「鉛筆だと投票が書き換えられる」“不正選挙”疑う情報を検証

参議院選挙が公示され、選挙戦が始まりましたが、「投票内容が書き換えられる」とか「不正選挙が行われる」などといった根拠のない情報や偽の情報がSNSで広がっています。

東京都議会議員選挙では「開票作業で不正があった」とする情報も拡散。都選管が「開票作業は立会人のもと適正に行われていて、不正はない」と否定することになりました。

こうした情報の広がりは海外でもみられていて、日本に「輸入」されるケースも。何が起きているのでしょうか。

都議選で「不正選挙」疑う投稿が

6月の都議選や、7月3日に公示された参院選に際して、「不正選挙」を疑うSNSの投稿が増えています。

NHKが分析したところ、ことしに入って以降、Xでは「不正選挙が行われる」などといった関連投稿が、リポストも含めて50万件以上ありました。

なかには、政治家みずからがSNSで主張しているケースもありました。都議選が行われた6月は特に多く、22万件を超えていました。

そして投開票日以降、開票作業に不正があったのではないかとする投稿や動画が拡散。選挙管理委員会にも問い合わせが相次ぐ事態になりました。

特に拡散されたのは、NHKが行った出口調査で当選圏内だった候補者が実際には落選したことを受けたものでした。

SNSでは、「下位になっている候補者が結果では上位になっていて、当選圏内にいた候補者が落選したのはおかしい」「特定の候補の終盤の票が選管の発表で動いていなかった」「無効票が多く、不正があったのでは」などといった投稿が広がりました。

Xやインスタグラム、YouTubeの動画も投稿されていて、最も多い動画は130万回以上再生されています。

何が起きた?検証

出口調査は、投票日当日に投票を終えた有権者に行っています。

都議選では、投票日に都内490あまりの投票所で投票を終えた有権者およそ7万1600人を対象に行い、57.5%にあたる4万1200人あまりから回答を得ました。

ただ、前日までに有権者のおよそ15.3%が期日前投票を済ませましたが、これらの人たちは調査結果に含まれていません。

こうしたこともあり、出口調査の結果と、実際の投票の結果が異なることはあり得ます。

また、無効票については、SNSで投稿があった自治体の無効票は2598票で、投票総数に占める割合は1.14%と、都内の選挙区で最も低く、ほかと比較しても無効票が多いとは言えないことが分かります。

選挙管理委員会の担当者
「無効票は毎回白票の割合が多く今回も同じ傾向で、これまでの選挙と比較しても多いということはありません。また500票を一束にして積み上げて発表しているため、最終盤になればなるほどそこに満たない票になり、公表に時間がかかります」

「着実に票をカウントする作業を行っているため、不正が入り込む余地はないと考えています」

さらに、東京都選挙管理委員会のXでも…

「『選挙の開票』について、SNS上で、「開票所で不正が行われている」という誤った投稿があります。
開票事務は、公正に行われるために公開しており、開票区内の有権者により参観が行われております。また、公職選挙法に則り、候補者が選んだ立会人による立ち会いのもと適正に行われているため、不正が行われることはありません」

「鉛筆だと書き換えられる」と拡散したが…

このほか、選挙に関連して、最近、Xで多く拡散されているのは「鉛筆を使うと投票内容が書き換えられる」とする根拠のない情報です。

投票時にボールペンを持ち込むよう呼びかける投稿で、中には350万回以上閲覧されているものもありました。

選管に問い合わせも

投票用紙にボールペンで記入するとどうなるのか。東京・世田谷区の選挙管理委員会に協力してもらい、試してみました。

世田谷区の選挙管理委員会にも「鉛筆だと書き換えられてしまうという情報を見たので、ボールペンで記載したいが可能なのか」といった問い合わせが数件あったといいます。

実際の投票用紙と同じ素材のテスト用紙を使って、鉛筆と水性のボールペンで書き比べてみると…。

鉛筆で書いたもの(左)とボールペンで書いたもの

鉛筆で書いた場合はにじむことはありませんでしたが、ボールペンで書いた場合は、紙を2つに折ると反対側にインクの色がうつったり、指で表面をなぞるとにじんだりしました。

