石川在住の女性Ａ様から「出張で関東に来ているから会いたい」とご連絡をいただいた。私の正しい使い方である。熱海駅から私の家まで相当な登り坂だが「タクシーになんか乗るものか。アスリートだから任せてくれ」と、Ａ様はキャリーケースを引き摺りながら踏破した。ダラッダラに汗を流しながら、家に着くと「酒だ」と言ってキャリーを開けた。中から、尋常ではない量の酒とつまみが飛び出した。「これ冷やしといて」と言われたので、病床の私は使い走りとなって活躍した。

海を裸で泳ぐと元気になると言う話をしたら、Ａ様は「それはやったことがないからやりたい」と言って、海に行くことになった。病床の私が「泳ぐことはできるが歩くことはできない」と言ったら、趣味がトレイルランニングのＡ様は「私が走るからバイクでついてこい」と言った。海辺の道を爆走し、ローソンでアイスボックスとポカリスエットとパピコを買った。Ａ様が「アイスボックスにポカリを入れて飲むと美味しいんだ」と言って、一口くれた。夏だな。夏っぽいなと思った。

貸切の海に到着して、Ａ様は早速全裸になった。脱ぎっぷりの良さに引いた。海を裸で泳ぐと言ったのは自分だが、人がやっているのを見ると引くんだなと思った。Ａ様は「気持ちいい」と言ってぷかぷか浮かんだ。水着を着ると、水着が境界線を強調する。裸になると、境界線がなくなる。海と同一化する。海上がりにポカリを飲んだら「ケミカルな味がする」と言って、Ａ様は捨てた。未開封のパピコは、近くでギターを弾いていたおじさんにあげた。多分、このおじさんはＡ様が裸で海に浮かんでいた姿を見ていた。そんな女からパピコを与えられた男は、明らかに動揺していた。

Ａ様は不老不死を目指していると言った。この世の真理を掴むには不老不死になる必要があると言った。私が「死ななきゃわからないことがあるとしたらどうする」と聞いたことはスルーされた。Ａ様は「私のことを下品だと言う人もいるが、そんなことを言うあなたは上品なのかと思う。人間に品位なんてない」と言った。なるほど。似たようなことを教養という言葉に思う。Ａ様は「私は博愛主義者だ」と言った。私は「博愛主義者から愛されても嬉しくない」と言った。Ａ様は「最近一つ真理を掴んだ。それは、私に性欲を向けてこない人は殺すということだ」と言った。私は「それのどこが博愛主義者なんだ。真理とも言えない気がするけど、元気があっていいね」と言った。

強さには二種類ある。腕力のある強さと、腕力のない強さだ。腕力があれば、他人を従わせることができる。だが、これには暴力的な臭いが漂う。タロットの「強さ」というカードには、ライオンを撫でている女性が描かれている。強いのはライオンであり、女性ではない。だが、女性は、自分よりも強いライオンを手なづけている。この「手なづけている」という感覚が強さであり、自分の腕力を鍛えることよりも、自分よりも強い猛獣たちを手なづけることのできる力を、強さとした。自分自身がライオンになるのも乙だが、ライオンたちを手なづける人生も乙だと思う。猛獣たちが自分を大きく見せて相手を威嚇するのは、怖いからだ。女神が微笑を浮かべるのは、強いからだ。