10-2 結婚詐欺の抗議へ赴くと
「お前はスズナ!? や、やめろッ。正気に戻――うぐがァ」
「あはっ!」
薄暗い路地裏で、悲鳴を上げる直前の息を飲み込む音が途絶えた。また一人、忍者衆の一人が犠牲となったのだ。無理やり口内へと人類寄生ダニを押し込まれて、泡を吹きながら目の色を失う。
「この体にも馴染んだから順調ね。これで五人目。遊ぶには良い人数が集まったかしら」
青い紐で後ろ髪を一本に束ねた女が、気色悪い笑顔を作る。
今しがた人類寄生ダニを寄生させた忍者職の男。更に、後ろから現れた事前に捕らえていた忍者職合計五人を従えて、女は路地裏から表通りを望む。首を傾けるように目線を変えて、遠くに見える石造りの館を見ている。
女の体はナキナ国に仕えていた忍者職、スズナのもので間違いない。が、現在の体の所有者は魔王であるため、仕える国の上層部を襲撃したとしても不義理には当らない。
「さあ、仕事を早く終らせて、愛しい愛しい若様に逢いにいかなくちゃ。あはっ」
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●寄生魔王
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“●レベル:45”
“ステータス詳細
●力:65 守:41 速:203
●魔:1021/1021
●運:0”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●忍者固有スキル『速・良成長』
●忍者固有スキル『暗視』
●忍者固有スキル『殺気遮断』
●忍者固有スキル『殺気察知』
●??固有スキル『魔・特成長』
●??固有スキル『耐物理』
●??固有スキル『呪文一節』
●魔王固有スキル『領土宣言』
●魔王固有スキル『低級モンスター掌握』
●実績達成ボーナススキル『投擲術』
●実績達成ボーナススキル『爆薬知識』
●実績達成ボーナススキル『憐れむ歌(強制)』”
“職業詳細
●魔王(Cランク)”
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ようやく諦めが付き、山の麓にある城へと赴いたのは昼になった頃だ。
城というよりも正確には館というべきなのだろうか。本物の城は山の上に見えるが、防御陣地によって強固に守られているお陰で行き来が困難である。そのため、実務は街中にある館にて行われているそうだ。
アイサと月桂花を左右に引き連れて――二人とも、何故か俺を間に挟もうとする――館の正門の前で立ち止る。
『……お待ちしておりました。ご案内致します。どうぞ、中へとお入りください』
鎧と兜を装備した重装備の騎士が一人、俺の仮面を見るなり畏まった。俺の来訪を待っていたか。怪文書入りの封筒を見せるまでもない。
話が早いのは助かるものの、何だか行動を見透かされているような。手紙を差し出してきたカルテなる人物に動かされているのだろう。釈然としない顔付きになってしまうが、仮面の下でどんな表情になろうとも無意味である。
『さあ、カルテ様のもとへとご案内いたします』
騎士の案内で館の正門を潜り抜ける。従わない理由はないので、背中に付いて行く。
俺が館を訪れた理由は純粋なる抗議のためなのだが、カルテなる人物は何を考えているのやら。顔も知らない相手と結婚して何がしたいのやら。いや、そもそも、そういった方面で俺とナキナは関係悪化していたはずではなかったというのに。
人柄が一切掴めていないカルテについて、騎士に訊ねてみる。
「カルテとはどんな人物だ」
『……イズ、カルテ、グッド??』
「ああ、俺の異世界言語力的に伝わらないのか。リスニングには自信があるのに。あー、カルテは、良イヒト、デスカー?」
『評価、を聞いているのでしょうか? 私の口からは何とも……』
お互いに慣れているアイサやアニッシュとならば、なんとなく意思疎通できるというのに。そこいらの異世界人ではカタコト会話になってしまう。
それでも騎士は重武装にそぐわない人差し指を顎に沿わせる仕草をしつつ、兜の中で必死に答えてくれた。
