9-3 王の弟の帰還
関所を訪れる前に、アニッシュを除いた四人が顔に仮面を装備していた。
理由は明白、仮面の正しい利用法。顔を隠したいからである。
まず、アイサ。
アイサは見た目からして可愛らしいエルフであるが、その愛くるしさが人里ではマズい。森の種族、エルフはファンタジー上等の異世界であっても珍しい種族なのである。
ナキナは人間族の国だ。エルフがのこのこと訪れて良い土地ではない。エルフの特徴たる整った顔と長耳を隠すために、仮面の着用が必須であった。
次に、リセリ。
リセリは美麗なだけの人間族であるが、本人いわくどこぞの大国の王族らしい。王族が流行っているのだろうか。
兄や姉が多いため王族といってもキリの方ではあると自己申告していたが、辺境国のアニッシュが知っているぐらいには顔が知られた有名人である。そんなリセリがアポなしで他国の王都を訪れるのは外交問題となりえる。
無用の混乱に巻き込まれるのを避けたいのであれば、素性を隠すために顔を隠してもらうしかなかった。
最後、月桂花。
リセリとは真逆の意味で有名人らしい。悪名だ。討伐不能王だったか、かなり危険な魔王の幹部をしていたらしく、俺以外のパーティメンバーからは魔女として怯えられている。俺を間に挟まなければ会話も困難な状況だ。
人類の裏切り者の月桂花は敵なのかもしれないが、俺は鳥類なので関係ない。今のところ、敵対行動を取っていない。事情を聞いてからでも問題ないと放任している。
だが、人類諸君にとって月桂花は敵である。このままでは王都に連れて行けない。
幻覚、幻影の魔法を得意としている月桂花に仮面はどうかと思ったが、辺境国とはいえ王都なので魔法が看破されないとは限らない。
ゆえに、仮面で顔を隠して正体を伏せてもらう事にした。
「見るからに怪しい集団め。邪教信者か! ナキナ王都で終末思想でも広めにやってきたか」
完璧なる隠蔽工作だ。仮面作成はアイサの植物魔法で草木を編んで行った。実費はないに等しい。仮面は俺の凶鳥面を模しており、気色悪いクオリティも申し分ない。
また仮面を増やす事により、木を隠すなら森の中理論で俺の凶鳥面を紛れさせる補助効果さえある。俺の仮面は外せない――正確には外すとマズい――ので困っていたが、皆が仮面を装備していればムーブメントとして見過ごしてもらえる。
王都守備隊の兵士とて、俺達を不審がる事はありえないだろう。
「であえっ、であえっ! 全員でひっ捕らえろ!」
「風前の灯のナキナならば邪教を広められると思ったか!」
「皆様より地図上から消える消えると言われ続けて半世紀、ナキナは現在も絶賛営業中じゃボケ!」
「よっ?! 止さぬか。余は王族のアニッシュ・カールド・ナキナであるぞっ」
「王都防衛隊を舐めるな、狂信者」
「仮面の付けていない子供が人質だ。親玉はあの一番気色悪い仮面野郎だ。網を投げろ!」
関所の中から兵士十名あまりが駆け出ているが、何かあったのだろうか。
「だからっ、余は本当に現王であるクリーム・カールド・ナキナの弟なのだ。信じてくれ!」
「王族だと豪語していたから、アニッシュには期待していたのに。兵士からの人望がなくてこの国大丈夫か?」
「キョウチョウが皆に仮面を付けさせたのが大問題だったのだ!」
関所の地下にある牢屋はひんやりしていて心地良い。
ぞろぞろ出てきた兵士達にあれよあれよと通されたのがこの地下牢だ。簡易な一時投獄用であるため部屋数に余裕はなく、一人一部屋とはいかない。パーティは男女に分割されてチェックインさせられていた。
同居人たるアニッシュは鉄格子を両手で握り締め、外の兵士に無実を訴え続けている。
「王宮に問い合わせてくれ! 余の不在が分かるはずだ!」
