者は水の中へ。各部族が得意とする方法で待ち構えた。
ジャルネは全体を見渡すために鍾乳洞から百メートル程離れた地点に陣取る。護衛は当然、熊のガフェインだ。
「私もここで良いの?」
「そうじゃな。わし等唯一の魔法戦力じゃ。戦況が危なくなったら魔法で皆を救ってくれ。精霊殿の従魔も頼むぞ」
皐月と俺も戦場で一番安全そうな位置なので不服はない。
ジャルネの采配は見事であった。まだ子供とは思えない思考と決断。相手が魔王でさえなければ何も心配はいらないというのに。
「勝てると思うか、皐月?」
「負けるのがそんなに怖いの、君?」
「……そう見えるのか??」
皐月に指摘されて気付いた。いや、思い出した。
記憶を失う前から俺は、魔王やモンスターと戦う事が怖かったのだ。
……だというのにどうして俺は、今もまだ魔王と戦おうとしているのだろうか。そこは思い出せない。
「では、開始じゃ!」
そろそろ夕日になりそうな時刻。夜がくるまでに決着を付けるために、ジャルネは全体に討伐戦開始を宣言した。
山猫と兎の混成突入部隊が洞窟内へと突入していく。
しばらく静か過ぎる時間が過ぎた後、大きな地響きより体が縦に揺さぶられる。
「寝込み襲うとは良い度胸じゃのうッ、キサマ等! ぶち殺すぞッ!!」
寝起きの不機嫌さが含まれる怒号も響いてきたので第一作戦は成功だ。
突入部隊が慌てながらも鍾乳洞入口から跳び出してくる。部隊が通り過ぎた直後、車両並みに巨大な蛇の頭が出現した。
「今じゃッ!」
滝の上から自由落下してきた獣の戦士達が、斧や長剣を蛇の頭に突き立てる。青い血飛沫に体が汚れるのに構わず首の切断に取りかかるが……血を浴びた数人が痙攣しながら倒れ込む。
「くうッ、こいつの血は有毒か!」
「構うな。動ける者だけで斬れ!」
「皆の、父の仇だァッ!!」
突入部隊だった山猫の戦士達が反転。奇襲部隊と協力して、いや、仇を取るのは自分達だという復讐心を剥き出しにして剣を深々と突き刺した。
最も活躍したのはマルテだ。根元まで蛇の肉に刺し込んだ剣を持ったまま走る。血で体が濡れるよりも速く移動し続けて、肉の壁を突破して骨を絶つ。
「ギャアアアアあああぁぁぁぁっ……ぁ……」
断末魔を上げた合唱魔王の頭は、両目を開いたまま横倒しになった。呆気ない最後だ。
「うかれるなッ! まだ一本目でしかないぞ!!」
いや、合唱魔王の種族はヒュドラー。九本の頭部を持つ水蛇の怪物。まだ命の九分の一を斬り取ったに過ぎない。
「猫共がァ、あれだけ殺しとってまだ立ち向かうとはのぅ!」
「他にも仰山あつまっとるのぅ。地上で殺しても経験値にならんが、魔王ならば立ち向かってくる貢物を食わん訳にはいかんからのぅ!」
鍾乳洞の中より新手で二つの蛇頭が顔を出した。人語を喋る蛇とは奇怪なものであるが、その意志疎通能力こそが魔王である確たる証拠だ。
「くらえやッ。――濁流、排除、水槌破」
「どうじゃッ。――放水、射撃、水流撃」
人語を発音できるのであれば、呪文だって詠唱可能だ。二つの口から放水が行われて、鍾乳洞の入口にいた獣の戦士達が吹き飛ばされてしまう。
このままでは二つの頭が完全に外に出てしまうが、交代の戦士達が突撃していくので問題ない。大柄な熊の戦士、複数名が同時に蛇の顎へとタックルして壁面に押さえ付ける。その間に兎の戦士の槍が柔らかい首元を貫く。
もう一方の首へは、犬の部族が攻撃を仕掛けていた。
「やたらと強いな、獣の種族」
「懐いている子に聞いてみたけど、『魔』がないに等しい分、他パラメーターに全振りしているような感じなんだって。『力』や『守』は三桁越えも珍しくないって」
「それは頼もしい」
パラメーターは高ければ高い程良いものであるが、相手よりも優れていなければならない訳ではない。ある程度ならば装備によって補えるし、部位によってはパラメーターの最高スペックを発揮できないからである。
合唱魔王の血の毒にやられる者は続出しているが、傍の滝壷で洗い流せば再戦可能な程に獣の種族のパラメーターは高い。即席とは思えない連携プレーもあって、順調にニ本目、三本目の首を落とす事に成功した。
「なかなかやるのぅ! では、次は四本同時でどうじゃ!」
狭くなってきた穴から更に四本の首が伸びてきた。口を開き、魔法詠唱を開始しているが、矢の雨が目に命中したため中断される。狩猟民族のエルフには一歩劣るらしいが、目の良い部族に弓を持たせればできない芸当ではない。
「じゃが、悪いのぅ。追加で更に一本じゃ! ――溶解、濃霧、腐食、酸天下」
鍾乳洞の入口からではなく、崖を突き破って更に一本首が増えた。出てきた瞬間には詠唱を完了しており、口から濃密な煙のようなものを吐き出している。怪しい煙に飛び込んだ矢は一瞬で錆び付き、ボロボロになって落ちていく。
「酸ダァッ?!」
「どうする。一度下がるか!」
空気よりも重い酸性魔法の煙は広がりながら滝下へと落下中だ。前線部隊は首との交戦を止めて逃げ出そうとするが――。
「戦闘続行っ! 合唱魔王の魔法はこっちで対処する。火の鳥殿!!」