『まあ、世間的な評価で言えば独善的な女です。ただし、その独善にナキナは生かされているので始末に負えない』
あまりよろしくない女としか分からなかったが。これ以上は直接対面するしかないだろう。
敷地を通過して館の内側に通される。
螺旋階段を上って、二階の中央にある部屋まで案内される。途中、要所要所で兵士と出くわしたが、話は伝わっているのだろう。不審人物を見る顔を向けられるのみで素通り可能だった。
『失礼致しますっ!』
騎士がドアをノックした後、扉を開く。
その部屋は縦に長かった。左右には本棚。背面は明り取り用の丸い小窓。
また、中央には広い執務机。処理中の書類が右手側に詰まれている。執務室というイメージそのものの部屋だ。
そして、部屋の主は執務机の向こう側で座っている。
『カルテ様、件の客人をお連れし――』
外見年齢は二十歳前半といったところか。アニッシュの叔母にしては随分と若く感じられる。
肌は血が抜けたような色白で、きっと生前も白かったに違いない。
『――し、死んでいるっ!? 何で!!』
カルテと思しき女性は額を執務机に密着させた状態で事切れていた。
斬られた首の動脈から溢れ出した血が机の端まで広がって、ポタポタと絨毯を赤く染色している。直前まで口を付けていたと思しきティーカップも血で一杯だ。
恐らく、死後一分も経過していない。もしかすると、ドアをノックする直前までは生きていたのかもしれない。
ようするに……カルテを殺した犯人はまだ在室している。
『曲者が部屋に入ったの!? ああもうっ、であえッ! であえッ!』
俺達を案内していた騎士が叫ぼうとしたからだろう。まず、騎士が狙われた。
開いたドアの死角に曲者は潜んでいた。血を拭ってもいないナイフを構え、兜の隙間に捻じ込もうと無音で距離を詰める。
騎士の背後にいた俺だからこそ気付けた襲撃だ。殺されかけている騎士本人が気付きもしていないのは、少々間が抜けているかもしれないが。
「俺以外の何者かが人を殺すのは、隠世を司る俺に対する冒涜だ」
騎士を助ける義理は、まあ、案内で払ってもらったとしておこう。
全身武装しているのに、俺と体格が変わらない騎士の肩を掴んで引き倒す。
全身武装しているのに、中身が軽そうな騎士を腕一本でどうにか支えつつ、ナイフの切っ先から引き離す。
襲撃してきた曲者は手錬れだ。外したばかりのナイフをくるりと逆手に持ち替えて、斜めに振り下ろす。
「召喚物、墓誌。『グレイブ・ストライク』」
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“『グレイブ・ストライク』、墓地のあらゆる物を投擲する罰当たりなスキル。
墓地に存在する物に限定した召還魔法し、投げ付ける。消費する『魔』は重量に依存し、だいたい百キロで1消費する”
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盾代わりに板のように広い石、墓誌を目前に召喚する。ナイフが衝突して火花が散った。
墓誌をナイフ一本で受け止めるだけの『力』はないのだろう。墓誌はそのまま飛んでいき、質量で曲者を吹き飛ばす。
曲者は本棚まで飛んでいき衝突。本が数冊落下していく。
『へ、へえ、顔の割に紳士的ね』
「アニッシュめ。ナキナの兵士はそこそこ錬度が高いと言っていた癖に、全然動かないじゃないか、この騎士」
鎧で守られている騎士よりも前に出て、倒れ込んだ曲者の様子を窺う。外見はモンスターではない。黒いボディ・スーツを着込んだ人間族だ。
重い石を顔面に投げ付けたとはいえ、レベルアップした異世界人は地球人よりもタフである。殺せてもいないし、意識を奪えてもいないだろう。
「――あはっ、失敗しちゃった」
曲者は体格から男と思われるが、呟き声は女口調であった。
「でも問題ないわ。だってこの体…………使い捨てだからっ!」
上手く体で隠しながら、懐から呪札を取り出す。グウマも使っていた爆発性のある火遁札だ。
指先で札の文字をなぞりながら『魔』を注入する。朱色の呪文が起動し、爆発魔法を発動させた。
曲者の自爆により、執務室の内部は炎で満たされる。