11-12 滅びの予感
ここ一週間、俺達はカルテの執務室に詰めていた。カルテの仕事場には常に最新のニュースが集まってくるためだ。カルテ本人はピリピリしており、伝令を待つ間F5でも押しているのか机を指で小突いていたものの、同室について何も言ってこなかった。
野を駆け山を駆け、ナキナの忍者衆が躍起になって情報収集に努めた。その結果、オリビアの悲劇の全容が判明する。
大規模な魔族集団がナキナの隣国、オリビアを襲撃したのを切っ掛けに、周辺各地で魔族共が様々な行動を起したらしい。
「だからー、この私を実家に帰して! さもないと地味に嫌な『神託』ばかりしてしまいますよ。足の小指を棚にぶつけるとか、夕食に嫌いな料理が出るとぅい?! ウウ、ウウウウーーーッ」
「イバラ。そこの騒ぐばかりで役立たないお姫様、口が忙しそうだから休ませてあげて。ついでに迎賓館に送り届けなさい」
「ウウウウーーーッ」
オリビアは魔界と隣接していない。隣にはまだナキナが存在する。
だから、魔族の奇襲は寝耳に水の出来事であったはずだ。適切な対処が行えないまま王都が陥落してしまう程の大事件であっただろう。
王族を含めた住民のほぼ全員が虐殺されたため、事実上オリビアは世界地図から消滅した。今後は魔界として扱われる。
「オリビアにはあの忌まわしい長城があったのに、どこから魔族が万単位で現れたのよ?」
「不明です。ナキナの国境警備隊もそのような大規模な動きを把握しておりません。煙のごとく、何もない場所から姿を現したとしか」
旧オリビアのみならず、近郊でも世界を驚かせる動きがあった。
オリビアの救援に向かっていた教国の部隊が巨大モンスターの群に襲撃されて壊滅した。丁度、そこで必死で暴れて猿轡を自力で外したリセリの祖国の部隊だ。
「ウウウッ、かはっ、この私の姉様と兄様がどうなったかご存知ありませんか!」
「流石はアニッシュ坊と同じく、地下迷宮に入った子ね。根性が違うわ……。ごほん、えーと、ご親族が部隊を指揮していたかもしれないってだけです。少し落ち着いてくださいな」
「なんて事!? 姉様は無事でも兄様の命がぁ」
「壊滅したって情報が入っているという事は、少なくとも帝国よりマシな被害で済んだという事でしょうよ」
更に、人類圏の南東でも一つ大きな動きがあった。
獣の種族と呼ばれる者達が人類から独立し、己を魔族であると宣言。手始めにエルフを襲撃したのである。
「……アイサは聞かなくて良いのか? 姉だっているだろう」
「捨てた里の事だから、キョウチョウも気にしなくて良いよ」
青い顔をしながら否定されてしまうと、ツッコミ一つ入れられない。
仕方がないのでアイサの代わりに俺がカルテに話を聞く。
「それで、獣の種族とやらは今どうしている?」
「身体能力の高い種族だけれど、全方位に噛み付く愚を犯していないからナキナに被害はないわ。ただ、エルフとは戦争状態に突入したみたいよ」
所詮は異邦人という事なのだろう。オリビアやら獣の種族やらという単語を聞かされても、ピンボケした想像しかできない。世界規模の重大な事件が起きているとは分かるのだが、まったく実感が沸かない。
ただし、聞き逃せない情報はあった。
巨大モンスターの群。強く浮かび上がるイメージは、ダンジョンから脱出する前に遭遇した淫魔王が引き連れていた化物共の姿だ。
淫魔王が関与しているとなれば、一連の事件には魔王連合が組している事になる。
「叔母上、リセリ様の帰国はどうしても難しいのでしょうか」
「アニッシュ坊の言う通り、うるさいから帰してあげたいのは山々よ。だけど無理なものは無理。人類圏へと通じているオリビアの長城は今、無数のコカトリスの巣になっているらしいわよ」
量産されたコカトリスまで現れたとなればもう確定して良いだろう。
「ああ、良かった。俺が壊れる寸前だったがギリギリ間に合ってくれた。魔王連合共が動いてくれたのか」
地下でこそこそ動いていた魔王連合が表舞台に出現した。隠れている害虫を始末するのは難しいが、のこのこ現れたのであれば単純明快。潰すだけである。
堪えられず、嬉しさが込み上げるのは不謹慎か。害虫を潰すのが嬉しいだなんて、人間としてどうかしている。
それに、どこの魔王連合を潰すか、という問題もある。
旧オリビアがナキナの隣にあるのならば、立地的にそこへ攻め込むのがベストなのだろうが。
「――ご報告ッ! ご報告を! 魔族の大集団が国境周辺に出現しております! カルテ様、今すぐ増援を!!」
跳び込むように執務室へと入ってきた伝令が、報告を終えてから過呼吸で倒れ込む。一時も休む事なく報告に現れたのだろう。よほどの大事が起きたに違いない。
「国境? オリビア方面ではなく?」
「まっ、魔界側でございます。モンスターは死霊が多数ッ!!」
「退路を塞いで、反対側から押し潰す。そう、ナキナを皆殺しにするつもりって事。……エルフに救援は無理? まさかっ、ここまで見越して獣の種族が決起したというの――」
魔王連合の兵力には底がないのか。ナキナを滅ぼすためだけに、新たな敵集団が魔界から出現した。
カルテは執務机に座したまま、両肘を付く。組んだ手の甲に額を乗せる。複数人に見守られているというのに、私室にいるかのようにブツブツと呟く。
「――完全に孤立した状態。国境防衛線は下げるしかない――」
しばらくの間、聞き取れない言葉を発音するカルテを待ち続ける。
「――総力戦。ナキナの総兵力を持って対処する。オリビア方面の魔族は決して動かないわ。動かれたら滅びるけど、魔界側に戦力を集中するから!」
カルテの決断は分かり易かった。全方位を守れるだけの兵力がないから、魔族が攻めてきた方面へと戦力を集中させる。それだけだ。
決定事項は迅速に、カルテは文官を次々と呼んでは指示を飛ばし始めた。
知りたい情報は得られたので、俺も行動を決める。魔族の方からナキナにやってくるというのならば、そちらに向かえば手間が少なくて済む。
「アニッシュ坊! この事をクリーム坊に伝えて。早くっ! イバラ、忍者衆は下忍も全部投入するから招集しなさい」
決して、忙しそうなカルテを少しでも手助けしようと思ったからではない。
「行くぞ。アイサ、月桂花。魔王連合に引導を渡す」
「ま、待ってよ。キョウチョウ」
「お任せを。凶鳥様」
二人を連れ立って執務室から退室するが、カルテは一言も声をかけてこない。
「……そう。貴方はやっぱり行くのね。――御影達をここに招きなさい」
クリスマスが近いので魔王連合から人類への祝福です。
滅びるがよい。