兵庫“メディアの敗北”の真相⑪「公益通報の結果は待たず、元県民局長の懲戒処分を早めろ」は知事の指示だったのか
しかし処分をめぐる状況は、4月中旬になって何度も変わっていく。人事課では、公益通報の結果を待つはずだったのに、総務部長から日程を早めるよう、たびたび要請を受けるようになったのだ。 最初に総務部長が指示した日程は、4月24日。これを受けて人事課は特別弁護士に、公益通報との関係で問題がないか再び相談している。特別弁護士から「制度が別なので、懲戒の事実確認をきちんとして、調査の結果懲戒相当になれば、問題はない」という回答を得て、いったんは総務部長の指示どおりの24日処分の日程案を作って提出し知事も了承した。 しかし、やはり「現実的には無理と判断(人事担当者)」して総務部長に相談すると、総務部長は5月の10日案と17日案を作るように指示。その後、斎藤知事が10日案で了承したという。 それでも総務部長はさらに日程を早めるよう指示を出し、5月7日に処分することが決定された。このためゴールデンウイークの連休の狭間であった5月2日の木曜日に、処分を決定する綱紀委員会が開かれ、憲法記念日やみどりの日など4日間の祝日や振り替え休日をはさんで7日の火曜日に、処分の実施および発表というスケジュールで手続きが進められた。 わずか1カ月あまりの間に方針が幾度も変わっていった。どんなに早くても5月末となる公益通報の調査結果を待つという当初の判断は、どこかに消えてしまっていた。
「風向きを変えたい」
なぜ、このような慌ただしいスケジュールで、しかも当初の方針を変更してまで処分を急いだのか。その理由は、斎藤知事の「風向きを変えたい」という発言にあったと関係者は話す。 人事課を所管していた総務部長は、斎藤知事が失職中であった10月25日に開かれた百条委員会で次のように証言している。 「マスコミ等にこの文書問題について大きく報じられつつあったときでもありましたので。前知事からは、風向きを変えたいというような意見があって、その頃は、ですから、処分日っていうのをいつにするかということで、何回か協議をさせていただきました」 「もちろんその前の協議で、公益通報の調査結果を待ってということで一度結論が出ておりましたので。その早める理由というものについて、私は、最初は図りかねました。けれども、前知事からそのように、一つは、この騒がしい状況というのか、それを早く静めたいという思いもあったと私は推察しまして、その意見を指示として受け取りました」 この「風向きを変えたい」という言葉は、総務部長から人事課などに伝えられ、他の側近たちも把握していた。 一方、斎藤知事は、風向き発言について「私は、そういった風向きを変えたいというような発言をしたという記憶は全くないです」と否定している。さらには、そもそも公益通報の結果を待つということも考えていなかったという。 「もちろんその処分の時期というものはどのようにしていくかということは、多分相談もあったと思いますけども、何かを待ってとか、何かを踏まえてとか、公益通報の結果を待ってとか、そういった進言を受けた記憶は全くないですし、人事行政としては非違行為が判明した以上、きちんと手続をして処分をしていくということが当然であるというふうな進言も受けていました。」(12月25日百条委員会)