10-12 ギガンティック
足元の影が拡張されていく。
風船のように内部から膨張されていく。
人形の影が球形に変形されていき、隠世からの出口として機能し始めた。が、それでも、新しい屍は腕を通すだけで四苦八苦している。
どうにか出現できたのは、黒い海底では珍しくもなんともない黒い腕。
ただし、今現れようとしている腕は、人間族のそれと比較して遥かに巨大だ。指の太さだけでも大人一人分。張り巡らされた筋肉の束が巨大鉄橋を支える鋼鉄ケーブルみたいで、力むだけでも空気が弾ける音が聞こえる。
巨大な黒腕は、もがくように大地を薙いだ。俺へと到達しかけていた血色の濁流と衝突する。
「木偶を呼び出したところで何がしたいのっ! 溶けて養分にしたいの!」
寄生魔王の主張はもっともであった。図体が大きいだけであれば、ただ魔法の餌食となるだけで終わる。火に油の塊を投じたようなもので、愚かしいにも程がある。
……だから、黒腕が血色の濁流に触れた途端、濁流は一斉に気化し、濃霧のような霧も即座に消失してしまうとは想像できなかったであろう。
肩口まで出現していた巨大な黒腕。
出口たる影の端から指が現れて力任せにこじ開けて、腕に見合った大きさの頭頂部が現れ始める。肉体に相応しく厳しい顔付きが、彫りの深い異形の表情が、俺の背後より寄生魔王を睨んでいた。
「ワタシの六節魔法が、お前ッ、何を呼び出している!」
上半身まで現れたのならば後は時間の問題。
背後で立ち上がろうとしている気配を、わざわざ振り返って確認する必要はない。俺は魔王を殴り殺せる屍を呼び出した。それは間違いない。
「――ァ、アッ、アアアアアアウがががァッ、あががああああああァッ!!」
背後で産声を上げるソイツについて、俺は一切の記憶を失っている。だというのに、良い印象は皆無だ。
一方で、ソイツも俺に対して好印象ではない様子だ。振り上げた拳を俺へと振り下ろして潰しにかかる。
「ア、アアア主、主様アアがああッ!」
「うるさい屍だ。俺に手を上げるのも愚かしい。……なるほど、『動け死体』スキルで調伏できていないのか。『動け死体・強化Ⅰ』では足りないのであれば、『動け死体・強化Ⅱ』ならばどうだ」
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“ステータスが更新されました
ステータス更新詳細
●死霊使い固有スキル『動け死体・強化Ⅱ』を取得しました”
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“『動け死体・強化Ⅱ』、死霊を使う魂の冒涜者の研鑽。
『動け死体』スキルを有していることが前提となるスキル。
『動け死体』スキルが強化される。屍を調伏可能な上限がスキル所持者のレベルの三倍となる。また、屍の性能も生前にそこそこ近づく”
“実績達成条件。
死霊使いとして、人の道を三歩踏み外す”
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スキル強化を一段階引き上げる。すると、背後の巨人が振り下ろした拳は俺を潰す直前に逸れて、地面を大きく穿った。
拳はすぐに引き上げられていき、上方で苦しむソイツの顔を覆う。
「か、仮面のッ?! 中はッ。闇! 主様、主様ァァあッ!」
「ん、まだ抵抗できるのか。ならば更に一段階、『動け死体・強化Ⅲ』。お前は寄生魔王を殴るために呼び寄せた。苦しんでいる暇があるのなら早く殴りに行け」
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“ステータスが更新されました
ステータス更新詳細
●死霊使い固有スキル『動け死体・強化Ⅲ』を取得しました”
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“『動け死体・強化Ⅲ』、死霊を使う魂の冒涜者の研鑽。
『動け死体』スキルを有していることが前提となるスキル。
『動け死体』スキルが強化される。屍を調伏可能な上限がスキル所持者のレベルの五倍となる。また、屍の性能も生前にかなり近づく”
“実績達成条件。
死霊使いとして、人の道を四歩踏み外す”
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ついにソイツは苦しむのを止めて全身を晒す。影から巨躯を引き上げ、つま先まですべて現れる。
だらりと腕を伸ばして、一歩踏み出して巨人は俺と並んだ。正しく俺に従っている。
「巨人とだけ形容するのは難しいな。お前、名前だけは聞いておこう」
巨人、そんな言葉のみでソイツの威容は表現し切れなかった。生物という枠組みに囲むのは無理がある。
竜巻や台風といった圧倒的な暴力の塊が二本足で動いているのだ。異星から降り立った宇宙怪獣を目撃したのならば、同じ心情に至るだろう。
限界まで鍛えられ磨かれた黒い肉体を見せびらかしながら、ソイツは口から伸びる牙を揺らして歩む。
「俺は、俺はギ、ギル……うがあッ」
「名前を言うのを拒むとは。よほど、記憶を失う前の俺を嫌っていたか。お前のその顔を見ていると俺もムカつくが、名前ぐらい明かせ、化物」
「あがががががッ、ギガンティック・ルーラー・オブ・オークッ」
