9-8 触らぬ神を刺殺
ぽちぽちっとメール本文を入力し、配信し終える。
地下だというのに電波は三本立っているので問題なく送信できた。というか、地下うんぬんの前にこの携帯電話、どういう原理で異世界通信しているのだろうか。
「返信は一週間後になる。流石に何もかもうまくいく解答なんてないだろうから、優太郎に期待ばかりしてやるなよ。所詮は誰も助けてくれないんだ」
そう、誰も助けてくれないから使えるものは利用する。謎の多い魔王連合に単身で挑むよりは、疲弊した国であってもないよりマシである。
十中八九、魔王連合が最初に落とす国はナキナだ。せいぜい、がんばって対抗してもらわねば。
アニッシュのために、貴重なメール一通をくれてやったのは無償の善意ではないぞ。
「アニッシュが王族というのなら、しっかり働いて国を守れ」
「言われずとも余はがんばっ――てっ」
携帯を折り畳んで『暗器』でしまう。そうしている俺を、アニッシュは何故か指差す。
「あ、あッ、後ろ!」
俺というか、俺の背後を指差していたようだ。斜め上方、鉄格子の向こう側の天井付近である。アニッシュの驚いた顔は、まるで天井から生えてきたゴーストを目撃してしまったかのように硬直してしまっている。
醜い小さなジャガイモお化けでも見えたのだろうかと、後ろを振り向く。
振り返った先では、視界一杯に広がる鋭い鉄の凶器が見えてしまう。
「はぁっ??」
完全なる不意打ちだ。
こんな戦場から離れた牢屋の内部で凶器に襲われるなどあり得てたまるか。牢屋らしく拷問されるのならばまだ納得できるだろうが、気配を殺したまま背後より凶器を投擲される覚えはない。
反応は完全に遅れた。というか小指一つ反応できなかった。
首を捻って避ける事も、『暗影』スキルを発動する事も叶わない。
凶鳥面を突き破って、深々と刃が突き刺さる。頭蓋さえも打ち破り、前頭葉はズタズタに――。
イモリのごとく天井に張り付いていたイバラは、放心し、床に落下する。
背中から落ちたり、足首をくじいたりしてしまうヘマはしなかったが、イバラは事前にもっと重大なヘマをやらかしていた。天井から落ちるぐらい造作もない。
「キョウチョウ!? し、しっかりするのだ! 傷はあさ、浅、浅く……柄まで刺さっているがきっと傷は浅いはずだ」
グウマを狙って投擲したはずのクナイ。
『殺気遮断』スキルを用いた事前察知不可の一投であったものの、先代頭目グウマならば『殺気察知』スキルにて簡単に看破できたはずの一刀。
それが何故か、仮面の男の眉間に深々と突き刺さってしまっている。
まさか己がグウマを殺してしまったのだろうかとイバラは心停止しかける。が、物事はそんな単純な殺害事件では済まされない。
イバラのクナイが刺さった人物は、醜い鳥を模した仮面を付けたグウマ以外の何者かだったからである。
どうして殺してしまうまで気付かなかったのか。イバラの慧眼を持ってすれば、背後からでも人物の特定は可能であったはずである。それが、クナイが刺さる仮面を目撃するまで特定できなかった訳だ。
特定できない誰かならばもう少し慎重に事を起こすべきだった、という正論は今更であるし、次同じ機会が巡ってきたとしてもイバラはまた過ちを繰り返す可能性が高い。イバラにとってのグウマはそういう分類の父親だ。
……と、複雑な親子関係は一旦置くべきだろう。
今は人間違えで殺されてしまった哀れな仮面の男の心配をしなければならない。早く対処しなければ生命に関わる。
『――鳥でもない者が、深淵の上に巣をかけてはならないのだ』
仮面の男の生命はわざわざ心配しなくても問題はない。どうせ即死している。
だから、この場で一番心配するべきは、仮面に穴を開けてしまった愚か者の命だ。
モンスターの巣に投棄される。
奴隷市場に売られる。
異世界にて様々な洗礼を受けてきた俺であるが、問答無用で殺されるのは珍しい。
どこのどいつがわざわざ冥府の扉をこじ開けたのか。いつの間にか鉄格子の向こう側に現れている覆面女か。
覆面をしているので知っている女かどうかは定かではない。が、知っていたから何だという。
俺の命を奪おうとする輩は、基本的に同じ運命を辿る。大切な命を奪おうとする者に相応しい罰とは、同じく命を奪われる凶事だろう。
命とは大事なものだ。他殺はもちろん、自殺も事故死も禁忌である。自然死すらおぞましい。
よって、報復としては十分相応しい。
「――惜しいな。実に惜しい。俺を始末したければ、最初の一撃で首を絶ち、体を焼き、肉片すべてを塵と化しておくべきだった」
だが、覆面女は恐るべき力を持っている。『魔』を感じ取れるようになった俺を奇襲し、真っ当な人間であれば即死できたであろう一撃を加えてきたのである。数々の魔族と対峙してきた俺であるが、普通に殺してくる相手と戦うのは珍しく、やり辛い。
魔的な手段であれば、知恵を絞って破ってみせる。
一方で、物理的に殺されるのはなかなか対処が難しい。
『他人を殺してしまったのか、私は??』
とりあえず、喉に刺さる魚の骨のごとく、顔の穴に引っかかって煩わしい凶器を抜いて、構える。
『いや、死んでいない……だとっ! そんなはずはっ、いや、顔がッ、ない! お前は魔族なのか!』
「そういうお前はただの人間、だろうな」
何の恨みで俺を暗殺しようとしたのかは問うまい。理由のない恨みなんて、数多く存在する。
「キョ、キョウチョウっ! 仮面で助かったのか??」
「前に回り込んで顔を見ようとするな。命の保証ができなくなる」
無邪気に顔を確認しようとするアニッシュを片手で牢屋の隅に追いやりつつ、覆面女と対峙する。
牢屋にいるので真ん中には鉄格子が存在する。直接刃を交えられる位置関係ではない。
「『暗影』発動」
影を纏う事で、半径七メートル以内に瞬間移動できる俺を捕らえておく事など不可能なのだが。鉄格子などないも同じ。
菱形の刃を持つ凶器を握り込んで、覆面女の背後一メートルに空間移動。
そのまま無造作な背中から心臓を貫くだけで簡単に終わる。『暗影』スキルそのものと、俺が『暗影』スキルを使用できると知っていなければ対処は不可能に近い。
『消えッ!? 『殺気察知』術!』
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“『殺気察知』、第六感にも等しい殺意に反応するセンシティブなスキル。
スキル所持者の近辺に突き刺さる殺意に反応できるようになる。相手が隠匿系スキルを発動していようと、殺意だけは隠し通す事はできない。
精度は錬度によるが、未熟な者でも十メートル以内から向けられる殺意に反応可能。達人ともなれば、遠距離からでも正確な方向、距離を一センチ未満の精度で判断できる。
ただし、殺意への反応は精神に対する負荷が高いので、なるべく連続使用を避けて休みながら使用するべきである”
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だというのに、覆面女は驚いて息を吸い込みながらも後方を振り向いてくる。スペアの武器を斜めに突き出して、俺の攻撃の軌道を逸らす。
「超反応に、それに追随できる『速』か。近接戦闘を行うには危険な敵だ」
狭苦しい地下では分が悪い。とりあえず、外へと出るか。