12-6 人間限界点
グウマを撃退しただけではまだ終わらない。ナキナは終わろうとしているが、まだ終わらせられない。
「骸骨兵の軍勢は砦に殺到している。朝までもたないぞ」
「……グウマ、あいつめ」
「逃げた奴の事ばかり考えても無駄だろうに」
「分かっているっ。忍者衆の別働隊が山を崩して侵攻ルートを半分埋める作戦を進めている。ついでだ、お前達も手伝え」
イバラに言われるまま山道への移動を開始し、いったん砦から離れていく。左右に切り立つ山の右側、岩肌が剥き出しの山の崖上を目指した。
戦闘続きであるが、下手な地獄よりも骸骨の密度が高い砦に直接向かうよりは断然楽であっただろう。それでも骸骨兵の小部隊とは数度遭遇し、戦闘を避けられない場合はナイフを構えた。
「凶鳥様。申し訳ありません。『魔』が危険域になったので幻惑を一度停止しました」
空を歩いていた月桂花も途中で合流してきた。
月桂花は謝罪を口にしているが、むしろ今まで良く持たせたものである。それに近づいてきてくれたお陰で発動するスキルも存在する。
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“『ハーレむ』、野望(色)を達成した者を称えるスキル。
相思相愛の関係にいる者が視認可能範囲にいる場合、一時的に「対象の人数 × 10」分レベルが上乗せ補正される。
また、スキル所持者と対象者との間で寛大さが高まる。
ただし、対象者と対象者の間に対しては一切補正が行われないため、刃傷沙汰を回避したいのであれば相応の努力が必要”
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“ステータス更新情報
●力:61 → 111
●守:47 → 87
●速:74 → 124
●魔:0/52 → 0/92
●運:5”
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幻惑魔法による加護がなくなり、これからが本番といったところだろう。
「ナキナッ、万歳イイイィッ!!」
山を崩す工作を行っていたナキナ忍者衆の支援。そのつもりで山を登っていたはずなのに、到着直前に爆発音が響いた。
どうやら敵に気付かれたらしく、五、六人の忍者職に対して色の濃い骸骨兵が百体単位で襲いかかっている。先の爆発は、追い込まれて、それでも使命を全うするために忍者の一人が炸裂玉で自爆したのだ。
「……アイサ、ナイフを貸せ」
くの字に先が折れ曲がった切れ味の良いエルフナイフを受け取ると、走り出していた。
とりあえず、背中を向けていた骸骨兵の頭蓋骨を縦に割って、刃を縦から横に向けて割れ目を広げる。
「『暗澹』発動」
奇襲に気づかれ、複数の眼球のない洞が俺へと振り向く。が、『暗澹』を使って奇襲を無理やり継続する。
左右を斬って二体の背骨を断ち、傍にいた一体はハリウッド・ヒーローのごとく首に腕を回して力を込め、折る。敵が落とした錆びた剣でも一体倒したが、剣は一度で曲がってしまった。
快調に敵を倒していくが、また爆発音が響く。
誰ともしれぬ者の手首のみが、足元に転がってくる。手招きなのか握手のつもりなのか分からないが指が少しだけ動いていた。
実に、気に入らない戦場だ。一番気に入らない点は、俺が何を理由に気に入らないとイラ付いているのか分からない点だ。
俺の目の届く範囲で生者が簡単に死んでいく事が気に入らないのか。当然だ。死の体現たる俺の手によって殺されなかったなど許されない。
「自爆するなよッ。仮面を外さない俺を煽っているつもりか!」
自爆するぐらいなら、俺に殺されれば良かったのにと残念がっているのか。当然だ。黒い海に沈む者達が唯一、生者を正当な理由で殺害できる。
「俺が早く仮面を取っていれば良かったのにと、非難しているつもりか!」
黒い海を総括する権利を有する俺が、未だに人間みたいな言葉を吐いている。何故だ。これが最も気に入らない。
俺の心の内は内臓みたいにグチャグチャだ。己で己の本心が分からない。一秒ごとに建前と希望と悪意が入れ替わる。悪霊そのものの思考で活動していたはずなのに、人間でいようと見苦しく足掻いてしまう。
それでも表皮の上、他者の目から見た俺の行動は何故か一貫していた。
「どうして、俺ばかりがッ、助けなければならないんだッ!!」
崖際に追い詰められた忍者職の男女が、手を繋ぎながら炸裂玉を地面に投げ付けようとしている。
二人が決意を固める寸前、骸骨兵の垣根を越えて到着した。拳大の炸裂玉を地面に投げ付けようとしている男の手首を握った。
「仮面の化物?!」
「痛っ、お前もモンスターなのか。離せ! お前達ごと爆破してやる」
そんな事をしている間に、背中には骸骨兵の剣が次々と刺さっていくが気にしない。
握力を強めていき、炸裂玉を握っている手を開放させる。『暗器』で完全に奪ってから、骸骨兵の密集地帯に投げ捨てる。用事は済んだので手首を離してやった。
骸骨兵共と向き合い、無用心に接近してきた奴から斬り刻む。
