9-1 傾いた国の王族達
ナキナの東部にある地下迷宮の街は、壊滅した。
被害者の数は不明。そもそも、街に住んでいる者は全員不法住居者であるため住民票が存在しない。奴隷市場で販売されていた商品達については言うにおよばず。
それでも食料の動きから、およそ三万人の人間が地下迷宮の入口から溢れ出たモンスターに虐殺されたと推定された。
また、奇跡的に生き残った住民の証言が得られている。
当日、まずアンデッド系モンスターが街に襲いかかった。警備部隊が存在しない街だったため、冒険者が自主的に応戦。一時は均衡を保ったものの、ダンジョン内に生息する多種多様なモンスターが雪崩のように押し寄せて防御線が崩壊。トドメとして山の向こうから現れた巨大なゴーレム――墓石魔王と別の調査により判明――が丹念に街を更地にしていったという事であった。
街の生き残りは百人に満たない。
壊滅時、迷宮内を探索していた冒険者の生存はほぼ絶望的であろう。
「――以上が、第一次報告です。陛下」
報告書の読み上げが終わると、玉座に座る若い王は酷く動揺してみせた。
王は顔面を蒼白させるだけには留まらない。薄くなった前髪を労わる余裕なく、両手で顔を洗うように顔面を高圧力に掻き毟っている。
「ア、アニッシュッ。どうして、お前みたいな気の良い弟が、兄より先に死ぬのだ」
玉座から倒れかけている王様こそが、ナキナ国の王である。
彼の名前はクリーム・カールド・ナキナ。アニッシュの実の兄であり、歳は二十五。王権を揮うにはまだ若い。数年前に発生した魔界からの魔族大侵攻時に先王が崩御したため、王権を受け継ぐしかなかった経緯がある。
血を争う事も珍しくないのが王族でありながら、兄弟の関係は良好であった。
アニッシュは重責を負う兄を少しでも助けたいと勇者職を目指した程であり、クリーム王はそんな弟の生存絶望の報を聞いてうな垂れてしまう程だ。
「陛下、まだ一次報告ですもの。希望を捨てるには早いでしょう」
「……お前は、いつも白々しいのだ。カルテ」
玉座に最も近い位置に立つ女が、国王を労わる。
「では、いつも通り叔母として姉として。クリーム坊、その絶望は今更では?」
国王の最も傍にいるのだから女の地位は高い。というか、彼女もナキナの王族の一人である。
彼女の名前はカルテ・カールネ・ナキナ。クリーム王とアニッシュの叔母に該当する人物だ。
カルテは年齢的には三十から四十の妙齢のはずであるが……シミもシワ一つない肌を持つカルテの外見年齢は十八歳未満と若々しいものであった。
白いローブ姿のカルテはフードを被っているが……左右に伸びる耳の分だけフードは横に広がっていた。
「可愛いだけの身内の事など置いておいて、早く王として振舞ってっ。クリーム坊、ほらほら、魔族に殺される民草を思いなさい」
「分かっているッ!」
声を荒げた直後、クリーム王は小さく謝罪を口にしてから玉座に深く座り直す。
「カルテ、今の状況をどう考える?」
「魔族による大侵攻だとは思われますが、そういった予兆がなかったのが気掛かりです。これは私見ですが、いつもの国家滅亡の危機とは違うかもしれません」
「調査を開始せよ。国境の部隊にも警告を出せ」
「既に忍者衆を動かしています。イバラ、そうよね?」
カルテの背後から、影から染み出るように灰色髪の女が現れた。目元以外を隠しているため顔から性別は判断できないものの、体の線が浮き出るボディスーツを着ているため見分けは付く。
灰色髪の女は、カルテの応答として「肯定」と一言のみ答えてすぐに消えた。
「国境警備もですが、魔族は国の内部からも湧いています。軍を一部動かしてもよろしいですか?」
「部隊の捻出も一任する」
「そんなに都合の良い予備兵力なんて残っていないですけど。この国、本当に傾いているのですから」
よほど信頼が厚いのか、クリーム王は問題ごとを次々と叔母のカルテへと任せていく。もしかすると、王権もカルテに手渡してしまった方がナキナ国のためになるかもしれない。
王に問題があるというよりも、無理難題をこなしていくカルテの手腕を評価するべきだろう。
「他国もそろそろ気付くでしょう。調査せよと、図々しい要請がくるはずです。そんなに期待できませんけど、支援物資ぐらいはねだってやります」
「お前の得意分野だ。存分に手腕を示せ」
魔界と接しているがために傾斜した国、ナキナ。そんな人類圏から消失しかけている国を支え続ける女傑、カルテ。
血筋に森の種族の血が混じっていなければ、間違いなく現ナキナ王となっていた女だ。
「……カルテ。お前はアニッシュの事が悲しくないのか」
「もちろん悲しんでいます。アニッシュ坊がもう少し有望だったなら、国の役に立てたのに」
「は、はっ、ハクッシッ。うぅ、寒気が」
「風邪か、アニッシュ。ふむ、アイサ、薬を煎じてもらえるか?」
「魔界ならともかく、こんな平原の雑草だと大した薬は作れないよ。あ、でもそこに生えているのは毒があって喉が痺れるけど、滋養には良いよ」
『い、いらぬっ』
完全に破壊された街から離れて、俺達は平原を歩いていた。
今後について課題、難題は山積みなのだが、青空の下で一日、二日悩めば解決できるものではない。急いでも始まらないので、食料に困らない別の街に到着してからでも良いだろう。
ちなみに、どこに向かっているかはアニッシュ任せである。
どうもこの子、ここが故郷のようで土地勘があるらしい。いわく、この国で最も栄えている王都まで残り五日で到着できるそうだ。
「食事には期待したいところだ」
「安心せよ。このところ物価が高まっておるようだが、余を送り届ければ王族を救った褒美が出る。温かい食事を現物で得るのだって容易いぞ」
俺はアニッシュを良い所のお坊ちゃんだと推測していたが、やはり、王都に住めるぐらいには出自が良かったらしい。
「……は? 王族??」