13-12 獣の集落
魔界の朝は早い。
どこかでモンスターがモンスターに狩猟される絶叫を目覚ましに、皆は起床した。ジャルネは丸めていた体を伸ばし、ガフェインは丸太のような首を曲げてボキボキ鳴らしている。
そして、寝起きでボサボサの髪を揺らしている見知らぬ子供。
……いや、子供が皐月である可能性は八割以上あるのだが……何か妙に違和感が。
「一晩で丈が合わなくなっちゃったか」
「なるほど。背が伸びているのか」
皐月は昨日と比べて五センチ近くも背が伸びていた。『火の鳥』スキルにより幼女化してしまった彼女であるが、時間経過により元の年齢に戻っていくらしい。経験則から予想していたのか、ヘンゼルから服をあらかじめ購入していたらしい。荷袋から新しい服を探している。
「お嬢の言葉を信じていなかった訳じゃありませんが、この子供、本当に人間族ではなかったんですね」
「だから、子供言う……もう良いわよっ」
ジャルネ率いる解放軍に参加した俺達は、ジャルネの意志に従って行動する。
「いったん兎の部族の里まで戻るのじゃ。残念ながら森の種族から協力を得られなかったものの、獣の種族の中でも大勢力、犬の部族を仲間に引き入れる算段は付いた。そうであろう、火の鳥殿」
「私が言えばライカンスロープ達は従ってくれると思うけれども。戦いに巻き込むのは気がひける」
「獣の種族全体の戦いじゃ。誰もが既に巻き込まれておる」
解放軍の戦力増強。それが当面の目標であるとジャルネは語った。魔王連合の一柱、山羊魔王の眷族に仕立てられた獣の種族の解放。そのために戦力増強は避けられない。
魔王としては新参で、魔王として名が知られてまだ三十年と経過していないという。基本的に魔族の強さは経年によって高まるため、山羊魔王本人の強さは大したものではないと想像されている。
だが、山羊魔王は策士だ。慎重深い。
吸血魔王のように一人歩きする愚かな真似は決してしない。
寄生魔王のように己の力を過信してはいない。
若輩者であると己を正しく認識しているため、山羊魔王は陣地深くに引き篭もり、周囲を獣の戦士達に守らせている。山羊魔王を討伐するためには、獣の種族とどうしても戦わねばならない。
解放軍が山羊魔王と戦うための最低条件として、少なくとも獣の種族の半数を仲間に迎え入れる必要があるだろう。
「さあ、一歩ずつでも前に足を出すのじゃ!」
……ジャルネが解放運動を加速させるのならば、将来的に獣の種族同士で戦う未来は避けられない。
ガフェインの肩に乗ったジャルネに案内されて魔界を横断し、一つの集落に到着した。
巨大な木を中心としたエルフの集落や寂れた街並みのナキナ首都と、異世界観光を続けている俺である。異世界にもなかなか慣れてきたと思うが、地面に穴を掘って暮している人達の街を訪れたのは今回が初め……あ、洞窟ゴブリンがいたかもしれない。
「ジャルネが戻ってきたぞーっ!」
草原地帯に掘った穴から耳の長い種族が顔を出す。
ジャルネの話では確か、ここは兎の部族の集落だ。槍を持った兎の部族の戦士が出迎えにあらわれる。兎の部族は体の六割強が兎っぽい。
「わしが留守にしていた間、何事もなかったか?」
「ははっ、皆平穏無事に。山羊魔王にもエルフにも襲撃を受けておりません」
「ならば結構、さっそく『速』に秀でる兎の部族に頼みがある。犬の部族に火の鳥が解放軍に加わったと伝えるのじゃ」
穴からは兎の戦士は三名ほど現れた。ガフェインから下りて手を振るジャルネの元へと駆けつけて、背丈に合わせるために膝を付いている。
「そして犬の部族以外には、犬の部族がわし等に加わったと流布せよ」
「犬の部族の奴等だけではないと?」
「犬の部族はまだ加わっていないのでは?」
「ジャルネ様は他部族を謀るので?」
二人は男性で、一人は女性。女性であろうとも戦士として鍛えているのは筋肉量から分かる。分かるが、少し肉体が扇情的過ぎやしないだろうか。民族衣装は薄い。どこがとは言及しないが、お椀型だ。
「なに、少し早いだけで嘘を言うつもりはないぞ。静観している蝙蝠共の肝を冷やしているだけの事。よいな。可能な限り多くの集落に伝えるのだぞ」
「人手でがいるのでしたら、私達も全員参ります」
