11-10 新しき魔族
オリビアの北方にて教国の救援部隊が巨大モンスターの大群に襲われ、壊走している頃。
オリビアの南東でも戦いが生じていた。魔界より遠征していた森の種族の精霊戦士千人が火山帯を通過している最中、隊列の横合いから奇襲を受けたのである。
「ハォゥォォッ、オロロロロロロッ!!」
溶岩が冷えて固まった岩山の向こう側。死角より近づいてきたのは、獣の奇声だと思われた。
「オロロロロロッ!」
「オロロロロロッ!」
「オーロロロロッ!」
人語とは思えぬ裏声に深い意味などあるはずがない。獣が縄張りに入り込んできた他生物を威嚇する鳴声と同じである。こんな奇声に「我、先陣を切る者ぞ。戦士なれば皆続け」という意味が含まれている。と誰が気付けるだろうか。
蹄が、溶岩が冷えて出来た黒い大地を叩き割りながら駆け抜ける。
蹄行性の動物特有の高速移動が、精霊戦士の反応速度を上回る。
肉迫に成功した後は、速やかに手斧を横一線に振る。結果、白くてか細い首が断たれて落ちていく。
襲撃集団合計五十人が精霊戦士の隊列を渡りきった後には、各所で血の噴水が生じていた。戦場では珍しくもない地獄の風景だ。
火山地帯にも魔族は生息しているが、千人集団に挑んでくる程に好戦的ではないはず。そういった油断があったのだろう。森の種族は手痛い打撃を受けてしまう。
しかし、普段他種族を低能と言いながら見下している精霊戦士が、反撃をしないまま敵を逃がすはずがない。
「浮き足立つなッ! 右翼、報復準備!」
千人の遠征部隊に選ばれた者達は戦い慣れている。レベルも高い。
例えば、声を張り上げている隊長格らしき女精霊戦士――金髪長髪、碧眼長耳というエルフらしいエルフ女性。レベルは80オーバー。ちなみに、遠征部隊に参加した理由は家出した妹を探すためらしい――は数部隊に指示を出している。指示を出しながらも弓の弦を引いている。
謎の奇襲集団は進路変わらず一直線に全力疾走を続けていた。そのまま戦域から退却するつもりなのだろうが、無防備な背中は未だ矢の射程内だ。
反撃の合図を、女精霊戦士は叫ぶ。
「弓隊、一斉射! 魔法部隊、攻撃開始せよ!!」
精霊戦士の矢が襲撃者の背骨を砕き、仲間一人分の弔いを済ませた。
精霊戦士の植物魔法が発芽し、樹齢百年近いトレントに形を変えた。襲撃者を指で摘んで捕らえていく。腰を捻るようにトレントは幹を捻ると、捕まえた襲撃者を頭から地面に叩き付ける。砕ける嫌な音と飛び散る嫌な音の協奏。これでまた、仲間一人分の弔いを済ませた。
「愚か者共め。我等、精霊戦士に手を出したからには慈悲はない。必ず一人残らず報復してや――」
襲撃集団の半数を撃退した事により、精霊戦士達は士気を持ち直す……はずが、むしろ動揺が広がっていく。
トレントが潰した者は見るも無残な状態だが、矢で射抜いた者は比較的原形を留めていた。女精霊戦士が襲撃者の死体を検分し、正体に気付いて耳を大きく揺らす。
「――馬鹿なッ、獣の種族が森の種族を攻撃してきたというのか!?」
獣の種族らしき襲撃者は、自らが狩った魔獣の毛皮をなめして防具にしている。遠くから見ると熊か猪といった毛深い動物にしか見えない。では近場から見ればどうなのかというと、下半身は自前の毛に覆われているのでやっぱり毛深い。
獣と称えられる彼等は、実に特徴的な種族であった。
筋力が発達しており、精霊戦士を一撃で仕留めるだけの太い腕を所持している。
鉱物を細かく磨り潰して塗った絵の具で、頬や首に民族的な模様を描いている。
多くが有角であり、枝分かれした角を額から生やしている。
……それでも、上半身の多くの特徴は人間に合致している。下半身は鹿のような姿をしているが、正確には臍より下、太股付近からが毛深いだけだ。六割か七割ぐらいは人間に近い生物なのである。