なぜ鉛筆?担当者に聞くと

世田谷区選挙管理委員会では、投票所では以下の理由から、鉛筆を用意しているということです。

1 投票用紙は開票作業の際に時間が短縮できるよう、折られてもすぐ開くプラスチックの素材になっている
2 ボールペンの種類によってはにじむため、ほかの投票用紙に色がうつって無効票になってしまう可能性がある

世田谷区選挙管理委員会事務局 織田健一 次長
「問い合わせには『票を書き換えることはないですが、持参したボールペンを使っていただいても構いません』と案内をしています。使用する筆記用具についての規定は特にありませんが、持ち込む場合は乾きやすい油性ボールペンを使ってもらった方がいいと思います」

期日前投票で投票箱の管理は?

また、SNSでは「期日前投票では票の書き換えや入れ替えが起こる」といった投稿も拡散されています。

そんなことが起きるのか、投票箱がどのように管理されているのかについても聞きました。

◆投票の流れ(世田谷区選管による)

1 期日前投票の際は、初日、最初に投票所を訪れた有権者に投票箱の中を見て何も入っていないことを確認してもらい、「外鍵」と呼ばれる2つの鍵で施錠する。

2 「外鍵」を封筒に入れ、投票所の立会人のハンコで封印をし、鍵のかかる場所で開票作業の時まで保管する。

3 その日の投票が終わると投かん口につける「内鍵」の施錠をし、その鍵もまた封印して鍵のかかる場所で保管する。投票箱自体も鍵のかかる部屋に翌日まで置いて保管する。

4 翌日、投票が開始される段階で立会人の立ち会いのもとで封筒が破られ、投かん口の鍵を開ける。

織田次長
「期日前投票であっても投票日当日の投票であっても、皆さんが投じた票については間違いなくその1票が反映できるように最善の注意を払って選挙事務を執行しています」

専門家「不正は限りなく不可能」

自治体に選挙事務のアドバイスを行っている早稲田大学デモクラシー創造研究所の中村健さんは、投票や開票作業の過程で事務的なミスは起こりうるとしながらも、特定の候補者の結果を左右するために票を書き換えることは「限りなく不可能に近い」と指摘します。

中村さん
「海外と比べても日本は管理が厳しく、不正は限りなく起きにくいです。第三者が投票用紙の内容を書き換えることは限りなく不可能に近いと思います」

また、「開票作業に使われる機械で不正が行われる」とする主張もあります。

機械は票を読み取って分類するだけで、書き換えの機能はありません。さらに、複数の人による確認が行われています。

「必ず人の目でダブルチェック、トリプルチェックがあって確定票が積み上げられていくのでほぼありえないです」

「不正選挙」韓国ではYouTuberが

「不正選挙だ」とする根拠のない情報や偽情報は世界各国で拡散しています。

特定の候補を有利にする思惑や、収益を得るために注目を集めようとする目的などがあるとみられます。

6月に大統領選挙が行われた韓国では、複数の保守系ユーチューバーらが「選挙で不正が行われた」などと繰り返し発信してきました。

ユン・ソンニョル前大統領も「選挙システムに対し北朝鮮のハッキングがあった」などと訴えていて、去年12月、非常戒厳を出した際には、軍が選挙管理委員会に乗り込みました。

大統領選挙でもこうした情報は広がり続け、イ・ジェミョン大統領の当選が決まったあとも不正を疑う情報が拡散しました。

韓国の選挙管理委員会は不正があったという主張を明確に否定しています。

“民主的な機関への信頼に影響”