「いや、ローネはわしと共に参れ。その方が都合が良かろうに」
兎の女性戦士はローネという名前らしい。ジャルネはローネを背後に連れて集落へと入っていく。
「…………無事に、帰った」
「はい、ご無事でなによりです」
護衛たるガフェインもジャルネの背後に付いていたが、ローネと短くやり取りしていた。
「間違いない。あの二人、出来ている」
皐月が一瞬で二人の関係性に気付いていた。熊と兎のカップリング以上に、女の直感が皐月にも備わっているのかと、俺は驚いた。
完全に余所者を見る目で兎達に凝視される。鳥の仮面を付けている所為で慣れっこであるが、ジャルネの客として認識されているので容認されている。
案内されたのは地下の一室。地下と言っても土壁むき出しの穴倉ではない。布地で装飾したり床材を敷いたりと見栄え良く仕上げてあった。センスはなかなか悪くない。
手作りでありながら精巧な文様のカーペットの上でしばらくくつろぐ。
「粗茶でございます」
途中、ローネが独特の味がする民族茶を差し入れてくれたので、仮面ごしに啜った。お茶というよりもバターに似た味がする変なお茶だった。
「ジャルネ様。各部族の代表者が集まりました」
「きたのじゃな。良し、参るぞ!」
「お嬢ならば心配ありますまい」
旅の疲れから眠っていた時間を挟んで数時間後、ローネの手引きでジャルネとガフェインの二人が別の部屋へと出て行った。がやがや声が壁から響いてきているので各部族の代表が集まったのだろう。
「うまく話が進めば良いけど」
「部族に分かれて暮しているって事は、互いに利とするものが異なるからだ。強大な敵が現れれば人類は一致団結できるって言葉は果たして本当かどうか」
団結するための策の一つが皐月なのだろうが。犬の部族と交流のある皐月を通じて、解放軍への参加を呼びかける。結果には期待するしかない。
「火の鳥様。ジャルネ様がお呼びです」
「分かった。少しがんばってみる」
その後、再び現れたローネが皐月が呼び出して連れて行く。すると遠くで、驚く声が沸き上がる。
「まあ、俺は必要ないか。むしろ邪魔だな」
たった一人残されてしまい、口寂しくしているとローネがまた民族茶を入れてきてくれた。
おもてなしの精神は有り難い。さっそくお茶に手を伸ばしたのだが……ローネがじっと俺の仮面を眺めていた。兎っぽく縦に長くふさふさの耳が、やや横に動いている。
知り合ったばかりの異性からの熱視線。
まさか、このお茶毒入りか。
「……貴方様は、鳥の鳴く森、の精霊様でありましたか。こうして対面できたのは光栄です。実は私が小さい頃、魔界で迷子になっていた際に鳴声で導いていただいた事があります」
鳥の鳴く森。ジャルネから聞いた異世界の一部地域に伝わる精霊話。日本でいうところの地方ごとに存在する妖怪伝承のようなものだろう。
異世界なので実在する精霊なのかもしれない。が、俺はもちろん森で鳴いたりしていない。
「何年前の事だ?」
「十年以上前の事です。鳥の鳴く森はここから案外近いのですよ」
「十年前か。だったら、覚えていないな」
十年前は異世界の実存さえ知らなかった。記憶の有無は関係なく、ローネを助けたのは別人である。本当に森で鳥が鳴いていただけだったのを、ローネが肯定的に受け止めているだけかもしれない。
ただ、ここで俺が下手に否定して鳥の鳴く森なる精霊であるという誤解を解いたとしても良い結果にはならない。身の証は一切ないので、黙っているのが正解だろう。
民族茶を飲み干して更に数時間。
随分と長い話し合いで、外は既に深夜である。お茶もそろそろ飲み飽きてきた。
いつ終わるのだろうかと勝手に予想していると、ローネが俺を呼ぶ。
「鳥の鳴く森の精霊様。ジャルネ様がご相談がしたいと仰っています」
深夜になっても終わらない会議に呼び出すとはよほど良くない事が起きているに違いない。
ローネに案内されて辿り付い先の空気は、やはり不穏だ。
「――犬の部族は解放軍に参加するぞ!」
「――参加したいのは山々であるが……」
「――山羊魔王に反旗をひるがえすに値するか。その証明に別の魔王を討伐せよ。それが絶対条件だ」
ほら、獣の種族の集会場から無理難題が聞こえてきた。