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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第九章 そこはナキナ国
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9-11 隠世

スキルの捕捉

==========

“『暗澹あんたん』、光も希望もない闇を発生させるスキル。


 スキル所持者を中心に半径五メートルの暗い空間を展開できる。

 空間の光の透過度は限りなく低く、遮音性も高い。

 空間内に入り込んだスキル所持者以外の生物は、『守』は五割減、『運』は十割減の補正を受ける。

 スキルの連続展開時間は最長で一分。使用後の待ち時間はスキル所持者の実力による。

 何もない海底の薄気味悪さを現世で再現した暗さ。アサシン以外には好まれない住居空間を提供する”


“実績達成条件。

アサシン職をBランクまで慣らす”

==========


 暗澹あんたんの闇が物理現象的に奪うのは、光や音だ。

 暗澹は同時に、生きる希望やら立ち向かう勇気とやら、そんなか弱い精神を守る詭弁メッキを腐食させる。

 命は最後にどうせ、こんなにも黒一色の海底へと沈んでしまう。バッドエンディングしか存在しない。こう分かっていながら生きるのは辛い事だ。非情な現実を直視するよりも、天国などという妄想を夢見ている方が社会的には健全なのだから、生物とは度し難い。

 『暗澹』スキルとは、生物に黒いエンディングを直視させるスキルなのだろう。究極のネタバレ、お前の最後はこうなのだと悟らせる。命運が尽きていると無理やり知らしめるため、『運』が0になる。

 事実、現実を直視させられた女が目前で慌てふためいている。


『ば、馬鹿な。『暗澹』スキルの上書きなんて、そんな馬鹿なッ』


 接近してからの『暗澹』スキル。俺もよくやる必勝パターンであるが、パターンに慣れてしまっていると予期せぬ事態への対処が遅れるものである。特に、『暗澹』に対する『暗澹』返しは俺ですら経験していない。

 灰色髪女の混乱は仕方がない。

 灰色髪女が死ぬのも仕方がない。

 ナイフを脇腹から心臓へと押し込むように進ませる。が、これはクナイで弾かれた。普通に殺そうとすると、五感以外で攻撃を察知可能な灰色髪女は対処してしまう。

『ありえない。魔族のアサシン職など、認められるか! アサシン職は、人類の、私達の最後の希望なんだぞ』

「こいつもアサシン固有スキルを使えるとして、どこまで使える。『暗澹』までか? まさか『暗影』もか? ……いや、『暗影』を見せていたにもかかわらず『暗澹』を使ってきたなら、最高でもAランクまでか」

『禁じ手の兼業までしてBランクまで高めたアサシン職で、負けられるものか!』

「まあ、大したアサシンではないなら、この暗澹空間からは脱出できない」

 ビクりと、灰色髪女は垂直跳びして地面から伸びる黒い腕を回避する。

 女がもたついている内に、暗澹空間と黒い海底は直結済みだ。悪霊共が生肉の臭いを嗅ぎ付け、むしり取ろうと腕を伸ばし始めた。周囲一帯は、黒い手腕が咲き乱れる醜悪なる花園に沈む。

 ようやく撤退を開始する灰色髪女は足首を捕まれないように跳んでいるが、着地の瞬間だけは避けられない。少しずつ爪でひっかかれ、赤い血が脚を濡らし始める。その血が更なる悪霊を呼び寄せる。

 小休止のため、爆発性の札を次の着地地点に投げ付け、黒い腕数十本を吹き飛ばしてから灰色髪女は叫ぶ。


『もう五メートルは進んだはずだっ!? 暗澹空間の外に出られたはずだ。いやっ、もうとっくの昔に一分経って時間切れのはずだ!』


 女の主張は正しい。

 灰色髪女は五十メートル以上撤退しただろうし、三分は逃げ延びただろう。

 だが……逃げた方向が間違っている。今も逃げている方向は黒い海、隠世かくりよだ。現世うつしよはどんどん遠ざかって、距離や時間の概念も遠ざかる。女はいつの間にか、俺の顔の穴の内側へと入ってしまっていたのだ。

 神話の中ならば地獄を訪れて生還できた者もいる。もちろん、生還できなかった者もいる。女は前者だろうか、後者だろうか。

 跳躍で逃走を続ける灰色髪女が、跳んでいる最中に背中を何かにぶつけて落下した。なるほど、ただ通り過ぎているだけならば反応できないのか。

『なッ、あっ』

 灰色髪女には見えなかっただろうが、体長五十メートルはある筋肉質な巨人――正確には巨大なオーク――がそこに立っている。女は巨人のすねに当り、気を引いてしまった訳である。

