ガラガラすぎてもはやホラー、ほとんど「廃墟」な和歌山の商業施設《楽待新聞》
全国各地のショッピングモールを巡り、そこから見えてくる都市の「いま」をお届けする本企画。今回は、和歌山県和歌山市にやってきました。
市の中心部にも関わらず、「まるで廃墟のようなショッピングセンターがある」との噂を耳にしたのです。車通りも人通りも多い場所で、本当にそんなことが起きているのでしょうか?
調べていくと、周辺エリアの歴史と大きく関係がある商業施設であることも見えてきました。今回は、現地のレポートとともに、和歌山市という街の姿を紐解いていこうと思います。
■中心市街地にあるショッピングセンター
「ガラガラ」だと噂されているのは「CITY!WAKAYAMA」というショッピングセンター。名前からすると、和歌山を一手に担っている施設のようにも感じられます。
まずはいつものように基本情報から確認していきましょう。
所在地:和歌山県和歌山市元寺町5丁目58
敷地面積:9934平米
開業年月:2003年4月21日
駐車台数:約1200台
アクセス:JR紀勢本線紀和駅から徒歩約5分、南海電鉄和歌山市駅から徒歩約10分
私は和歌山の市内の様子も見るために、JR和歌山駅から歩いてみることにしました。駅前から続く「けやき大通り」を歩くこと約30分。国道沿いに、大きなパチンコ店の看板が目に入ります。
地図によれば、どうやらここが「CITY!WAKAYAMA」らしい……。でも、道からはパチンコ店しか見えません。
もう少し歩いてみると、わかりました。「CITY!WAKAYAMA」、巨大なパチンコ店が併設されているのです。私が訪れたのは平日の昼間でしたが、パチンコ店の前には多くの人がいます。
その横には透明なエントランス、近代的なデザインを持つ建物が。これが「CITY!WAKAYAMA」です。
正面入り口の上には巨大な「CITY!」という看板。外壁には「サンドラッグ」やスーパーマーケット「マツゲン」などの看板もあります。一見するとキレイな建物でとても「廃墟」とは思えませんが……。
■スーパー、ドラッグストア、パチンコ店は盛況
さあ、中に入ってみましょう。
正面入り口は3階までが見渡せる吹き抜けになっています。入るとすぐ目の前には「サンドラッグ」、さらにその横にスーパーマーケット「マツゲン」があります。外壁に大きく書いてあったお店です。
私が当初聞いていた噂とは異なり、この2つのお店にはそこそこ人がいました。たくさんいるわけでもないですが、通常のスーパー、ドラッグストア並みの入り。
さらに、1階には表からも見えたパチンコ店もあり、ここも人が多い。見ると景品交換所も同じ施設に入っています。便利なのでしょう。
ちなみに、この施設の裏手には大きな立体駐車場がありますが、そこも車はしっかり入っています。施設内から推測するに、おそらく多くの人がパチンコ店を目指してこの建物に来ているのでしょう。
それにしても、ショッピングセンターにパチンコ店とは、なかなか見ない取り合わせ。これはどういうことなのか。
実は、この施設の運営元は「延田エンタープライズ」という会社で、「PACHINKO&SLOT 123」を経営しています。だから、施設内にパチンコ店があるのです。
■ここは「美しい廃墟」だった
このように、1階部分のスーパー・ドラッグストア・パチンコ店はそこそこ盛況。しかし、館内を進むと異様な光景に出くわします。
1階から、その兆候はありました。賑わっているスーパーの横には、何も飾られていないガラスのショーケース。不自然に空いた区画。確かに空きテナントが多いのです。
しかも、それを衝立で隠すこともなく、そこに椅子を置いたりカプセルトイを置いたりすることもなく、単に「空き地」が広がっています。
2階はもっとすごい。エスカレーターに乗って2階に着くと、目の前は薄暗く、何もない空間が広がっていました。そこは「無」の空間です。ずっと広がる茶色の床と、ところどころに白い柱があるだけ――。
