9-13 バッドスキルは続くよ、どこまでも
倒壊した関所より、ナキナの王都へと正門から堂々と進入した。
観光を楽しむ気分ではないし、夕暮れ時でもある。なにより、王都にはひたすらに寂れた空気が充満していたため、大人しく宿屋へと直行する。そのまま個室に篭った。
男一人、女二人で一人部屋なのは今更だろう。
戦闘直後であるため食欲はあまりない。とはいえ、食わねばやってられないのも事実なので、宿屋にくる途中で買っておいた黒パンを齧る。
「んっ、げフォっ。王都のパンの癖に不味い。食えたもんじゃない」
「戦時体制が続いているからでしょう。物資も不足、インフレーションも加速しているようです」
「酷い国に酷い味だ。水で押し込むか」
泥水を啜った経験のある俺が吐くような飯しかない国とは、最低限の楽しみすら欠如した空しい国である。
何度も吐き戻しながら食事を終えた後、俺達は向き合う。
月桂花は一人で木組みのベッドに腰かけ、俺は真正面にある別のベッドに座る。アイサは俺の隣だ。
「月桂花、まずはお前が信用にたる女かどうか話せ。ダンジョンで合流するまで何をしていた?」
訊くべき事柄の重要度よりも先に、月桂花の事情聴取を優先した。話を訊く相手が信用できなければ、何を訊いても無駄だと考えたからである。
「望むままに、わたくしが知るすべてを最初からお話いたします」
出会った瞬間から俺に対して甲斐甲斐しく、常に敬う態度を変えない月桂花。彼女の唯一信用ならない点は、現れたタイミングである。
吸血魔王を討伐する決め手は、月桂花の幻惑魔法だった。彼女が絶妙なタイミングで魔法を使わなければ勝利はなかったはずだ。
が、見方を変えれば、月桂花は勝利が確定する瞬間まで姿を隠し続けていた事を意味する。俺が危機に陥るまで無視し続けていた訳である。そんな卑怯者は信用できない。
俺の鋭い視線を、月桂花が微笑みで返してきて咳き込む。どうにもこの女性、嫌うのが難しい。
「ごほん。キョウチョウが骨抜きにされないよう、僕がきちんと魔女の話を見極めます」
横のアイサに肘で小突かれてしまった。
じゃれる俺達を見ても、月桂花は余裕の笑みである。
「わたくしと凶鳥様が最初に出逢ったのは異世界側ではありません。禁忌の土地で出逢ったのが最初ですわ」
禁忌の土地。異世界人が地球の事をそう呼んでいるのは知っている。俺としては、モンスターが跋扈している異世界こそが禁忌的な土地だと思うのだが。
「討伐不能王に仕えていたわたくしと凶鳥様は敵対する者同士でしたが、一目見た瞬間から魅かれ合うものがあったのでしょう。最終的には敵でありながらも手を取り合い、討伐不能と畏怖された魔王を滅ぼす事に成功しました」
「俺は本当にその討伐不能王とやらを倒したのか?」
「間違いなく、確実に。凶鳥様のご尊顔なく、誰が討伐できたでしょう」
月桂花の目の奥底は、色素の薄い湖のようだ。無風状態の湖面だ。
感情を表に出さないというよりも出し方を忘れてしまったかのようで、嘘を付いているか否かは嘘発見器を使っても鑑定できそうにない。
「『魔王殺し』のスキル、思い出してはおりませんか?」
「……ある」
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“スキル詳細
●実績達成ボーナススキル『魔王殺し』”
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“『魔王殺し』、魔界の厄介者を倒した偉業を証明するスキル。
相手が魔王の場合、攻撃で与えられる苦痛と恐怖が百倍に補正される。
また、攻撃しなくとも、魔王はスキル保持者を知覚しただけで言い知れぬ感覚に怯えて竦み、パラメーター全体が九十九パーセント減の補正を受ける”
“実績達成条件。
魔王を討伐する”
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「魔王に対しての究極の優位性を誇るスキルこそが、凶鳥様の偉業を証明しております。魔界に数多いる凡夫を処分したところで得られる実績達成スキルではありません」
吸血魔王を倒した際の封印解除で『魔王殺し』はステータスに現れた。俺が過去に魔王を倒す実績を達成しているのは間違いない。
「地球にいる凶鳥様のご親友様にお訊ねしていただいても構いません」
「そこまで言うのであれば、地球で起きた事は信じよう。それで、その後何故俺は魔界に放逐されたんだ?」
「凶鳥様は討伐不能王を討伐された際、誤って異世界に跳ばされてしまいました。わたくしは痕跡を追いかけて、四ヶ月ほど後に合流できました」
「時系列が分からないな」
「異世界に跳ばされたのが、地球側の三月上旬。わたくしと凶鳥様が再会したのが六月下旬となります」
『暗器』で隠している黒い携帯電話を取り出して、送信済みメールを確認する。
記憶を失う前の俺が紙屋優太郎へと最後に送ったメールの日付は七月三十一日、末日だ。つまり、俺は八月一日から記憶のない夏休みを開始していた訳である。
「記憶を失う前、異世界で再会していた、と。……では肝心の問いだ。七月のお前は一体何をしていた?」
六月に合流していたという事はつまり、七月の間、俺と月桂花は行動を共にしていた。
恐らく、その時点で魔王連合に対してちょっかいを出していたであろう俺は、『魔王殺し』スキルを用いて小さくない戦果を上げていたと思われる。月桂花がサポートに入っていたならば尚更だ。
だが、八月の俺の傍には誰もいなかった。
見る限りであるが月桂花は健康そうだ。俺ほどの苦労を味わっていたから合流が遅れたとは思えない。
「理由はそこのエルフが証明してくださいますわ。……さあ、恐れずわたくしを直視してみせなさい」
「誰も恐れてなんてっ、……『鑑定』発動」
アイサは耳をビクリと震わしてから、宝石色の碧い目で対面に座る月桂花を睨み付ける。
「……やっぱり、レベル100。僕よりも遥かに強い……」
「どうした、妙なスキルがあったのか?」
「ま、待って。数が多いから――」
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●月桂花