 うつろというか眼球のない目が女を視認した。肉を得ようと、巨人はゆっくりと手を伸ばす。

 その巨大な手が、横から泳ぎ現れた魚の尾びれにぎ払われる。巨大な手を払えるのだからその魚もなかなか巨大である。魚影が確認できず、六頭の犬のうなっているのは魚らしくなかったが。

 灰色髪女は派手に暴れ過ぎた。比較的まともな人間族の悪霊だけではなく、魔族の悪霊までもが血肉に釣られて現れてしまっている。

 周囲は既に、うごめく異形で埋め尽くされた。

 落下してから数秒経っても灰色髪女は動かない。打ち所悪く、立てなくなってしまったのか。

 それでも灰色髪女がまだ無事でいる理由は、一つ。小さな影が一つ。

 俺の到着を待つために、背筋の曲がった老ゴブリンが悪霊共を統制しているからに過ぎない。


「……まったく、お前は死んでもさかしいな」


 しわくちゃな顔でニタりと笑う。

「俺に人間族の女を殺させるのが、そんなに楽しいのか」

 老ゴブリンは血肉を求める本能さえ枯れているのだろう。転がっている女に未練なく、俺と入れ替わりで去っていく。

 地面に倒れる灰色髪女は気絶しており、瞼を閉じていた。起きていたとしても、そこいらから伸び出る黒い腕に拘束されている状態なので危険はない。

 俺はナイフを持って、少し悩んだ。

 殺すのを躊躇ためらった……のではなく、どう殺すのが良いかと吟味ぎんみしたのである。まあ、結局、眉間の串刺しが意趣返しとして最良だろうと平凡な結果を導き出す。

 知った相手でもないので、挨拶なしにナイフを投じる。投擲武器の扱いにも慣れてきているので、羽交い絞めの灰色髪女の眉間ぐらい正確に狙えた。

 ナイフはどこかで拾った粗悪品だというのに、簡単に刺さる。


「……悪霊の手が、守った?」


 ナイフは突如、横から伸びてきた手の平の中心に突き刺さった。刃の部分は手を貫通したものの、刃先は灰色髪女の眉間一ミリ手前で停止する。

「枯れたような老人の手。誰の手だ?」

 黒い手は手中のナイフを握り締める。絶対に離さないという意志の表れだろう。

「この女の親族か。死後も守ろうというぐらいにそいつが大事か」

 誰ともしれぬ手の意志など知った事ではない。自分にやられた事を灰色髪女にもしてやろうというだけである。まあ、俺ぐらいに特殊でなければ即死するだろうが、そこまで責任は持てない。

 さあ、手を跳ね除けて意趣返しを続けよう。


「…………『暗澹』解除。殺そうと殺すまいと関係ない。こんな奴、たたるに値しない」


 暗澹空間が顔の内側へと収束されていく。布生地が引っ張られていくように黒い海底がたたまっていき、凶鳥面を付けて蓋をした。





 ナキナ国の国境外、そこは最も人類圏に近い魔界の一つだ。先日、地下迷宮から現れた魔族の群れが追いやられた場所でもある。魔族がらみの大事件が起こるとすれば、まさに、という土地だろう。

「目を閉じて、何をしている? グウマ」

 湿気の多い、巨大なシダ植物の陰に背中を預けている老人のアンデッドへと声がかかる。

 ボロをまとった骸骨頭が、浮かび上がるように日陰へと現れた。

「……眠っておりました」

「眠る? アンデッドのお前がか?」

 老人は瞼を開くと眼球のない黒目で骸骨頭、ゲオルグと向き合う。日中であるため、アンデッド系の魔族である二人は太陽を避けている。

「敗走したアンデッド共の再結集にはやや時間を要する。予定通りであるが、惨敗したものだ」

「吸血魔王様がご健在ならばこのような事態には」

「あのお方は素晴らしい吸血鬼であった。天下を取っていただきたかった。無念でならない」

 流暢りゅうちょうに言葉を話すアンデッドが落ち合っているのだ。どうせ、よからぬ事を企てているに違いない。

「私単独ではアンデッド共を統制し切れない。グウマにも働いてもらうぞ」

「御意。ぜひ使い潰しください」

「本国よりアンデッド共を呼び寄せている。総数が三万を超えた時点で動き始める」

「はっ」

 グウマはゲオルグに忠誠を誓う。つい最近まで人間族であった事など、今がアンデッドの老人には関係ないのだろう。

 細かな連絡を終えたゲオルグが去った後、日が落ちるのを待たずにグウマも動き始める。植物の影を選んで疾走する姿は、忍者的な両腕を背後へと伸ばした前傾姿勢。

 揺れる両手の内、右手にはナイフが刺さったかのように穴が開いていた。


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