11-6 夫婦の夜
なろう運営「作者、あなたは健全ですか?」
作者「はい、健全です」
なろう運営「健全は義務です」
……なんのことか分からないと思いますが、察してください。
カルテが床に倒れこんでしまったので、しぶしぶと片腕で抱えながらベッドへと輸送する。
『貴方にとっては業腹なのは分かります。私は貴方を道具としか見ていないのですからっ!』
と、案外元気だったのかカルテは両腕を首に回してホールドしてきた。仲睦ましい夫婦でもないのに、三十センチ未満という近距離で睨み合う。
『それでも、私はナキナ存続にすべてを注ぐ。国を救うための道具として貴方を使い潰す』
「謝罪しないか。その傲慢の代償は、この国のみならず全世界の生命となるが?」
『ナキナを一秒でも長く生かしてくれるのであれば、どのような代償でも』
「愚かな。国を救う代償に国を差し出すのであればプラスマイナスがゼロになる。世界にまで被害が及べばゼロどころかマイナスだ。無意味な足掻きになる」
『無意味であるはずがない。だって、父の残した国を守るために努力したのですもの。その仮面の向こう側でご隠居されている父に聞いてみなさい。これぞ我が娘、と褒めてくれているはずです』
これだから生者というのは狂っている。
アニッシュの親族だからと考えていたのは誤りだ。アニッシュは猛禽類の家庭が産んだペンギンでしかなかったらしい。眼前の女は俺がどういった存在かをほぼ完璧に理解しているというのに、代償込みで使おうとしている。
長いまつ毛に守られる青い瞳は《す》んでいる。
国を救うという純粋な野望が棲んでいる。
『必要であれば国に住む者すべてを使います。当然ながら、私も貢物の一つとして機能してみせましょう』
だというのに、手段や結果は一切見ていない。
「押し付けがましい。聞くに堪えない。俺にはナキナに対する同情心はないし、そんな人間らしい感情も残り僅かだ。そんな崩壊間際の俺を苛立たせるお前を殺してしまって、楽になってしまいたいというのが俺の望みだ」
『ですから、機能すると言いました。人間族の枠組みから外れてしまいそうな貴方を、母方より受け継ぎし呪法にて人間族に固定化いたします。その過程で、国は無理でも私に対してくらいは同情心が沸くはずです』
可愛い見掛けをしていながら、強気を崩さないカルテ。
何をしてくれるのかを期待して、軽い気持ちで挑戦を受けてしまう。
「ほう、何をしてくれるつもりだ?」
突然、甘い味が舌を痺れさせた。味覚器官が滅して久しい俺には、衝撃が強過ぎる味だ。
カルテは強引に唇を奪い、己の舌を俺の口内にへと突き入れていた。奪うというか喰らいつくというか。唾液を一方的に送り込んでいる。
『――ん、はぁ。どうです、貴方。これが森の種族から伝わりし房中の秘術』
『耐毒』スキルはどうしたというのか。カルテの味に痺れてしまって動けない。
動けない俺と体の位置を入れ替えて、カルテはマウントしてきた。ベッド傍にある丸机へと手を伸ばして、グラス入りの酒を口に含む。
直後、親鳥みたいに口移しで俺へと飲ませてくる。
『んっ、ん!』
「ちょっ、ま、待てい!? 何をするかと思えばこっち方面かよ。いや、待ってください!」
『んんん!』
酒の半分以上は外へと流れ出たが、半分未満は胃に収まった。
ふと、頭の中で強く響いていた痛みがかなり和らぐ。人間みたいに酒を摂取した事により、人外へと傾いていた魂が人間側へと持ち直したのか。
『私の年齢と同じ分だけ熟成させた酒を飲ませるのも術の一つ。美味しかったでしょう?』
「美味かった! 七十年以上熟成させたみたいな味がしたし、頭痛も治ったからもう終わ――」
ガラス製のグラスが折られた音がした後、鋭角に割れたグラスの先が喉へと触れてくる。
『ア・ナ・タ? 誰が生後七割世紀なのかしら??』
「ひぃっ?!」
この世の中で最も怖いものは生きた人間であるとは言ったものだ。
俺の上で膝立ちになった女が、歌舞伎役者みたいに金髪を広げている姿がとても怖い。羽を広げながら獲物を狩るカマキリのメスにそっくりだ。
一人では脱げないドレスを、煩わしいと強引に脱いでいく。破れたような音も聞こえた。
赤いスカートと黒い下着姿にモデルチェンジし、戦闘準備を整えたカルテは攻勢を強める。とはいえ力押しではない。デバフは基本と、腰をクネクネと動かす不思議な踊りで俺のMPを削りにきた。マズい、このままでは理性が本能に負けてしまう。
『やはり秘術は有効のようね。元々は長年を生き、精神が硬直して樹木化するエルフを人間に留めるために編み出されたのが房中術。陰に傾き過ぎた心を安定させるために異性を用いる。要するに、興奮させるだけで貴方は人間でいられる』