ゆえに、獣の種族は人類の枠組みに入っている。彼等の毛深さは、森の種族の耳長と同じように扱われていたのである。
人類である以上、獣の種族も魔族に襲われる。
人類である以上、魔王に怯える定めに囚われている――。
「お前達、どうして攻撃してきた! 我等は不可侵を貫いていたはずだ」
――昨日までの話だ。
「我等、汚く卑しい人類違う! 我等は魔族! ウロロロロッ!」
「我等は魔族、オォォヒューーッ!」
「人間族、憎い。森の種族、憎くない。でも魔族は森の種族を倒す、ヒュロロロロロッ!」
「我等は魔族、オォォヒューーッ!」
獣の種族は魔族を自称しながら反転し、再度突撃をしかけてくる。
魔法の素質のない粗暴な種族であるが、動物染みた身体能力を持っているため接近戦は異常に強い。精霊戦士側は自衛のために矢を放ち続けるしかない。
矢の一本、魔法の一筋で倒れないタフな体であっても、飛び道具には苦戦するものだ。とうとう最後の一人になってしまった獣の種族が、額を射抜かれて仰向けに倒れていく。
「全滅するまで戦うなど蛮族の所業ではないか。森の種族と比べるまでもないが、獣の種族は道理を理解している良き隣人であったというのに」
五十人の襲撃集団を撃破した。千人も精霊戦士が集まっていれば当然の結果だ。が、勝利者の顔色は優れない。
火山地帯を住処にしている獣の種族の襲撃が、たった一度で終わるとは思えない。実際、隊列の前後で別の襲撃が発生したようだ。
戦力を小出しにした散発的な戦闘で負ける事はないだろうが、不定期な攻撃は体力よりも先に精神を削る。
「ハォゥォォッ、オロロロロロロッ!!」
「また現れたのか。先頭の奴等は、うまく対処できていないではないか」
何より、森の種族は人類圏に到達する前に襲撃を受ける事を想定していなかった。強行突破は可能かもしれないが、今撤退しなければ本国への帰還は当分叶わなくなってしまうだろう。
女性のエルフは悔しさを吐き出すように指示を出す。
「アイサが待っていたというのに……クッ、やるせないが後退だっ! 後方に戦力を集中させながら下がれ!!」
「見事、人類からの決別を決断してくれた。森の種族相手に証明までしてくれた。魔王として、新たなる魔族の誕生を歓迎しよう」
側頭部に巻かれた角を有する魔王が、低音域ながら心に浸透する声で祝福する。乾いた拍手の音も数度反響する。
山羊のような角を持つ魔王は現在、獣の種族の族長宅となっている皮製テントの内部にて、民族茶で持て成しを受けている最中だ。旅人が族長と面会しに現れたようなラフな態度である。
「…………断れば、熊の一族のごとく滅ぼしたのであろうに」
深刻さは微塵もない。
「熊共は人類である事を選んだ。それは魔王である私が手を下すのは当然ではないか」
魔王の話し相手は年老いた獣の種族だ。十字の傷で塞がれた片目の老人には、力強さとは異なる凄みを感じられる。だが一方で、胡坐をかいている老人の背筋は曲がっている。諦めが重しとなっているのだろう。
土器のコップに注がれた赤銅色の液体を、酒でも飲むかのように魔王は飲み干す。
「私には眷族がいなかった。新しく魔族となった君達と、若輩な魔王たる私は有益な関係を築ける。造形が似通っているのも縁深いというもの」
「何も変わらん。これまでも人間族とは衝突しておった。魔族共とも戦っておった」
「そうでもない。魔王連合内部での抗争はご法度。魔界西部を治める魔王連合に楯突く者共は既に滅ぼしてある。君達は人間族との戦闘に集中できるという訳だ。いや、まずは森の種族共の殲滅か」
「それでも、何も変わらん。お前に滅ぼされるか、お前に使い捨てにされるか。まったくもって何も変わらん」
老人は折れた角を左右に振って嘆く。
『法螺吹き男』山羊魔王は空のコップを弄びながら、眷族の諦観を眺めていた。