11-5 ラスト・ワード
「間に合ってぇぇっ!」
転がり込みながら入室したアイサは、一回転しながら部屋の中央まで進出する。誘拐犯のアジトに潜入した刑事のごとき視線で室内をサーチング。が、人の気配を一切検出できない。
寝室の扉を開け放つが、やはり無人だった。とりあえず月桂花に先を越されずに済んだらしい。
問題は凶鳥の姿も消えている事であるが。
「……あれ、キョウチョウがいない? 連れ去られたにしては争った形跡もないし、一人で出歩いたの? もうっ、酷い容態なのに」
アイサの中に、二人が仲良く姿を消したという想像はなかった。事実、凶鳥は一人で出歩いているだけなのでこの場では問題ない。
凶鳥を探し出すのはなかなかに困難だった。『祟り(?)』スキルを所持している分アイサは他人よりも有利であるものの、手がかりのない人探しが至難である事に違いない。
書き置きはないものかと寝室の机を探る。
と、アイサは重要なはずのアイテムを発見する。
「――この黒い箱。キョウチョウが大切にしていた物だったはず」
アイサは凶鳥が用済みとして捨て置いた黒い携帯電話を拾い上げる。凶鳥を大事に想うように、凶鳥の持ち物たる携帯を大事に抱き締める。ペンダントのように紐で首にぶら下げた。
凶鳥を探すためにアイサは日の落ちた街へと向かう。
変人……いや、個性的な男、御影と出会った後もしばらく散歩を続けているが、吐気も頭痛も治まらない。
気分転換で治るようなものではないので仕方がない。とはいえ、このまま明日も明後日も過ごさなければならないと思うと憂鬱である。早く、完全に人間から解脱してしまいたい。
いやいや、首を振って仮面を顔に押さえつけている手の力を込め直す。せめて、次に魔王連合が暴れるまでは人間に固執しておこうと意識を強めた。
「いつでも祟れる世界だ。今じゃなくても――んっ?」
そうやって苦悩を続けている俺の目前で、馬車が停止する。
仮面を押さえているために起きた前方不注意、ではなさそうだ。俺の足は通路にはみ出していない。文句を付けられる理由はない。
観音開きな馬車の扉が開かれて、中の人物が言葉をかけてくる。
『不審者がいるから誰かと思えば。迎賓館に泊まっておくようにと言っていたというのに、夜遊びに出るなんて悪い人』
既に日は落ちているが、『暗視』を使えば顔ぐらい識別できる。
式典帰りなのだろう。ドレスで着飾った金髪碧眼の女が、馬車の中で足を組んで柔らかそうなソファーに座っている。人間族離れした顔立ちで、ついでに耳の長さも人間族っぽくない。
「なんだカルテか。毒はもう抜けたのか?」
『毒? 毒の事はもう言わないで』
高級な内装が施された馬車に乗っていたのはカルテだった。昨日見かけた時には下半身が動かず、歩けない状態だったはずである。
少しだけ頬を膨らせたカルテは、高級そうなソファーに座ったまま片脚を動かしてみせる。ふむ、赤いスカートが捲れているのがはしたない。黒くて良くみえないや。
『そういう貴方は体調がすこぶる悪そうね』
「人間の身で魔王共の相手をするのは限界なんだよ。察してくれ」
『限界ねぇ。不気味な力には相応の代償があるという意味?』
「そうだ。それで頭が割れそうなぐらいに痛いから、早くどいてくれ」
国の重役たるカルテは多忙だ。毒が抜けていない内から働いていたぐらいに忙しい。馬車でどこに向かおうとしていたのかは知らないが、俺と世間話をしている暇はないだろう。
馬車が発車するのをしばらく待つ。
……何故か車輪は動かない。代わりにカルテに指で「来い」とジェスチャーされてしまう。
『今夜は貴方に用事があって迎賓館に向かっていたのよ。だから、早くお乗りなさい』
嫌な予感しかないので遠慮しようとした俺を、黒子みたいな奴等が現れて無理やり馬車へと押し込んでいく。灰色髪っぽい女もいたのでカルテのSP達、忍者職か。
『出発して、イバラ』
『はっ、カルテ様』
