インタビューのイニシャル問題
これは昔からある問題かもしれないし、もしかすると一定の周期で盛り上がりの波がある問題かもしれない。企業のレイヤーというか規模感によるかもしれないし、業界のトレンドが深く関わっているのかもしれない。
なにか。
求人広告や採用広報につきものの社員インタビューにおける名前出しを拒否る問題です。
いまから20年ほど前のこと
ぼくが以前、勤めていた会社が運営していた転職サイトでは、オプション企画として「転職者インタビュー」というコンテンツがありました。
2回目の大きなサイトリニューアルの時。この転職者インタビューの仕様を見直していたんですが営業サイドからの要望としてイニシャル表記を可にしてほしいという声が寄せられた。
詳しく聞くと、どうやら一部のクライアントからイニシャル表記で、とオーダーされることがあるんだそうです。
で、当時は基本的に実名出しをルールにしていたので「できません」と答えると「ならお前のところには求人は出さん」となり失注する、という。
ふむ、失注は良くないな、と考えてみました。
たとえばぼくならH.Hです。するとこういう感じの表記になりますね。
株式会社トンデモハップン
制作部 コピーライター H.H(33)
うーん…
なんでいきなりイニシャルトークなの?と思いませんか。なんか隠さないといけないアブナイことでもあるわけ?それともそんなに大物なの?
その昔、世のお父さんたちを虜にした『ウィークエンダー』という深夜番組がありましたが、そこで紹介される犯罪に加担した未成年みたいじゃないか。
本当にその人っているの?って思っちゃうね。
画像があるだろっていうけど、まず名前がイニシャルの時点で顔写真だって「どうだか」と疑っちゃう程度にはリテラシーあります。そんなに情報の送り手の都合よく受け手が解釈してくれるとは思わない方がいい。
つまり実体感がまるでなくなる。
その結果、その転職者がしゃべっている内容に重力が感じられなくなるんですよね。イニシャルの向こうからなら何だって言えちゃう。
2020年代のいまでもそうでしょう
この、顔と名前がリアルじゃないと、発言から重力が失われる現象がわかりやすくあらわれるのがTwitterです。
過激な発言だったり、一定の思想を攻撃する投稿、ヘイトの類、クソリプを繰り出す主って相当な確率でアイコンもアカウント名も架空のものだったりしますよね。有名人以外で実名顔出しでゴリッとしたコメントする人、少ないはず。
だいたいインフルエンサーやアルファツイッタラーたちも実名じゃなかったりしますし。滝沢ガレソとかトゥーンベリ・ゴンとかゆな先生とか。その名前が朝日新聞のオピニオン欄でも取り上げられた暇空茜とか。ちなみに暇空茜さんはwikiで実名出てますけどね。
ここから想定されることは、人間、顔と名前を隠すと本性以上に過激で攻撃的な人格が現れる。そして発言にかかる責任から限りなく解放されるということです。
ほらよくあるでしょう?タレントさんや著名人、話題の人に誹謗中傷のリプや引用リツィートをかましまくった結果、アシがついてしまって訴えられたり逮捕されたりした人が「つい正義感から」とか「そんなつもりじゃなかった」みたいなとんちんかんな弁明するケース。
結局、実名顔出しじゃないぶん、発言に重みも責任もなくなるわけ。
あれと似た構造がある、と思うのです。社員インタビューのイニシャル表記って。つまりイニシャルにした瞬間、なんでもありになるというか、なんにもなくなるというか。
なんでイニシャルにしたいのか
これは時代によって多少移り変わりがあると思うんですが、最近だと個人情報保護の観点ですね。あとはストーカーから守る、みたいな理由もありそうです。
個人情報保護の観点を持ち出されたらもう、ぼくなんかはお手上げですね。個人情報漏洩を防ぐためにイニシャルで!ってオーダーされたら手も足も出ません。
あるいはこの社員は過去にストーカー被害にあったことがあるので実名は避けてください、なんて言われると、うつむき加減でかしこまりましたとしか言いようがないわけ。
そして、一拍置いてこうおもうんです。
ならばインタビューなどお出にならない方が良いのではないか
と。
あるいはこちら側からイニシャルって実存感が薄まるので…とやんわり抵抗すると「そうですよね、イニシャルってなんか、ねえ。犯罪者じゃないんだから」と理解を示してくださった!と思わせておきながら
だから仮名にすればいいんですよ!
という脱力感満点の逆提案を喰らったこともありました。
株式会社トンチンカンチン
営業部 佐藤明広(仮名)
なんか、こう、いろいろ配慮満載のノンフィクション作品なのかなーって。社員インタビューなのに。政治の闇?宗教の翳?あるいは芸能の邪に鋭く切り込んでんの?
