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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第八章 生きては帰さぬ地下迷宮
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8-20 やや遠くより

 吸血魔王の謎を看破した事により『正体不明』は沈黙した。これでもう吸血魔王は不滅ではない。次に灰となれば二度と復活できない。


「いや……ここでお前等を始末すれば、秘密は守られる。俺達はまだ不滅でいられる。この程度、大した危機ではない。そうだろ……エミーラ。俺達はまだ永遠の比翼だ」


 だというのに、エミールはいないはずの妹が傍にいるかのように独り言をつぶいている。

「不滅ではない吸血魔王など、ただの吸血鬼だ。ここで討伐する」

「言うだけなら楽なものだろう。……まずは、やってみせろッ」

 エミールは左右の手を大きく広げて、赤く爪を伸ばした。前傾姿勢となって急速に近づく。俺の両肩を掴みかかるように爪で斬り刻むのが狙いだ。

 正体不明ではなくなったとはいえ高いパラメーターは健在だ。目で捉えるの難しい速度で懐に潜り込まれてしまう。

 エルフナイフを突き出して牽制するが、五指を一閃されて刃が五等分されて落下。清めた鉄でさえ紙のようなのだから、爪で体を裂かれれば命はない。

 斬られたら死ぬ、絶体絶命のピンチだ。


「つまり、条件は対等だッ! 『暗器』解放!!」


 空手に、銀色の光沢が走る長剣が現れる。

 魔を滅する事に特化した銀製刀身。高位の聖職者による『浄化』も当然施されている。

 この銀剣は俺の持ち物のではない。全滅したリセリパーティの騎士が所持していた武器であり、遺品である。一度はエミールの心臓を突き刺し灰にしながら、無念にも使い手を失った剣。なればこそ、吸血魔王に引導を下すには最適だ。

 エルフナイフを分断したエミールの爪が、銀剣に対しては拮抗する。持ち手のパラメーターの差を、属性の相性が埋めていた。

「人間もな、化物もな、斬られれば死ぬのが正常なんだよ。お前はそれを不滅であざむき続けた結果、接近戦が大下手になってしまった。攻撃重視、防御完全無視なら俺にも勝機がある」

 爪を刀身で受け止めてらす。

 柄でエミールの細い顎をかち上げて意識を寸断。すかさず、五分の一になったエルフナイフで腿を突く。銀剣を叩き付けるように振り切り、これは蝙蝠に細分化されて逃げられた。

「ほら、行動が読み易い! 『グレイブ・ストライク』、板塔婆いたとうばを百本召喚」

 細かくなったエミールを百本の板塔婆で撃ち落した。

 蝙蝠はダンジョンの硬質な床でじたばたしていたが、霧状に変化して板塔婆から逃れて集結、人の形に戻っていく。

 絶好の好機なので追撃するべきなのだが、この場は下がった。エミールはまだ全力を出し切っていない。


「アイサっ! 『鑑定』だ! 今度は視える」

『わ、分かった』


==========

“●レベル:71”


“ステータス詳細

 ●力:135 守:65 速:70

 ●魔:185/268

 ●運:0”


“スキル詳細

 ●レベル1スキル『個人ステータス表示』

 ●吸血鬼固有スキル『夜型体質』

 ●吸血鬼固有スキル『吸血』

 ●吸血鬼固有スキル『眷属増殖』

 ●吸血鬼固有スキル『不定形なる体』

 ●吸血鬼固有スキル『ブラッディ・ロード』

 ●魔王固有スキル『領土宣言』

 ●魔王固有スキル『低級モンスター掌握』

 ●魔王固有スキル『異形軍編制』

 ●実績達成ボーナススキル『正体不明』(無効化)”


“職業詳細

 ●魔王(Bランク)”

==========

“『不定形なる体』、実体の薄い者のスキル。


 スキル所持者の種族により変化後の形は様々であるが、多くは細かくなる。

 『変身』スキルの限定版であるが、短時間であれば同様の効果を発揮できる。スキルの発動速度や燃費では本家を上回る”

==========

“『ブラッディ・ロード』、血の王者の証、血に対する命令権を証明するスキル。


 血を様々な形状に変化し、操作する事が可能。最も操作し易いのは己の血であり、他人の血は直接触れてどうにか操作可能。

 血の強度、操作の持続時間はスキル所持者のレベルおよび注ぎ込んだ『魔』に依存”