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“●レベル:100”
“ステータス詳細
●力:30 守:50 速:49
●魔:351/351
●運:2”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●魔法使い固有スキル『魔・良成長』
●魔法使い固有スキル『三節呪文』
●魔法使い固有スキル『魔・回復速度上昇』
●魔法使い固有スキル『四節呪文』
●魔法使い固有スキル『五節呪文』
●実績達成ボーナススキル『幻惑魔法皆伝』
●実績達成ボーナススキル『不老(強制)』
●実績達成ボーナススキル『死者の手の乗る天秤』
●実績達成ボーナススキル『不運なる宿命』(非表示)(無効化)
●実績達成ボーナ――――”
“職業詳細
●魔法使い(Sランク)”
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“『不老』、生命の宿願と悲嘆を併せ持つスキル。
加齢による身体の老化が停止する。不死スキルではないので注意”
“≪追記≫
強制スキルであるため、解除不能”
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“『死者の手の乗る天秤』、大切な何かを一方的に託されてしまったスキル。
物事の基準判断が汚染される。死者が願った通りに世界が救われるまで、冷酷な判断を阻害する感情という無駄な要素を削られてしまう。また、世界を救うためであれば小さな犠牲は苦にならなくなる。
ただし例外として、このようなスキルを取得する原因となった少女達に対する、愛憎は致命的なレベルで深刻化する”
“≪追記≫
現在は、強制属性が解除されている”
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“『不運なる宿命』、最終的な悲劇を約束するスキル。
実績というよりも呪いに近い。運が悪くなる事はないが、レベルアップによる運上昇が見込めなくなる”
“≪追記≫
現在は、無効化されている”
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俺ほどではないにしろ、色々と特殊なスキルを有しているらしい。何個もスキルを読み上げるアイサは苦労していた。
「まだ、ありますっ!」
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“スキル詳細
●実績達成ボーナススキル『モンキーカーズフィンガー(小指)(強制)』(無効化)
●実績達成ボーナススキル『モンキーカーズフィンガー(薬指)(強制)』(無効化)
●実績達成ボーナススキル『モンキーカーズフィンガー(中指)(強制)』(無効化)”
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“『モンキーカーズフィンガー(小指)』、悪辣なる猿帝の左小指。
指を折る自傷行為によって他人の願いを叶える救済悪手。その小指版。
楠桂なる女の願い事。それは、大切な男性の窮地を救いたい。
……ゆえに、楠桂は大切な男性が窮地に陥るまで絶対に手を差し伸べられない。一切の助力はできず、姿を見せる事さえ許可されない”
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“『モンキーカーズフィンガー(薬指)』、悪辣なる猿帝の左薬指。
指を折る自傷行為によって他人の願いを叶える救済悪手。その薬指版。
楠桂なる女の願い事。それは、大切な男性と合流したい。
……ゆえに、楠桂と男は必ず合流できる。迷い易い魔界の外に出れば、必ず合流できる”
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“『モンキーカーズフィンガー(中指)』、悪辣なる猿帝の左中指。
指を折る自傷行為によって他人の願いを叶える救済悪手。その中指版。
楠桂なる女の願い事。それは、猿帝魔王を屠りたい。
……ゆえに、猿帝魔王は楠桂以外の人物の手では絶対に討伐されない”
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“実績達成条件。
実績というよりも呪いという方が正しいが、それでも人の純然たる願いである。ある猿の魔王が叶えた願いであり、願いが達成されるまで無効化されない”
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似たようなバッドスキルが羅列される。月桂花が俺と合流できなかった理由そのものなスキル説明が続いた。
「『救済悪手』猿帝魔王。他人の願いを叶えるスキルと、他人の心を読むスキルを併せ持つ老獪な猿の魔王にわたくしは呪われていました。既に討伐されている事が唯一の救いですが、呪いは魔王が死んでなお続いていたのです」
俺だけが魔王に呪われていた訳ではなかった。月桂花も俺と同じく魔王に呪われていたのだ。それはそうだろう、己が世界で最も不幸だなどという不幸自慢は妄言、甚だしい。世の中、不幸な人間には困らない。
そうだ。俺だけが不幸なのではない。
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“スキルの封印が解除されました
スキル更新詳細
●実績達成ボーナススキル『モンキーカーズフィンガー(親指)』”
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“『モンキーカーズフィンガー(親指)』、悪辣なる猿帝の左親指。
指を折る自傷行為によって他人の願いを叶える救済悪手。その親指版。
――なる男の願い事。それは、世界を滅ぼす事。
……良いだろう。お前は世界を滅ぼす魔王となるだろう”
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「……んん?」