まあ、関所を顔パスできないケースを考えていなかった訳ではないので、大人しく投獄されているだけなのだが。
抵抗すれば逃走可能だった。が、まったく意味がない。後でナキナ軍から山狩りされるだけだ。そも、俺達はナキナと争うために王都を訪れた訳ではない。
「アニッシュ、叫んでもうるさいだけで取り合ってくれないぞ」
「牢屋に入れられたのだぞ、そんなに落ち着いていられる状況ではない」
「いや、アニッシュが本物の王族なら、誰かに身分を証明してもらえればすぐに出られる。最悪脱出も簡単だ。……それよりも、少し話をしないか?」
考え方を変えよう。
俺達は今、兵士が守る安全な関所の中にいる。平原のように、ゴブリンが生息している危険地帯ではない。
落ち着いて話をするには悪くない場所だ。
アニッシュという少年は頼りなさが目立つが、実は、言葉が通じる貴重な異世界人である。しかも王族となれば、異世界の情報を豊富に有しているはずである。
俺の敵、魔王連合が大規模に動き始めたとなれば、俺も異世界を知らなければならない。そのためにもアニッシュとの協力関係は高めたい。
魔界の総面積、魔族の規模。
人類国家の人口、軍力、国家間の協調性。――など、知りたい情報は山程ある。ただし、急いて質問詰めにしてもアニッシュが困惑するだけだろう。
相手から情報を引き出したければ、俺からまず話すべきなのだ。
「お互いの情報を交換したい。といっても俺は記憶喪失で一ヶ月以上前の記憶はあやふやだが」
「記憶喪失であったのか。アイサやあの、その……月桂花とは知人のようにみえたが?」
「魔界で行き倒れていた俺を拾ったエルフの集落でアイサと出会った。月桂花は記憶喪失以前の俺を知っていそうだから、また別に話をする必要がある」
椅子もなければ敷物さえない牢屋の中で座り込み、俺達は向き合う。
「記憶を失っても覚えている事がある。俺は魔王連合と名乗る複数体の魔王が集う集団と敵対していた。そして、記憶を奪ったのも魔王連合だ。俺は記憶を取り戻すためにも魔王連合と戦わなければならない」
記憶の有無に関わらず魔王連合は敵であるが、記憶喪失後の俺にはより明確な敵対理由が存在する。
俺は俺を取り戻す。『記憶封印』スキルを解除するために、魔王連合と戦う所存だ。
「だが魔王連合は強大だ。本気で人類を滅ぼせるだけの戦力を用意している。俺一人で奴等は倒せない」
目前のアニッシュに対して、頭を下げた。頼んでいるのだから、頭を下げるのは当たり前である。
「だから、この世界の事を教えてくれ。どれだけの人間が暮していて、どれだけの人間が魔族と戦えるのか。同時多数の魔王の侵攻に、何年耐えられるのか」
息を呑むだけの合間を置いてから、返事を待つ俺の左肩は掴まれる。
アニッシュが肩を掴んだのだ。そのまま下げた顔を上げるように力を込めていく。完全に視界が平行に戻ったところで、アニッシュは凶鳥面を直視しながら頷いた。
「余は感激している。キョウチョウが余を頼る時がくるなど思ってもいなかった」
「アニッシュ??」
「ナキナの王族としても、余個人としても魔王連合は明確な敵である。ならば、余とキョウチョウは同じ敵と戦う戦友という事だ。出会いは奴隷と王族の関係であったが、今は違う。今より余達は友だ」
隣の男子部屋で世界を跨いだ友好が築かれようとしている。
一方の女子部屋。
「…………僕、魔女なんかにキョウチョウは渡さないから」
「凶鳥様を占有できると思っている可愛い子供の戯言。笑ってしまう。まずは、わたくしを正視できるようになってから粋がってみては?」
それぞれ別の壁際に寄り添うエルフと魔女によって、地下牢は氷室と化していた。
居たたまれない銀髪女性が牢屋中央で凍えている。
「怖い。この部屋怖い!」