未だ骸骨兵は八十体ほど残っているが、特に気にしなかった。斬って、斬られての作業を続けていく。
「起爆する。離れていろッ!!」
爆破作業はイバラが遂行した。岩の地面に一定間隔で埋め込まれていた炸裂玉を、導火線を用いて一斉起爆したのだ。
山の大きさと比べてささやかなものだが、五メートル級の大岩が爆圧によって削り取られる。急斜面を伝って骸骨兵で満ちた地面へと転がっていく。
イバラ以外の生き残りの忍者職も爆破を連続的に行い、大岩は次々と転がり落ちた。
砦へと通じる山間道の半分とは言えないものの、三割ぐらいの封鎖に成功したと言えるだろう。
忍者職達は限界だったため、砦とは反対方向へ去っていく。俺の所為で自爆し損ねた二人もいたが、挨拶はなかった。
俺は……とっくの昔に限界だったので、砦の方向へと足を向ける。
「……仮面。もう無駄だ。砦は…………陥落してしまった」
イバラに指で示されるまでもない。崖から見える景色には、炎上中の砦が見切れてしまっている。
結局、山の爆破作業は間に合わなかったのだ。いや、間に合っていたとしても無意味であったのだろう。それでも山を爆破したのはただの意地だ。
朝日を見るまで持ちこたえる事なく、砦は城門を破壊されてしまった。雪崩れ込んだ骸骨兵共の勢いは激しく、兵士達は逃げる暇さえ与えられず全滅させられた。城内に生存者は存在しない。カタカタ顎を鳴らして、死霊が勝利を叫んでいるだけだ。
俺達の行動はすべて無意味だった。
砦は守れず、敵軍は健在。俺達が倒したモンスターは百体を超えるが、敵全体の一パーセントにも満たない。所詮は無駄な抵抗だったのだ。
心労で手足が重く感じるのも無理はない。そうでなくても、連戦続きで疲労は積層されてしまっている。体の各所に刻まれた傷も一つ一つは気力で克服できたものの、総計すれば致命的だった。
「それでもキョウチョウは行くんでしょ。僕も付いていくから」
重過ぎる足取りで下山していると肩を支えられた。血がべっとりと付く事を一切構わず、むしろ喜んで俺に付き添おうとする人物など僅かだ。特別、彼女が近くで振り向くと長耳が俺の頬に触れてしまう。そんな子はたった一人である。
アイサ。戦場にそぐわない笑顔を見せてくれる森の種族の少女。
憎くも思い、煩わしくも思った少女であったが、まあ、最後ぐらいは素直な感想を言おうか。
「アイサはいつも可愛いな」
状況的に脈絡のない感想を言ってしまったからだろう。アイサが足を止めてしまう。
これからの事を思えば、都合が良かった。
「……月桂花。アイサを拘束しろ」
月桂花に何故の言葉はない。俺が命じれば内容に関わらず実行する。呪文詠唱は簡潔に済まされた。
アイサは何故と言葉を発する暇もなく全身の筋肉を動かせなくなってしまった。声帯も動かせないため声も出せない。足も動かずバランスを失い、倒れこみそうになった細い体を優しく抱える。
宝石色の眼球は驚愕していたが、家に置いてけぼりにされる子供のような怯えも含まれていた。
「これからの戦いにアイサは邪魔だ」
「では、始末されますか?」
「……いや、俺を射ったアイサの償いはまだ済んでいない。俺と同じ苦しみを味わってもらう」
抱え上げたアイサを月桂花へと託す。
これまで月桂花に訊ねた事はないが、そつなくこなしてくれるだろう。
「アイサを地球へ送れ。たった一人で異世界を彷徨う恐怖を味わってもらう」
あえて考えないようにしていた。月桂花に頼めば、地球に帰れるのではないか。
危険しかない異世界など見捨てて、安全な地球に帰る。それが一番の幸せではないのか。
……今更な空想だ。恥ずかして絶対に口にできない。
「宜しいのですか? わたくしの異世界渡りの秘術では、特定の場所にしか送れません」
「どこに不都合がある。早くしろ」
「……御意でございます」
月桂花は渡したアイサを地面に置いて、木彫りの装飾品を手に持たせる。『魔』の収束が始まり、楕円系の扉が空中に開き始める。
珍しい光景であるが、門の先に諦めた世界が見えては一大事である。背中を向け、アイサの見送りを諦めた。
「お前達、何をしている!?」
「疾く去れ。俺は人間である事を、諦めた。命の保障はしかねる」
まだ残っていたイバラにいちおう警告する。近くにいられると、真っ先に殺してしまうだろうから。
背中に感じていたアイサの『魔』の気配が消えた途端、凶鳥面が顔からずり落ちていく。それを合図に崖から投身した。
重力の束縛は排除した。アイサが消えた事により仮面の封印も解かれた。
ようやく、俺は自由を得た。仮面の狭い穴から覗いたのではない外の景色は、とてもとても爽快なは――。
「――鳥でもない者が、深淵の上に巣を――――いや、俺こそが深淵だ」
――なんて醜い光景なのだ。
万単位の死霊共が生物みたいに殺戮を行っている。同類ながら不愉快だ。
死霊ならば死霊らしい理由で、生者を絶滅させてしまうべきなのだというのに嘆かわしい。
「『同化』スキル発動。手始めに、世界を滅ぼすに相応しい肉体を構築しよう」