なんでしょう、この仮免許感。はたまた漂う多羅尾伴内感。
しかもその会社にいないんですよ、佐藤明広なんて人。佐藤さん(仮名)の記事を読んで共感して入社してきて、しばらくしてから「ぼく、社員インタビューに惹かれて入社したんですよね」「あ、それ俺だよ」「えっ?あ、小林さんが佐藤さんだったんですか」「そうそう、ウケるよね。人事がそうするって」「ウケますよねェ…佐藤さんって小林さんのことだったんだ」なんのコントの台本なんですかって感じです。
そこですか?やることって
まあ、個人情報やらストーカー関係はまだわかります。ぼくの部下にも長らくストーカー被害に悩まされていた子もひとりやふたりじゃなくいましたし。
ぼくがいちばん唾棄すべきだと考える、イニシャルにする理由はズバリ!
ヘッドハンティングを防ぐため
社員インタビューをリストに、水面下で連絡を取りながら引っこ抜くというブラクリ仕掛けでカサゴを狙うようなヘッドハンターが転職市場で暗躍している事実は存じ上げております。
経営者の立場で考えると高いお金をかけて採用し、これまたお金と時間と労力をかけて育成し、ようやく一人前になったところでどこの馬の骨ともわからぬ輩に狩られるなんてのはたまったもんじゃあ、ありません。
その気持ちはよーくわかる。
わかるが。
だから社員インタビューの実名出しをイニシャルに変えるってのはちと度量の小さすぎる打ち手ではありませんか?
それって問題のすり替え?違うな。課題に対して本質的に向き合えていないのでは。そんなんだからオタクの会社、ヘッドハンティング風情のやっすいペラ回しで社員が辞めちゃうんじゃないの?
そう思うんです。
やるべきことはただ一つ。
たとえヘッドハンターが甘い汁を垂らして近寄ってきたって、ありがとうございますただ私はいま勤めているこの会社が大好きで、代表が大好きで、仲間が大好きで、仕事が大好きなので、このお話はお受けできません。
と、ガチャリと受話器を置く社員のいる会社を作ることなんじゃないですかね。
いまどきガチャリと受話器を置くシチュエーションはないかもしれませんが。
おかげさまで本当にたくさんの会社の社員インタビューを作らせていただきました。いまも作り続けています。毎週毎週、多い時は一日一本のペースで。少なくても必ず週一本は作っています。
そうすると、見えてくるんですよね。
社員の方の言葉、発言が本当のものなのか。あるいは含みがあるのか。模範解答のようなものがあるのか。広報が作ったガイドラインに則って話しているのか。
本物の言葉には、インタビュアーの心を震わせる力があります。そういう時は、読み物として胸を張って見てもらえる記事になります。
反対に作為のある、心にもない言葉はとても薄くて淡く消える。そういう時は、ネットに散らばるテキストの塊にしかなりません。
何を言うか、よりも、誰が言うか、が重視される時代になりました。
とかなんとか言われるようになって早幾年。
イニシャル問題なんてのは、腰の入っていない仕事の最たるものだな、と思うぼくはすっかり時代遅れなのでしょうか。
コメント
2そう言えば昔、イニシャルで書いた覚えがあります。これは
「個人情報」という言葉が流行語のようになった時代と
重なるのでしょうか。
某女子大のインタビューで、「絶対にタレントになれる」
レベルの現役女子生に出会いましたが、このときもイニシャル
でした。ただ、大学と本名が分かって写真が出ていたら、何か
おかしなことを考える人間もいるのかな、と思った記憶があり
ます。SNS誕生以前でしたが、いまはさらに危ないかもしれない
のに、イニシャル表記がなくなった背景を知りたいですね。
私、通販もテレビ・ラジオ以外やりましたが、この体験談は
ほぼイニシャル(タレント除く)ですからね。信憑性の問題はまた別です。
川中さん、コメントありがとうございます!
女子大生かつタレント並の容姿となると破壊力がバツグンなので、取材者保護の観点が強めになるのも頷けますね。そういう場合は納得できるし、むしろこちらから「イニシャルか仮名のほうがよろしいのでは…」とおすすめすると思います。会社の素顔を見せるための社員インタビューで仮名やらイニシャルやらというのが信じられないんですよね。隠したいのか見せたいのかどっち?みたいな(笑)
通販の体験談もイニシャルですね~。特にWebに跋扈するコンプレックス商材の体験談はすべてイニシャルですよね。あれ信じる人いるのかなって思っちゃいます。でも信じる人がいるからいまだにイニシャルなんでしょうね。そこがコンプレックス商材がつけ込む隙なのに…