11-4 魔法少女三人
階段を二個飛ばしで下りていたアイサは、更に加速を求める。屋上から目的地の部屋までは遠い。空を歩ける月桂花を追い越せない。
手すりを飛び越えて一階下までショートカット。エルフらしい軽業で、寝室で苦しんでいる凶鳥の所まで急ぐ。
「このままでは不味い。あの女は危険だ」
額から流れた汗を、アイサは置き去りにしていく。
「キョウチョウの貞操が、危ない!」
アイサはもうすぐ到着するだろうが、何もなければ月桂花に先を越されてしまうだろう。
首尾良く尻の青いエルフを出し抜いた月桂花は、窓より侵入を果たそうとしていた。
「可哀想な凶鳥様。早く、慰めていただか……いえ、慰めなければ」
エルフに触発された形になったが、愛しい人とのコミュニケーションは月桂花の望むところである。青臭く刹那的に相手を求めるなど年甲斐もない。気恥ずかしくて月桂花にはできない所業であるが、凶鳥が苦しんでいるのであれば話は別だった。
ちなみに、人間族からの乖離に苦しむ凶鳥を救う方法は二種類ある。
一つ目は、完全に人間族を離別させる方法。こちらの方法は仮面をゴミ箱に投げ捨てるだけで済むので単純だ。凶鳥本人もそう望んでいる。デメリットも異世界が滅びるだけなので検討の価値はあるだろう。
「世界など気にするだけ無駄ですわ」
苦しくて、苦しくて、苦しいだけの百年間の経験があった。月桂花はもう二度と世界の事など気にしない。
仮面を失った凶鳥は生者に対して辛辣だ。魔族は当然の事、人間族も含めて全生命を黒い海に沈めていくに違いない。月桂花も例外ではないはずだ。
愛しい人に殺められると想像し、月桂花の頬の色が鮮やかになる。
「……分かっておりますとも、凶鳥様。今は時期尚早。それに愛する者同士としては華がありませんもの」
世界滅亡など気にしない。罪深き己の命も気にしない。
だから、月桂花は単純な方法を選ぶつもりはなかった。よって、二つ目の方法を本採用する。
二つ目は、凶鳥の人間性を補強する方法。仮面が顔にくっ付く程度の応急処置を施すのである。
一時しのぎにしかならず、互いに汗だくになるぐらいに体力を消耗しなければならないため一つ目と比べると酷い下策でしかない。が、一時しのぎと割り切ればそう悪い手段ではないだろう。
「お任せくださいませ、凶鳥様。わたくしも初心者ですが知識はありますわ」
方法の具体的な中身は、いわゆる房中術である。長きに渡り研究が続けられている立派な技術であり、寿命の長い種族ほど洗練されている。月桂花も文献より知識を仕入れているので何も問題はない。
治療過程において年齢判断を求められる行為が必要となるかもしれないが、そこで白い目を向けてくるのは無知蒙昧としか言いようがない。
「どうしましょう。緊張してきましたわ」
迎賓館らしく贅沢にもガラスを使用している窓へと手を伸ばしていく。空にプカプカ浮かんでいる事を考えなければ、やっている事は泥棒と変わらない。外側から室内への不法侵入だ。
正しくは、月桂花も宿泊許可を得ているので不法侵入ではないのだが、他人からは空から人攫いにやってきた魔女にしか見えなかった。
「――電流、麻痺、硬直流!」
ようやくガラス窓を開こうとした月桂花の白い手を、小さな電流が襲う。
静電気が流れた時のごとく、反射的な動作で手を離した。半開きした五本の指は麻痺して動かない。
月桂花は己の注意不足を呪いつつ、地上から魔法を放った不埒者へと視線を落とす。
「……時と場所を考えて欲しいものですわ」
「ッ!? 泥棒かと思えば、げっ、月桂花ァッ!」
地上にいたのは黄色い矢絣が目立つ女だ。急いで着替えた時のように着こなしがだらしない。
「来てください、ラベンダーッ!! 不審者がいたと思えば、やっぱり不審者がいたです!!」
忌まわしき黒い虫のごとく、一人現れれば二人現れる。長年、地方街の川の管理人を務めていた月桂花にとってはありきたりな展開だ。ただし、愛する人との逢瀬を邪魔してくるとなれば予想可能、我慢不能である。
「落花生どうしたのってっ?! 嘘、月桂花……さん」
「無理にさん付けする必要はありませんわ。わたくし達は水と油。背反し合う間柄であり、殺し合うのが自然な関係なのですから」
「物騒な事を言うなですっ! 月桂花と私達は違うんです!」
「天竜川から姿を消した貴方が異世界にいた。きっと私達と同じように御影を探しているのだとは思っていましたが、とうとう辿り着きましたか」
「残念でした。私達が先です!」
月桂花は二人の事を熟知している。モンスター共の経験値として生贄にしようとした相手なので知っているのが最低限の礼儀だろう。
時代はかなり異なるが月桂花と地上の二人は地球出身者、日本の地方都市に住んでいた人間である。
ある地方都市の中央を流れる川には、地球にいないはずのモンスターが出没する危険地帯だった。しかし、一般人に被害が及ぶ事は極々稀であった。川を守護する魔法使いの少女達がいたからである。
月桂花に電撃魔法を放った方の黄色い女。魔法使いとして活動している際に使用している異名は落花生。
本名は鈴山来夏。中流家庭の長女として誕生。身軽な体付きのため運動は得意であるが学業は不得意。そのため偏差値の高い女学園に入学してからはかなり苦労していた。
また、女学園の雰囲気に合わせるために語尾に「です」と付与する奇妙な癖があり。師弟関係にあった先代の魔法使いからは頻繁にからかわれていた模様。
「先? 後から現れておいて妄言を」
「私達は先日、ダンジョン内で御影と合流しました。それから縁あってこの国の王族の方から迎賓館に泊まるよう勧められて、御影も泊まっています。……あ、ついさっき逃げ出したけれども」
後から現れた紫色のトランジスタグラマーな女。魔法使いとしての異名はラベンダー。
本名は上杉秋。容姿と頭脳、天がニ物を与えて誕生した女であるが、マイペースな家族に育てられたため本人に自覚なし。向上心のない現代的な若者の典型。ただし、年の離れた兄の影響で始めたモデラー趣味にはそこそこの情熱を注いでいる――なお、仲の良い友人にも秘密にしている模様。
魔法使い職としても潜在能力の高さが見受けられたが、やる気のなさによりレベルは他三名と比べて低い。師弟関係にあった先代の魔法使いからも諦められていた。
「何を言っているのか分かりかねますわ。御影様、いえ、凶鳥様ならばこの部屋の中に――」
月桂花が反論しかけた時であった。
空に浮かんでいるから偶然見えてしまったのだが、街から山へと入っていく黒いベネチアンマスクの男がいた。キョロキョロと周囲を探っている様子が実に怪しい。
「――御影様??」
「どこにいたですか、あの野郎!!」
「山の方なら、私の属性が有利だ」
月桂花の視線を追った二人は既に駆け出していた。出遅れた月桂花であるが、二人を追うべきかどうかで悩む。
透過度の悪いガラス窓の中と、山の中へと消えていくマスクの男を見比べる。答えは得られない。
「凶鳥様がいて、御影様もい……る??」
降って沸いた奇天烈な状況に月桂花は翻弄されていた。愛する人が二倍に増えて幸せも二倍。こう楽観してはいられない。
凶鳥の看護を優先するべきかとも思われたが、月桂花は二人を追いかける。
月桂花の知らない事態が発生している。酷い胸騒ぎが足を稼働させていた。