==========


『エミールも血を操るから、気をつけて!』

「だと思った」

 霧状のエミールから血の槍が多数生えて襲い掛かってきた。何も考えずに接近していたら穴だらけになっていただろう。

「残念だったな、エミール。エミーラばかりが血を操っていたのも『正体不明』を強化するためのブラフだったはずだ。スキルの使い方に長けた妹のエミーラの方が兄のエミールに化けている、と惑わす最後の二択だったはず。はははっ、簡単に看破してしまってスマナイな!」

「腐れ仮面野郎ォォォォオッ!! エミーラを返せッ。妹を返せエェッ!!」

 霧の中から、怒髪で天井をくぐらいにエミールが高く跳び上がる。大鎌をぶん投げているので表情通り怒り狂っているのだろう。思考が読み易く、『暗影』にて緊急回避を楽々こなす。

 魔王相手でも読み合いで一歩先を行く。『正体不明』を破ったのだから当然の結果であり、酷く順調だ。

 不安要素は俺が銀剣の扱いに慣れていない事になるが、心臓を一突きすれば勝てる戦いである。

 勝率は現状、二割は確保できているか。





「すごい……本当にあの吸血魔王と戦えています。不滅の謎を、難なく解いてしまうなんて」

「キョウチョウだから、としか言い訳できないよ。でも……キョウチョウっ! エミールの『魔』はまだ半分以上残っている。気をつけて!」

『了解。エミールが『魔』を大量消費したら教えてくれ!』

 リセリとアイサは凶鳥の戦いを見守っていた。足手まといだから離れている、という勿体無い戦力配置に屈している訳ではない。

 まず、アイサは『鑑定』スキルでエミールのパラメーターを監視し続けている。緊急時には、魔法使い職らしく魔法による援護射撃を行う。つまり凶鳥の最終手段という訳だ。

 そして、リセリは詠唱完了するまでの護衛役。『三節呪文』を覚えていないアイサは魔法を放つ前も後も隙が大きいのである。

「でも、キョウチョウに手段はもう残っていない。それなのに押し切れていない。レベルが70近く違うのに善戦できている今がおかしいだけかもしれないけど……」

「いざとなれば、この私が前に出ます。この身は『吸血鬼化』しているので盾ぐらいにはなるはずです。その時は、迷わず魔法で私を巻き込んでください」

「……お願いします」

 リセリの覚悟をアイサは肯定した。

 リセリの挺身に意味がないのであれば止めるべきであるが、リセリの犠牲で凶鳥が助かるのであれば否定できない。そも、ここで凶鳥が敗れたなら三人まとめて全滅してしまう。無駄に死ぬぐらいなら、リセリは仲間のかたきである吸血魔王との相打ちを願う。


「――雷光よ。天に轟き雷光よ。

 稲光こそは天よりの恵み、大地に生きる矮小なる我等への慈悲深い恵み。

 貴方こそが天の帝。我等こそが貴方様の子供――」


 アイサはその瞬間に備えて、長い魔法詠唱に入る。誰も犠牲を出さずに終わりますようにと、一節一節に気持ちを込めて唱え始めた。

「『神託オラクル』よ。お願いします。魔と化してなおこの私をお見捨てになっていないのであれば、一歩を踏み出す瞬間をお伝えください」

 リセリは牙と爪を伸ばして、最高の瞬間に跳び出す準備を整える。





 …………第八層。その某所。

 頭部に伸びる鋭く太い角。が、停滞したダンジョンの大気を切る音が鳴る。

 巨躯を支える硬い蹄。が、焼いた石の床をヒビ割る音が鳴る。

 圧倒的な暴力で叩き付けられる巨大斧。が引きずられる耳障りな音が鳴る。

 音源たる酸化鉄色の肌をした怪物ミノタウロス、メイズナーは見失った獲物を探してダンジョンを徘徊していた。

「この壁の傷、真新しい。……ほう、アリアドネーの糸という訳か」

 化物が着るにしては白い清潔な絹の服をひるがえして、メイズナーは壁の傷痕の追尾を開始した。

「苦肉の策にしては考えた方であるが、糸は私にとっても道しるべとなるぞ」

 傷の痕はくっきりと残っている。時々、ブロック壁の溝につっかえており、その都度、鋭角な軌道を描いている。進行方向を間違える事はない。

 メイズナーは歩く速度を変えていないが、早々に追い付くだろう。


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表紙絵
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 第二作 誰も俺を助けてくれない

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