11-3 仮面二人
外を出歩いていると奇妙な人物と衝突しかけた。
他人を見かけのみで奇妙と断定するのは間違っているが、どう考えても奇妙な者を奇妙と評せない言論統制された世界こそが間違っている気がしたので、やはり彼は奇妙な人物で間違いないのだろう。
「迎賓館の敷地内だからってそんな仮面付けていると衛兵にしょっ引かれますよ。あ、むしろ迎賓館にいるからか」
「だから、お前が言うな!」
式典を見物しようと市民の多くは出払っている。そのため、街中は閑散としている。だからといって、額から鼻までを隠す黒いベネチアンマスクを付けて外を歩くのは間違っていると思う。
顔を隠しているので、声質や体格に注目する。
奇妙な人物の性別は男だ。年齢は若く二十歳前後。特徴のない中肉中背。誰か比較できる人物がいるかというと、どことなく俺と似通っている。
「もしかして……不審人物? どこぞの諜報機関に所属しているエージェントか何かで? いやいや、この国には忍者がいたからそっちの可能性も」
「ええいっ、タイムだ! クソ。まさかっ、こんな場所で出遭うなんて誰が想像できる。とっくの昔に魔界で野たれ死んでいると思っていたのに」
「手でT字を作ってタイムって、この人、妙に地球風だな」
俺と同じように奇妙な人物も仮面を手で押さえ始める。
こうして同じ仕草をしながら対面していると、鏡を見ている気分だ。気持ち悪いぐらいに俺達は似ている。
彼はもしかして、魔界で生き別れた双子の弟ではなかろうか。地球出身の俺に魔界産の弟がいるのは矛盾しているが、現状の不気味さを説明できるのであれば受け入れられる。
いや……もしかすると!
「まさか、お前はッ!」
「ッ?! クソ、記憶が戻っていたのか!」
俺と特徴が似ている人物。双子説を持ち出さなくても、まだ有力な奴が残っている。
俺は、男の真の名前を告げた。
「お前はッ――紙屋優太郎、であろう。ただの大学生の、何の力も持たない!」
声質が似ており、大学生というプロフィールも酷似した男。それは紙屋優太郎。
先程携帯で袖にしたため、優太郎には俺の目前に現れる動機もある。優太郎ならば「きちゃった」と言いつつ異世界に現れても不思議ではない。
俺はとうとう答えに辿り着いてしまった。
瞬間、仮面の男の神秘性の根源は失われていく。持っていそうな『正体不明』スキルも何となく効果を失う。
「…………あははっ。あーはは……お前は、間違った!!」
そうであって欲しいという己の願望に惑わされていたようだ。俺の妄想に他人をつき合わせてしまって申し訳なかったが、仮面の人、随分とノリが良い。
「というか誰です。優太郎って?」
「まあ、そうですよね」
まったく、凡夫な優太郎が危険しかない異世界に現れるはずがないというのに。
まったく、レベル0では手段もないだろうに。
俺はまだ誰かに助けて欲しいと願っているのだろうか。既に人間から乖離しつつある俺はもう誰かに助けてもらう必要はないのだ。
「…………カカカ、何だ。壊れかけか」
奇妙な人物は口元を隠してブツブツと呟いた後、自己紹介をしてくる。
「俺の名前は御影です。冒険者をしています」
「ご丁寧にどうも。俺の名前は仮面通りの凶鳥です。訳があるとはいえ、仮面は押さえたままの挨拶となってしまい申し訳ない」
ステータス上ではなく、実社会的な職業を明かさなかった事を御影はスルーしてくれた。
今更になるが、俺の現職業は何なのだろうか。大学生でもなければ奴隷でもない。プー太郎?
「先日、魔王共が攻めてきた時に手柄を上げまして、本人の意思とは関係なく迎賓館に宿泊しています」
「自分の場合は王族のコネで休める場所を提供してもらっていますね。もっと質素な場所でも良かったのですが、ここにしろとうるさく言われまして」
「同じ宿泊客でしたか。奇遇だ」
「仮面を付けた者同士が同じ建物に泊まる。確かに奇遇です」
話を聞けば、御影はかなりの実力者であった。
王都の城門を真正面から破壊した怨嗟魔王をパーティメンバーと共に討伐したという。魔王討伐だけでも誉れ高いが、御影が魔王を仕留めたお陰で市民達は救われた。仮面の怪しさを差し引きしても余りある実績に、ナキナ国内では救世主扱いを受けているらしい。
「分不相応だとは思いますが」
「ご謙遜だ。勇者職でもない人間族が魔王を倒したのは大偉業です。ただ……怨嗟魔王、アイツまた現れたのか」
強い異世界人というのは珍しく、御影については興味がある。が、それ以上に気になったのは怨嗟魔王の再出現だ。
俺は既に一度、ダンジョン深部にて怨嗟魔王を討伐している。
「怨嗟魔王を倒した際のポップアップに表示された種族は何でしたか?」
「確か……ケンタウロスと。そうそう、魔王だからと期待していたのですが、怨嗟魔王は随分と経験値が少なくて肩透かしでしたよ」
モンスターという事を加味しても異様な風貌の怨嗟魔王。奴の種族はナックラヴィーであるとアニッシュは言っていた。だが、倒した際に表示される種族名はケンタウロス。
ケンタウロスは人間の上半身に馬の下半身を持つキメラだ。確かに、部位のみを語れば怨嗟魔王はケンタウロスと言えなくもないが、種族名に齟齬が生じてしまっていて疑問が湧く。
いや、生物の分類は学者であっても難しいと聞く。再調査によって種族が変化する事はそう珍しくない。
怨嗟魔王の分類に困った異世界人達が暫定的にナックラヴィーと呼んでいるに過ぎず、その正体はケンタウロスの亜種でした。この可能性が高いだろう。
……酷く腑に落ちない。
怨嗟魔王が二体現れた理由の説明になっていない。
「魔王討伐にケチを付けたい訳ではないとあらかじめ言っておきますが、また出てくるかもしれません」
「またというのは、怨嗟魔王が?」
「御影さんぐらいの実力者ならその内聞かされると思いますが、魔王が複数集まって悪巧みをしているんですよ」
親切に忠告しているとはいえ、まあ、大した問題ではないだろう。
何度現れても、殺せる相手であればボーナスみたいなものだ。
「魔王が複数。……そういえば、寄生魔王も同時に現れていたとか。そっちは王の弟さんが倒して事なきを得たという話でしたが、恐ろしい世の中になったものです」
魔王討伐者同士、高度で有意義な世間話に花を咲かせていたものの、そろそろ時間切れだ。
峰の向こう側へと夕日が沈む。気温は急激に低下していく。
「凶鳥さん、色々と面白い話が聞けました。迎賓館に泊まっているのであれば、また話を聞かせてください」
「こちらこそ、御影さん」
「さん付けも煩わしい。次からは凶鳥と呼ばせてください」
「同じ事を思っていました。やはり俺達は奇遇らしいようで、御影」
曲がり角での立ち話を終わらせて、俺達は別方向へと去っていく。
「それではまたいつか、御影」
「ええいつか、凶鳥」
最後に会釈しながら、別れの挨拶を交わした。
……やっぱり俺達は双子だったのではないかという思いが浮かび、猛烈に後ろ髪を引かれてしまう。
だが御影は男だ。運命的なものを感じるのであれば、断然、女であるべきだろう。