俺にとってのカルテとは、素性も素行も素の性格も良く分からない女である。そんな女と馬車で向かい合うなんて、遊園地の観覧車で他人と相席するぐらいに気まずい。
そもそも、カルテは俺の拙い異世界言語を完全に理解できていない。会話すら続かない間柄なのだ。
『そんな事はありませんわよ、貴方。これでも新郎、新婦の間ではありませんか』
「……リスニングには自信があったのに可笑しい。新郎新婦って単語、俺達に相応しくないだろ」
『ですから、今から初夜を終わらせて、新婚らしくなりませんと』
俺にはカルテが何を考えているのかさっぱり分からない。
馬車が到着したのは某所。王都の地理に詳しくないので、どこも同じに見えてしまう。
迎賓館からそう離れていない一等地で、建物は二階建てとそこそこ大きい。カルテが所持している館だろうか。
『ここからは私一人で十分です。今夜は誰も近づけてはなりませんよ、イバラ』
『はっ!』
『……イバラも外に出ていきなさい。恥ずかしいでしょうに』
『は? はぁ』
連れられるままに連れられて、俺は館の奥部屋にまで案内されてしまった。
迎賓館の物と比べれば質素であるが、十分に高級な作りの家具と絨毯。ついでに天蓋付きベッド。ベッド脇の丸机の上にはボトル入りの酒が備わっている。
カルテがすすんでボトルの封を切り、白色の酒をグラスに注いでいく。
「酒を飲むためにきた訳じゃない」
『せっかちね。一杯ぐらい飲みなさいな』
グラスを受け取るが、口は付けない。今の俺、もう生者の食べ物や飲み物は喉を通らないのです。
「大人しく付いてきたのは、正式に文句を言うためだ。勝手に結婚受理しておいて新婦面されるのは迷惑千万。俺の故郷では戸籍を狙った詐欺が流行っているぞ」
『何よ、私では不満だと言いたいの? エルフ連れているぐらいだから、この耳好きでしょう、この耳。……あんっ』
「ええいっ、自分から触らせておいて変な声を出すな!」
グラスを受け取ったり、耳を触ったり、仮面を押さえていない方の手が忙しい。軟骨をぐりぐりと動かすなんて、アイサにもしていないというのに。
ただ、せっかく耳を触れられる距離にいるので、少し凄んでカルテを脅してやろう。凶鳥面越しに冷たい視線を放てば、良く分からない女に振り回された不満の解消ぐらいにはなる。
「カルテ、お前は何を狙っている」
カルテの見てくれは悪くない。人間臭い分、純粋なエルフ共よりも愛嬌がある。ただの大学生ならば、ウインクされるだけで勘違いしてしまいたくなる女なのは間違いない。
だが、美貌のみで俺を自由にできると思っているのであれば思い上がりも甚だしい。
「そういえば、俺を操る妙なスキルを使っていたな。法的に結婚したのはスキルの発動条件だからか?」
いや、カルテは国を動かせるぐらいに合理的な女だ。上流階級らしく、結婚を道具か何かと勘違いしているに違いない。
確か……『花嫁絶対則』という名前のスキルだったか。寄生魔王に操られそうになった俺を、カルテも言葉で操ってきたはずだ。
緊急時だからと見逃していたが、今になって怒りが湧く。この場で惨殺してしまった方が良いのではないか。こう殺意が脳裏を過ってしまう。
「何か弁明してみせろよ、カルテ」
そもそも、カルテに会う前日には灰色髪女に頭を刺されていた。重大案件のケジメが付いていない内からスキルによる呪縛を仕掛けてくるとは、俺相手に冒険が過ぎた。
「無言で逃げるのは許さない。次の一言でお前の運命が決まるぞ、カルテ」
少しずつ仮面を押さえる手を緩ませていく。
異世界人共に今更失望などしないとはいえ、報復しない理由にはなりえない。俺がいなければ寄生魔王に滅ばされていたような国だ。俺が滅ぼしてしまっても問題はないだろう。
真摯な態度で謝罪しても、難癖付けて仮面を外してやる。そう黒く笑いながら、カルテに返事を迫った。
「………………あんっ」
熱っぽい吐息が返事だった。
「いい加減に、み、耳はダメぇぇ」
そのまま、カルテは腰が砕けて座り込む。
おおっ。そういえば珍しいからと耳をもみもみ、ぐりぐりと触り続けていたっけ。