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●ギガンティック・ルーラー・オブ・オーク
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“●レベル:75”
“ステータス詳細
●力:3664 守:300 速:54
●魔:0/188
●運:0”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●オーク固有スキル『弱い者いじめ』
●オーク固有スキル『耐打撃』
●オーク固有スキル『魔→力置換』
●オークの統治者固有スキル『絶対指示(オーク限定)』
●オークの統治者固有スキル『巨大化』
●実績達成ボーナススキル『変身』”
“職業詳細
●オークの統治者(Cランク)”
“装備アイテム詳細
●木彫りの耐魔法護符”
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「そのなりでオークか。度し難い化物だ」
大きな歩幅で地響きを立てながら出撃し、オークを自称した巨人は寄生魔王を一歩の距離に捉えた。上体をそらしてバネを効かせ、暴風を発生させながら構えた右拳を突き出す。
「木偶ごときが! ――地獄変“黒縄”」
灼熱色の鎖が地の底より飛び出すと、巨人の体に巻き付こうとした。
だが、鎖は漆黒の肉体を拘束するどころか、触れた途端に粉々に砕けて消えてしまう。
「真性魔族の六節魔法がッ。どうし――ッ!?」
『力』任せに殴り付けた。魔法的な要素など何一つ含まれていない攻撃だった。
だというのに、百トン爆弾を上空から着弾したように、鼓膜を破る衝撃波が山の中を駆け抜ける。土砂が舞い上がり、地殻までが抉られる。
音と粉塵が消え去るまで数十秒。全容が把握できるまで更に数十秒。
目前に、すり鉢状のクレーターが登場していた。手首まで地中に埋め込まれた巨人の右拳が中心点となっている。
直撃を受けたならば死体も確認できないだろうが、寄生魔王は……しぶとい。己の六節魔法が通じないと見るや、回避のためだけに魔法を用いて難を逃れている。
「お前はッ!!」
巨人が拳を抜いて立ち上がろうとしている間に、寄生魔王は三節、四節、五節と魔法を次々と放った。ありえない魔法耐性の理由を探るため、弱点となる属性を調査するための模索だろうが、成果は上がっていない。
巨人の踏み付け攻撃に対して、寄生魔王は突風を生み出す魔法で避ける。だが、回避を予想していた巨人の回し蹴りが直撃してボールのように飛んでいく。
血色の濁流が削った山肌を越えて、まだ緑が残っている場所に不時着する寄生魔王。
ダメージを負いながらもまだ死んではいないらしく、血を吐きながらも疑問を口にしている。
「分からない。ワタシの魔法が、消去されている、ケふぉ。げふぉ」
「寄生魔王。お前の体、スズナのレベルは50にも到達していなかっただろう?」
生死確認のために近づいた俺も、巨人の異常性が気になった。そこで一つ、魔王に訊ねてみる。
「スズナのレベルは70以下だったのだろう?」
「げふぉ。それが、何だと?」
「さあ? 記憶を失っているから分からないな」
俺が呼び出した屍とはいえ、能力すべてを把握できている訳ではないし、その必要もない。
ただし以前どこかで、レベル70に達していない事で苦労した。そんな苦味を舌が思い出していた。
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“『木彫りの耐魔法護符』、魔性と化した大樹の芯から作られた木彫りの護符。
神格を有する特一級の素材から作られたアクセサリー。
素材は良いのだが、製作者のスキルが未熟であるため機能は平凡。レベル70以下の者が行使する魔法しか無力化できない”
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「寄生魔王。終わりだ」
ダメージによるものか毒によるものか判別できないが、寄生魔王は過呼吸が止らない。トドメを刺さなくても数分後に死亡するだろうが、手心を加える相手ではない。
巨人にも容赦という思考はない。助走なしの跳躍にて、寄生魔王を見下ろす位置に着地してきた。拳を握り締めて最後の一撃を放とうとしている姿を、俺は黙って見守る。
「けふぉ。ゴフォ。こんな醜態を晒してしまうなんて、けふぉ、予想できなかった。物見遊山で、けふぉ、ナキナを襲っただけなのに。人間族って、追い込むと何をしでかすか分からないから、ホント、怖い」
寄生魔王は仰向けのまま動こうとしない。今にも落ちてきそうな右拳を眺めているだけである。
「参ったわ。けふぉ。こんなに消耗してしまうなんて、参った」
流石に逆転不可能と諦めたのか。
「あー、けふぉ、まったく」
……いや、そんなはずはない。
寄生魔王の口元は、この期に及んで歪んでいく。
「けれど……あはっ。誰が二柱だけでやってきたなんて、言ったかしら?」
寄生魔王は巨人の拳を眺めていた訳ではなかった。もっと向こう側、いつの間にか暗雲が覆っていた空へと視線を送っていたのだ。
その事に俺が気付くよりも早く、瘴気に満ちた雲を割って高速に何かが飛来する。
下方へと突き出した爪にて、巨人の両肩を深く斬り裂く。