13-9 前鬼、後鬼
皐月は天竜川で戦ってきた実績があるので強くて当たり前。ヘンゼルも商人とは思えぬ戦闘能力を発揮している。
二人の活躍により、エルフの戦闘集団相手でも危なげなく対処できていた。
「馬鹿な。子供の人間族がこれだけの魔法を使えるはずが。いや、それだけ連発しておいて、どうして『魔』が尽きない」
「だから、子供言うなッ」
いいぞ、皐月。もっとやれ。
アイサ姉は圧倒的火力の前に押されつつある。属性的な相性もあるのだろう。植物を操る精霊魔法は森林地帯において脅威であるが、皐月の炎の前では無力も甚だしい。
このまま応援をしていれば勝てるだろう、と楽観していると――、
「さっきから鳥の奴が動かない。集中して狙え!」
――しまった。俺が弱点だとバレてしまった。当然か。
複数方向から矢が迫る。俺を守るために皐月は炎の壁を作り上げてくれたものの、その所為で攻撃の手が止まってしまう。
「皐月、俺に構っていると追い込まれる」
「黙って! 気が散るでしょうに!」
敵兵の方が多い状態で守りに入っても負けるだけだ。皐月はオフェンスであるからこそ輝ける。
せめて俺が足手まといにならなければ……いや、未だに体は不調のままだ。ならばせめて、皐月以外に足手まといの俺を守れる者がいれば。
……ありえないか。皐月以外の誰が俺を守ってくれたというのだ。
「取ったッ!!」
木を登り、枝を伝ってアイサ姉が空を跳ぶ。上空を過ぎ去っていく途中に、曲芸みたいな構え方で矢を放つ。皐月が魔法を行使した直後の僅かな隙を貫いて、鏃が垂直方向より皐月を狙った。
皐月は気付いているが、対処不能だ。
ならば俺が『暗器』スキルで矢を受け止めて、格納するしかないと手の平を掲げる。
だが……矢は俺達まで届く事はなかった。
「――炎上、炭化、火炎撃」
鏃が空中で燃え尽きてしまい、煤を頭に被ってしまったからだ。
「えっ、その魔法。私じゃないわよ!?」
魔法使いは同時に別の魔法を行使できない。呪文を唱える口が一つしかないのだから当たり前だ――前の魔法が続いている間に別の魔法を使ったり、使用中の魔法に『魔』を継ぎ足したりする事は可能であるが、それが限界である。
皐月は俺を守るだけで精一杯で、己を守る魔法を唱えられなかった。けれども、アイサ姉の矢を燃やした魔法は皐月と同じ火炎魔法だった。
「くっ、――ネイブ《蔓よ》、スチフ《絞め殺せ》、ムーアイ《狙い撃つ》」
上空から高い樹木の枝へと着地しながら、アイサ姉は更に攻撃を続ける。
新しく装填し直した矢の先が肥大化し、精霊魔法の弾頭化していく。かなりの『魔』が注がれているのが分かる。集中した『魔』の総量から、三節魔法では受け止めるのは難しいと推測される。
弾頭化した矢が放たれて、迫る。
「――氷結、隔絶、絶対防御、氷防壁」
だが……やはり矢は届かない。
今度は炎ではなく、氷の盾が俺達を守ったのだ。
「違う。氷魔法なんて冷たい魔法、絶対に私じゃないし、誰よっ!」
皐月が誰何したからだろうか。先程から俺達を守ってくれている謎の人物達が姿を現す。
どこからかというと俺の足元にある影の中から。妙な場所から、赤と青の女が二人浮かび上がってくる。
「まさかっ、お前達。まだ現世に居残っていたのか」
見覚えのある女性達だった。悪霊魔王化していた時に呼び寄せた四色魔法使いの内の、護衛として残っていた二人だ。
通常、『動け死体』スキルでゾンビ化させた者達は、スキルが切れれば死体に戻るはずであるというのに。死体に戻れない程の『魔』を蓄えていたのか、あるいは、現世で活動できる程の無念が残っているのか。
赤い方は後ろ毛を結んだおさげの女である。赤い着物を身に付けている。
青い方は髪が長い。青い和服を身に付けている。
どうして髪や服だけに注目しているかというと、何故か彼女達は白いベネチアンマスクで顔を隠しているからである。どこで入手したのやら。ここにはたくさん知らない種族がいるから、恥ずかしいのかな。
「なっ、どうして人が影の中から出てくるのよ!」
「召喚術の類……いえ陰陽系、前鬼後鬼に近い、でありますか」
ヘンゼルがいつの間にか傍に戻ってきていた。
二挺拳銃を振って、シリンダー部分を開いている。ああ、リボルバーの弾交換のために安全地帯へと帰ってきたのか。
「その仮面……? でも女?? というか、さっきの火属性魔法は貴女が使ってくれたの?」
皐月の問いかけに対しておさげの赤い女は無言を貫く。皐月を完全に無視しているという訳ではなく、仮面の後ろで凝視しているのに、決して喋ろうとしない。
「返事がない。愛想も気配も気色悪い」
「人間族から外れてしまっている、であります」
「『魔』の気配も亡霊系モンスターのようだけど……あれ、どうして、私涙が……」
皐月は赤い女が気になって仕方がないらしく、魔法を唱える口をもごもごさせている。目を擦って前を見ていない。
戦闘中にそんな余裕があるのかと言われると、既に形勢は大きく傾いていた。
「――発火、発射、火球撃」
「――串刺、速射、氷柱群」
高位の魔法使い職が二人も加わった事によって、エルフ側陣営の勝利はなくなった。ヒグマを追撃していたはずの軽装部隊が、魔法使いと拳銃使いがいる正体不明の部隊と交戦してしまった時点で、余裕はほとんどなかったのだろう。
部隊を率いているアイサ姉の他に、脅威となる高レベルの精霊戦士は存在しないのも幸いした。
「お嬢、逃げるのではなく戦うので?」
「勝てる戦から逃げる者が、獣の種族であろうものか」
ヒグマと幼女も好機を見逃さず参戦している。大気が掻き乱される音が響く程のベアーブローに、エルフが一人吹っ飛ばされていた。
私怨で戦い続けるのならば別であったが。アイサ姉がただの妹馬鹿でなければ、被害を拡大しない内に撤退するだろう。
「忌々しい鳥共め。覚えておけ! 次こそは妹を取り戻してやる」
決断からの行動は素早く、エルフの集団は木々の向こう側へと消えていく。
こうして遭遇戦は幕を引いた。