そんな場所なのに掃除は行き届いていて綺麗なのが、また何とも言えない。わずかばかりに付いている蛍光灯の明かりが床に反射して、不自然に床がピカピカしています。
どれほど歩いたでしょうか。歩けども歩けども、何もありません。いくぶんかすると、視界の中に紫色のポスターが目に入りました。
「好きな時に体験」
「入会金無料」
そう、書いてあります。
「CITY!WAKAYAMA」の2階では、フロアの1番奥で女性用の体操教室である「カーブス」だけが営業をしていました。
ご存じの方もいると思いますが、カーブスは店の前に大量の張り紙をしたり、旗を立てたりして派手な外観をしているのが特徴です。白と茶の極めて無機質な空間の中に、場違いなまでに貼られた紫のポスター。そのコントランストにやられそうです。
館内の案内図を見ると、2階にあるテナントはこのカーブスのみ。あとは何もないのです。
3階は駐車場に直結していることも関係してか、100円ショップなど、まだテナントは少しあります。ただ、それでも営業しているのは4店舗だけ。もう、蛍光灯さえ消えている真っ暗な区画もありました。ここまで来ると、ホラーの領域です。
館内はほぼ人がおらず、左右2箇所にあるエスカレーターが軋む音と、空気を送り出す空調の音だけが響きます。音楽もなく、明かりもなく、ただ掃除だけがしてある場所。
4階はそもそも立ち入れないようになっており、エスカレーターの向こうには闇が広がっていました。
改めて本来のテナント数と入居テナント数を数えてみました。46区画あるテナントのうち、入居しているのは12区画のみ。75%ほどが「無」なのです。ここは、紛れもなく、「美しい廃墟」です。
■和歌山の栄枯盛衰と「ぶらくり丁」
なぜ「CITY!WAKAYAMA」はこのようになってしまったのか。
私が注目したのは、この施設がある和歌山の中心市街地との関係です。この施設から少し歩いたところには、かつて和歌山で最大の繁華街といわれていた「ぶらくり丁」がありました。
そこには、丸正百貨店や大丸百貨店、ビブレなどさまざまな商業施設が集まり、かつては関西圏の中でも有数の賑わいを持つ街だったといいます。
そもそも和歌山は江戸時代、徳川御三家の1つであり、和歌山県のすぐ下を流れる黒潮海流の影響もあって舟運の一大中心地として繁栄を極めていました。
醤油作りなども盛んで、黒潮ルートを通って千葉県・野田市に醤油作りが伝えられたといいます。ちなみに、千葉県に勝浦や白浜などの和歌山県と同じ地名があるのは、海運上のつながりがあったからではないか、ともいわれているようです(参考:日本経済新聞「不便な紀州になぜ御三家? かつては有数の大都市」 )。
明治維新後も、和歌山は重要産業の中心地となります。住友金属工業和歌山製鉄所が置かれたのです。和歌山市はこの住友金属(現・日本製鉄)の企業城下町として発展。それと共に「ぶらくり丁」も繁栄を極めました。
特に戦後の高度成長の時代は、日本が製鉄をはじめとした第2次産業を中心に発展していったため、和歌山市も大きな賑わいを見せたのでした。
そして、1970年に「CITY!WAKAYAMA」は誕生しました……といっても、その時は違う店。かつてここはスーパーマーケットの「長崎屋」だったのです。
ちなみに、1960年代は全国各地の駅前に「ダイエー」をはじめとしたスーパーマーケットが進出した時代。まだまだ自動車の普及は道半ばで、駅前の商業施設が力を持っていました。
週末は、家族みんなで電車に乗って駅前の百貨店に行く……というライフスタイルが一般的だった時代。長崎屋も、ぶらくり丁の繁栄の恩恵に預かっていたでしょう。
しかし、1970年代のオイルショック以後、この状況に陰りが見え始めます。日本の産業構造は、第2次産業から、サービス業をはじめとする第3次産業へと移り始めました。
すると、東京や大阪といった大都市に産業が集中するようになり、和歌山はだんだんと時代の波から取り残されていきます。
