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第十六回「アジアのディープな歩き方(下)」続き

風呂あがり。温い湯だった。


さて、さくさくいこうぜ☆




っていっても話題はカンボジア。300万とも言われるジェノサイドを歴史に持つ国だ。


どっから喋ろうか。やっぱ戦後からだよな。

えと、戦前はここもラオス・タイと共にフランス領インドシナ連邦でした。
独立を戦時中に宣言するも、実現するのはやっぱり1953年。
こっから1970年までをカンボジア王国第一期とする。


はじめはねえ、この国もメコンの恩恵を受けまくって貧乏ながら食料豊富な国だった。

歴史が動いたのはベトナム戦争。

ベトナム北部に爆撃をしかけたアメリカと国交を断絶するんよ。


それに異を唱えた親米派のロン・ノルが当時のボスであったシハヌーク外遊中にクーデター。


1970年、クメール共和国が樹立。クメールってのは彼らの民族の名前だね。


ロン・ノルは南ベトナム開放民族戦線に関与されると疑いのある人間をとにかく迫害・虐殺。
国内のベトナム人の約四割がベトナムに帰還することに。


この戦争にちょっかい出してしまったせいで国内の爆撃も激増。

なんと200万人にもおよぶ国内難民(ほぼ農民)を発生させる。


当然のことながらロン政権は批判の的に。



一方そのころかつてのボス、シハヌールは北京に亡命していた。


こいつを助け出したんがポル・ポトだったんだな。


1973年にベトナムからアメリカ軍が撤退すると、ロンは強力な後ろ盾を失い、
1975年にポル・ポト率いるクメール・ルージュが首都プノンペン入城。


こっからだ。伝説のジェノサイド時代が始まる。



さて。この時点でカンボジアは長く続いたベトナム戦争によってずたぼろだった。

農地はなんと50分の一、米の値段は34倍にまで膨れ上がっていた。


ここでポル・ポト政権がとったのは極端な「原始共産制」だった。

都市部の人間を強制的に農村に追いやり、貨幣経済を廃止。
そして。旧政権関係者・知識人・裕福層・留学生・親ベトナムの疑いがあるもの。


こういった人間を殺しに殺した。



国民は中央政権の指定する集団農場・工場などで強制労働。
反乱を恐れて家族などもバラバラに。
アメリカ・ソ連等とも完全に国交断絶。科学・最新技術を全て否定。


もちろんこんなん上手い事いくわけもなく、アホ程の餓死者を出す。
農地もボロボロにしてねえ。旱魃の嵐だったんだ。


このポル・ポト政権間の四年間で発生した死者は様々な数字があって、その数
5~330万人と恐ろしく幅がある。

実際に手を下したのが約五万人(CIA調べ)で、その悪政による旱魃や飢饉による
餓死者等を考慮するともう二桁増えるってわけさ。


この時の話題には事かかないよね。
キリングフィールドを聞いたこと無い日本人なんて、僕は日本人と認めない。


さて、この状況を打破しようと画策したのはベトナムに逃げた難民達。
カンプチア民族救国統一戦線を組織し、ポル・ポトを追い詰める。


ここでもドロっドロの内戦が展開されるんだけどさ、終わるのは何と1990年。
皆が生まれた時にはまだ内戦が続いていたんだわ。



現在では立憲君主制をとっており、この憲法は日本も大きく関与。
世界一平和な憲法と呼ばれているらしい。


が、この20年に及ぶ内戦の傷跡はがっつりと残っている。

色々あるんだが、まずこの国の人口ピラミッドがオカシイ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Pyramide_Cambodge.PNG

めっちゃわかりやすいよな。20代後半以降(現在は30代以降になってると思う)の人口よ。

で、この数年間教育インフラが完全に機能を停止している為、当時教育をうけるはずだった
人たちの識字率が異常に低い。


未だカンボジアっていったら地雷が一杯ってイメージない?


確かに地雷は一杯なんだけどさ、字読めない人たちがふらふら危険地帯入っていって
地雷(ってか不発弾の方が多い)の被害を受けるケースが多々あるらしい。


しかもよう、この国は現在の極度の貧乏国家。

乾季になるとかつてのダメージ引きずった農地では農業なんて叶わず。
皆金属探知機(2000円ぐらいで買えるんだって)片手にくず鉄拾いするんだ。

それが不発弾なら火薬を抜いて、周りの金属売って…


そんな作業を普通の農民が行っております。




ちなみに被害を受ける35%が18才未満。

海外のボランティアが識字率アップに貢献したり、子どもでもわかり易い看板をたてたりしとるんだそうな。



ただ、まあ。

正直なところ地雷については問題としてわかり易いし、皆も良く知っている現実だと思う。



このマンガでも触れているんだが、僕のカンボジアのイメージとしては強烈なんがもう一つ。






児童買春だ。





えと。僕もこんな身分だし、この記事書くためにいろいろ勉強した。



書こうと思ったんだけどさ、まあ正直お腹一杯過ぎて。


書かない事で逃げるつもりなんて一ミリもない。
書きたい事、言いたい事一杯ある。


でもさ、ここまで記事読んでんなら、かつ自分がそういった事に明るくないって自覚あんなら
いっぺん自分で調べて感想抱いてみてよ。


カンボジア 児童売春   ってググるだけでも結構な数の記事がめっかるわ。


あーお腹痛い。日本人として恥ずかしい限り。


絶対に知っておくべき課題。
でも俺、闇の子ども読んだことないや…これも教員になるまでに絶対読んどかな。



マンガ内ではカンボジア人を食い物にする日本人ビジネスマンが、
現地の少女を買った直後に強盗に会い、銃殺される。



文章だけではなく、こういったものを具体的に見せてくれる作者には本当に敬意を覚える。



本当に悲しい国だよ。
なんで弱者ばっかり泣かなくてはいけない。


ポル・ポトは1998年に逃走中の山中で心臓発作で死んでしまう。
毒殺説とか色々あるが、奴が受けた罰があまりに小さく感じてしまう。

こいつの死体は古タイヤと一緒に焼かれ、墓が作られることはなかったという。



飢饉で死んでいった人たちは他の生き物の食事になったし、

使い物にならなくなった少女達はバラバラにされて地下ルートで流れる。




僕達はかなりの確率で誰かに見取られ、布団やベッドの上で死に。
沢山の人たちが弔問してくれ、正しい手順で荼毘にふされ。
墓に入れられ、その後も子孫が参ってくれるのだろう。



バラバラの内臓や肉になった人々は、かつて存在していた事すら無かった事にされてしまう。
いや、生きている時だって存在していなかったんだ。


そんな人たちが僕達と同じ星で、同じ空気を吸って、同じ命を燃やしている。



僕達には何ができるだろうね。

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