アメリカやブラジルの大統領選挙では、選挙の不正を疑う情報が広がり、選挙に敗れた候補の支持者らが議会に乱入する事件に発展しました。

ことし2月に連邦議会選挙があったドイツでも、「郵便投票がシュレッダーにかけられた」「特定の政党が投票用紙の選択肢から消されている」として、不正を疑う動画が拡散。

地元の当局はいずれも撮影された投票用紙が偽造であると否定していて、地元メディアは、ロシアが関係した影響工作の可能性を指摘しています。

欧州委員会は6月に公表した報告書で、「偽情報キャンペーンや情報操作は頻発しており、有権者の投票意欲を削ぎ、民主的な機関への信頼に影響を与えようとしている」と懸念を示しています。

偽情報が「輸入」されるケースも

海外の選挙に関する偽情報などがSNSを介して、日本に「輸入」される事態も起きています。

議会乱入事件につながった2020年のアメリカ大統領選挙の際は、当時のツイッターで、「不正選挙」に関する日本語の投稿がリポストを含めて1か月間で100万件を超えました。

また、韓国大統領選挙の際には日本語で韓国についての情報発信をする複数の人気ユーチューバーが「不正選挙疑惑」を紹介し、拡散しました。

たとえば、以前は、日本語で韓国の最新情報を紹介する動画を多く公開していた、登録者数が70万人を超えるチャンネル。

非常戒厳のあと、ユン前大統領を支持する動画を立て続けに投稿されるようになりました。

「不正選挙疑惑」にもたびたび触れ、大統領選挙直後の動画では「疑惑の写真や動画がSNSに拡散されて証拠が出てる」などと主張しました。

動画は150万回以上見られていて、コメント欄では「日本の選挙も操作されている」「日本でもこうならないか不安」といった内容が多く寄せられていました。

「鉛筆で不正」海外でも?

選挙に関しては、日本と海外で同じような偽情報が広がっています。

たとえば、この記事でも検証した「鉛筆を使うと投票内容が改ざんされる」という根拠のない情報です。

4月に総選挙のあったカナダでは、インスタグラムでインフルエンサーが投票所で鉛筆を使わないよう呼びかけた動画などが拡散しました。

選挙管理委員会はウェブサイトで「不正確または誤解を招く情報」だとして、注意を呼びかけました。

5月に総選挙があったオーストラリアでも、選挙前に「鉛筆でマークした内容が選管職員に消された」という動画が広がりました。

この動画では、職員が書類を消しゴムで消しているように見えますが、選挙管理委員会は、投票用紙ではなく、「投票所の運営に必要な書類を作成中だった」として、偽情報だとしています。

2割超の人が“不正”を…

こうした「不正選挙」の根拠のない情報や偽情報はどれだけの影響があるのか。

NHKとJX通信社が6月20日と21日にインターネットで実施した調査では、「日本の選挙で開票結果が不正に操作されている」という質問に「強くそう思う」か「どちらかといえばそう思う」と回答したのは23%でした。

年代別では、20代が31%、30代と40代がともに34%、50代が25%、60代が19%などとなりました。

インターネットでの調査で、実際の人々の状況とは異なる可能性もありますが、一定の割合の人がそのように感じていることを示す結果でした。

デマや根拠の不確かな情報について研究している桜美林大学の平和博教授は次のように指摘しています。

平教授
「選挙に関わる間違った情報の拡散によって、選挙の結果に何らかの影響が出るのではないか、民主主義の手続きそのものが歪められてしまうのではないかという非常に大きな懸念がいま世界中で広がっています」

「ネット上では、多くの人の関心を引き付ける情報ほど広く拡散します。偽情報は、そのような仕組みを利用して目を引く動画や見出しで作られています。動画や見出しに引き込まれそうになったら、発信元はどんなアカウントか、これまでどんな情報を発信してきたのか、一度冷静になっていったん立ち止まってください」

(機動展開プロジェクト・籏智広太、金澤志江、斉藤直哉)

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