そこに1991年のバブル崩壊、そしてモータリゼーション(自動車の普及)による郊外商業地の発展が重なります。和歌山の中心市街地は徐々に荒廃していってしまいました。
最初に音をあげたのは、大丸百貨店。1998年に閉店してしまいます。それ以上にインパクトが大きかったのが、「ぶらくり丁といえば丸正百貨店」とさえ言われていた丸正百貨店の倒産です。
バブル崩壊の余波によって、同店が発行する商品券が使えなくなるのではないか、という噂が飛び交い、9億円以上の商品券が流出。テナントの撤退も相次ぎ、2001年に倒産してしまいました。
その後、ぶらくり丁にあったビブレも同じ2001年に閉店。ぶらくり丁の荒廃が進んでいきます。
こうなると、当然ながら長崎屋も苦境に立たされることになります。
結局、2003年に長崎屋は閉店。その後、延田グループがこの土地を取得し、全面リニューアルした上で1階にはパチンコ店、2~3階にはアパレルなどの専門店、4階には大型ゲームセンターやボウリング場を備えた大型複合商業施設「CITY!WAKAYAMA」を誕生させたのです。
折しも、全国各地ではロードサイドに大型ショッピングモールが次々と誕生する時代だったので、それに倣え、ということだったのでしょう。
■和歌山再生の機運に乗れるか?
興味深いデータがあります。「ぶらくり丁活性化委員会」が2010年に発表した調査です。
ここでは2000~2010年までの10年の間で、休日にぶらくり丁を訪れた人の人数が約7万3000人から約2万5000人になったことが報告されています。約3分の1の人流が2000年代に減ってしまったのです。
2003年に「全面リニューアル」として「CITY!WAKAYAMA」が生まれたとき、和歌山の中心市街地はすでに衰退の一途を辿っていたのです。これでは、いくら魅力的なテナントを入れても外部要因に負けてしまう。
しかも、2014年には「イオンモール和歌山」が誕生。郊外への商業シフトがますます進みます。
舟運から自動車社会へ、第2次産業から第3次産業へ、その間に起こった高度成長期とオイルショック、バブル崩壊……こうした日本の大きな変化に和歌山市は翻弄されてきました。
そして、長崎屋と「CITY!WAKAYAMA」はその象徴的な存在だともいえます。「美しい廃墟」は、江戸時代から戦後にかけての日本の「ある側面」が目に見えるものになった、ともいえるでしょう。
ただ、再生の機運がないわけではありません。特に現在、ぶらくり丁では徐々に商店街の建物のリノベーションなどが進み、コワーキングスペースやカフェなどが作られ始めています。
こうしたお店が増えれば、中心市街地も活況を呈するのではないでしょうか。
また、丸正百貨店跡地は「FORTE WAJIMA(フォルテワジマ)」という商業施設が入り、百貨店の建物が利活用されています。
シャッター商店街化による賃料の下落は、逆に意欲的な若い人々の流入を促す起爆剤にもなります。「CITY!WAKAYAMA」も、運営元さえその気になれば、低賃料で若い人にテナントを貸し出すこともできるはずです。
■運営元は「何とかしよう」としていないのか
ただ、どうも気になるのが、運営元のこの施設への意欲です。施設の掃除こそ行なっていますが、ホームページはほぼ情報の更新をしていない。
もしかすると、パチンコなどで利益は出ているので、変にテナントを誘致して失敗するより「現状維持」の方がいいのかもしれません。
その裏側は測りかねますが、現在の「CITY!WAKAYAMA」を見ると、ぶらくり丁よりも「何とかしよう」という意識が薄いのは一目瞭然。いくら中心市街地が再興しようとも、運営元がその気にならなければ、この施設は復活しません。
日本の時代の流れが生み出した「美しい廃墟」は、いったい今後どうなっていくのでしょうか。
チェーンストア研究家・谷頭和希/楽待新聞編集部
不動産投資の楽待
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最終更新:7/6(日) 11:00