「了解よ。――全焼、業火、疾走、火炎竜巻」
――ジャルネは撤退を許さず戦闘継続を指示した。酸性魔法の対処は皐月が行う。
火炎旋風の魔法は皐月の十八番だ。攻撃性能が高く、また、煙や風といった相手とも相性が良い。合唱魔王の口から吹き出す煙を絡め取って上空へと逃がしていく。ついでに、崖から首を出したがために身動きできない愚かな首も旋風は焼き焦がした。
合唱魔王は戦術を誤った。首を逐次的に投入してきた事により、獣の戦士達が対処できてしまったからである。まあ、狭い地形では仕方なかったとも言えるだろう。
「一本潰した!」
「こちらも一本だ!」
「ワンッ!」
「終わったぞ、残りはあと何本だ?!」
戦果は順調に上がっている。黒こげになった首が自重で落下したのを追加して、合計で八本の首を落とした事になる。
「ヒュドラーの首は九本、残りは一本!」
残り一本で勝利が確定する。そう思えば誰だってラストワンの登場を願ったはずだ。
だから、合唱魔王は期待に答えようと顔を出す。
「あ、何だ?! 地響き!? 崖が!」
「今度は退避じゃッ!!」
巨大な体ごと外に登場するために鍾乳洞の穴を無理やり広げて破壊し、崖を崩して登場する。
「やれやれじゃのぅ。こんなに真剣にワシに挑んでくる人類は久しぶりで、加減を忘れてしまっとる」
垂れ下がった八本の首を引きずって現れた胴体。
垂れ下がった八本の首を束ねてもなお足りない、残った最後の首。
ヒュドラーに手足は存在しない。頭が多いだけの蛇なのだから手足はなく、胴体は一直線だ。だが、枝分かれした首を保持可能な体は巨大草食恐竜のごとく図太い。ビルのごとき墓石魔王の大きさには届かないものの、全長五十メートル弱はあろうかという巨大さだ。
最後の頭に見える爬虫類の瞳孔が、照準を絞るがごとく細められていく。
「いつもは敵の姿を見る前に滅ぼせとるけえのぅ。戦いと言える戦いは、前に森の種族を三百人ほど喰らった時以来じゃぁ。じゃけえ、色々なまっとるが勘弁してくれえのぅ?」
妙な口調と台詞だ。
「蛇けえのぅ?」
恐るべき魔王の癖に低姿勢な発言な事も気にかかるが、本調子ではないと自ら告白しているみたいだ。あるいは、まるでこれから本気を出すと言っているようにも聞こえてしまう。
「……蛇けえ、たちまち、十六本追加でええ蛇ろ」
合唱魔王が誰に言ったかも分からない発言をした瞬間だった。
垂れ下がり息絶えていた首が根元から落ちていく。同時に首がニ倍になって生えてしまい、舌をチョロチョロと伸ばしながら鎌首をもたげてしまう。
合唱魔王の首は合計で十七本。振り出しに戻った訳ではない、難度が上昇しての再スタートだ。
「そっちにも魔法使いがおるんなら、魔法も無限使用でええ蛇ろ」
「良くあるかッ!!」
誰も反論しないので俺が言ってやったのだが、合唱魔王は詠唱中で忙しいらしく返事はなかった。
十七の口は砲門だ。開放された口内に溜まっていく『魔』の気配は四節魔法に相当する。
その名前は合唱魔王。その由来は、呪文詠唱の合唱を単独にて行う独特の戦闘スタイルにある。
「全員ッ、物陰に潜めッ!!」
ジャルネの声は届いたかどうか。
雷と炎と氷と水と。様々な属性魔法に周囲は爆撃されていく。
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●合唱魔王
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“●レベル:82”
“ステータス詳細
●力:455 守:480 速:41
●魔:1510/1510
●運:0”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●ヒュドラー固有スキル『弱火属性』
●ヒュドラー固有スキル『弱酒』
●ヒュドラー固有スキル『有毒』
●ヒュドラー固有スキル『分裂再生』
●ヒュドラー固有スキル『不死の首』
●魔王固有スキル『領土宣言』
●魔王固有スキル『低級モンスター掌握』
●魔王固有スキル『異形軍編制』
●実績達成ボーナススキル『魔法適性(後天的)』
●実績達成ボーナススキル『千里眼』”
“職業詳細
●魔王(Bランク)”
“座
●THE・海蛇座”
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“『分裂再生』、ヒュドラーの再生能力を象徴するスキル。
首ごとに独立した個体としてカウントされる。パラメーターは本体の九分の一。
首の生命活動が停止した瞬間、本数をニ倍に増やして復活可能。ただし本数の上限は百までとする。
なお、復活時には傷はもちろん、消費した『魔』も全回復する”
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“『不死の首』、ヒュドラーの不死能力を象徴するスキル。
首をすべて失わない限り、本スキル所持者が死亡する事はない”
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