異世界のエルフ、緑深い森に住んでいるからサラダばかり食っているかと思えば主食は肉だった。魔界で農耕なんてできないから当然であるが、エルフは狩猟民族、肉食系なのだ。
湯船に浸かっているかのように、カルテの肌が赤く染まり水蒸気が立ち昇る。
汗が肢体を巡りながら落ちていき、細く白い手が追うように全身を巡る。太股を伝って俺の体へと到着するとベルトをガチャガチャと――。
「嫌だーっ。エロい事が人間の証明なんて嫌だーっ」
『言葉では抵抗していても、体は正直なもの。さあ、これで……って、なかなか外せないわね、このベルト』
手袋越しのためかカルテはベルトに難航していた。助かった、と言いたいが、ここまできてそんなお預けはただの拷問である。
『いいわ。先に口付けからにしましょう』
遅延行為にイラついていたのはカルテも同じのようだ。強引に顔と顔とを近付けて、エルフの秘術的な誓いのキスを行おうとしてくる。
最初のキス以上に深く長いキス。正直、酸欠になってしまった。
『ふふ、どうよ』
自慢げな顔だ。己の容姿に自信があり、第三者的な評価もよく分かっている女の表情である。
ちょっとイラっとしてしまう。
『さあ、夜は長い。本番はこれか――ぁれ。なんだか、ね、眠い??』
カルテの唇の味は甘かった。
七十年ものの蜂蜜酒のごとく、とても甘いアルコール臭がした。先程、口に含ませて飲ませてきた酒を、カルテも少なからず飲んでいたのだろう。
『ぐぅー』
「おぃっ!」
だからといって、据え膳を盛った状態で寝るな。
翌朝。
挫折したカルテがベッドの端で泣き崩れている。あれだけ誘っておいて寝落ちしたのだから、英字三文字で表せそうな体勢になってしまうのは仕方がない。
『夫の前で酒に溺れてしまったなんて』
「あのなぁ、カルテ」
『もう一度するにも、お酒を使い切っているじゃない?!』
ショックでよろめき、倒れていくカルテ。のの字を床に書き始めた彼女に多少なりとも同情する。
「曲りなりにも夫婦だから言うが、あまり無理をするなって。酒、得意ではないのだろ」
幼く見えてしまったカルテの肩をぽんぽんとテンポをつけてタップする。
『私を童女みたいに扱わないでッ』
「そうだな、子供は酒に酔って朝まで熟睡しないよな」
『私を訳分からない女だって思っている癖にッ。どうして私が無理しているのか分かるっていうの!』
「そうだな、誰も助けてくれないからだよな。周りには頼れないし。でも、守りたいのだから仕方がないよな」
カルテの気持ちは不明だ。国を救いたい事だけは理解できるものの、国のためにすべてを犠牲にしようとする覚悟はナンセンスが過ぎる。いくら父が残した国を守りたいからって、やはり本末転倒というか。
どう考えてもカルテを理解できそうにない。だから、その後は黙って彼女の頭を撫でてやった。
鼻水をずず、と吸い込む音が聞こえてきたが、聞こえないふりをするのが大人の対応である。
『何で、仮面をつけた変な奴なんかに。私が見透かされるなんて……うぐっ』
気付けば仮面を手で押さえなくても良くなっていた。これがカルテの手柄であるのは間違いない。
「……なあ、カルテ。離婚しないか?」
頃合を見計らって思っていた事を口にした。
カルテは耳と背筋をビクりと震わせている。
「離婚したからってナキナを滅ぼそうとはしないからさ。まあ、安心できるのは次に仮面を外すまでだけど」
大した関係性も築けていないというのに、俺達は急ぎ過ぎた。互いにどうでもいいと思っている間柄だというのに、夫婦になったのが誤りであった。
俺達はずっと他人でいるべきであった。
カルテが俺を利用しようとしなくても、どうせ俺は結局戦う破目になるのだ。無駄に恨みを残す必要はない。
「もう無意味な飯事は止めてしまおう」
話が終わったのでカルテを解放する。
今日はもうこのまま帰って、以降も会わないようにする。それで俺達は安全に終わりを迎えられるだろう。
『ねえ、貴方』
「どうした、カルテ」
最後ぐらいは夫婦っぽく応対するべきか。そう思ってカルテの問いかけを優しく促す。
『…………二日酔いで、吐きそう。ゲボぉ』
「俺の仮面に向かって吐くなッ!!」
カルテのスキンシップはその後も続いたが、結局、親睦が深まったとは言い難い。
カルテがどれだけ誘惑してきても、その誘惑はナキナのためという前提が付きまとう。俺を心よりは好いていない事だけが透けて見えてしまっていた。
『――――私は貴方を使うだけで助けてあげられない。本当にごめんなさい。ごめんなさい。貴方』