8-18 苦戦の理由を考える
「さあ、死んで!」
己の血を操るのが得意だと思われるエミーラが、血の鎌を振るう。
「腐れアサシン。死ね!」
妹に比べると芸のない兄エミールが、両手を交互に突き出してくる。妹の方が優れているなんて、兄として恥ずかしくないのだろうか。
「捌き、きれ、ないッ?!」
「アサシン。お前、エクスペリオの『記憶封印』が続いているな! 動きがトロい。自慢の『魔王殺し』スキルはどうした? 同志、融合魔王と猿帝魔王を屠ったように、俺を殺すんじゃないのか、ああッ?」
「そんな奴等、覚えているか!」
「殺した奴等の事さえ忘れている癖に、どうしてまた現れた。記憶を失っているのなら、野たれ死んでいた方が現実的だったはずだ。俺の手を煩わせやがって、どれだけ嫌味な奴なんだ」
俺に最もな事を言うエミールは背中を向けていく。一回転した時は、一回り小さな背丈のエミーラが顔を見せた。
少女の赤い眼を凝視する。
当然ながら、多様な武器を扱うエミーラの方が戦い辛い。優れた妹の赤い眼には、常に余裕が浮かんでいる。
「見苦しい仮面を見せないでっ」
長剣で腹部を刺されてしまう。刺された瞬間から再生は始まるが、生傷はどんどん増えている。たまに内蔵や骨まで切断されているので、生傷レベルでは済まされないのであるが。そろそろ、血が足りなくなって再生できなくなる。
「苦しいんじゃないのか、腐れアサシン」
「兄に切り替わったのなら、まだどうにか……クソ、ならないか」
致命傷を避け続けていたが、吸血魔王の方がスペックは上である。ついに、相手の手数に追い付かなくなった。
緊急回避手段たる『暗影』を発動するなら今しかない。
だが――。
「『暗影』発動!」
「馬鹿が。エクスペリオの目前で姿を消したのは知っている。二度も通じるものかッ」
――『暗影』スキルの使用とほぼ同時に、エミールは蝙蝠となって拡散していく。全方位へと飛び立った小さな蝙蝠は、十メートル四方の空間を満たした。
『暗影』スキルの最大跳躍距離は七メートル。逃れ切れていない。
エミールの背後、天井近くを指定して跳躍したのであるが、空中を選んだのも悪手であった。
多数の蝙蝠のつぶらな眼が俺を視認する。
「そこだ!! アサシン」
3Dプリンターで積層されていくかのごとく、赤い爪先から指、手、腕を優先してエミールは出現した。爪先は当然、心臓を貫くコースにある。
「召喚物、墓石。『グレイブ・ストライク』ッ」
純日本的な長方形の墓石を眼前に召喚し、盾とした。
それでも構わずエミールは爪を伸ばす。素手では破壊不可能なはずの硬い花崗岩が、化物の手により砕かれる。多少は勢いが弱まっただろうが、止まる気配はない。
「心臓を握り潰す!」
「されてたまるかッ」
墓石を召喚したのは盾とする以上に、空中に足場を生成するためだ。
足底で墓石を蹴って赤い爪から逃れていく。バク転で心臓の位置も逸らせた。胸に五筋の傷が刻まれながらも回避に成功して、地上へと帰還を果たす。
「――炎上、炭化、火炎撃!」
追撃を恐れて天井方向に火炎を放つ。運任せなのがむしろ良かったのだろう。見事、エミールに直撃して火達磨が地上に落下してくる。
それでも、吸血鬼の丸焼きはでき上がらない。蝙蝠の燃えカスは残っていたので、顔を焼かれる前に分裂したのだろう。
「まったく、魔法まで使うなんて害虫みたいにしぶといわ……。まともに戦うのが馬鹿らしくなる」
いつの間にか、エミーラが天井に立っていた。
左右の手から血を垂らしているのに、床に落ちてはこない。その代わり、天井に落ちて血溜まりが広がっている。天井に十分広がった後、ようやく床目指して流れ落ちてきた。
「最初からこうしておけば良かった。わざわざ追いかけなくても、見える範囲を覆ってしまえば良いだけなのに」
広範囲をカバーする血の牢獄。『暗影』ではもう逃げ出せそうにない。
赤い風船を中から見回せば、目前の光景が広がっているのだろう。俺一人を囲むために随分と大量出血したものだと感心してしまう。
「吸血鬼のスキルだろうが、俺にもマネできるものなのか」
「愚か。実に愚か。血の操作はSランク吸血鬼にしか許されない。『ブラッディ・ロード』スキルを使えると思って? 霧や蝙蝠に変化する『不定形なる体』は? 吸血した者を吸血鬼と化す『眷属増殖』は? アナタごときに使えるはずがない。ここで死ぬから以前に、人間族である限り絶対に不可能よ」
「血は不味いからな。吸血鬼職に就くのはゴメンだ」
「安心しなさい。最後にエミーラの血をたらふく味わえるからっ!」
周囲の血の幕から次々と突起が生じる。槍というよりも針のようなものでしかないが、数が多い。大きめのアイアン・メイデンと言ったところか。無数の針を四方八方から伸ばして俺を刺し殺すつもりだろう。
俺は天井のエミーラの目を見て、強く睨み付けた。エミーラは涼しい顔付きを続けている。
「それでは、さようなら」
エミーラは胸の前で手を広げてから、握り込む。それを合図に、上と横から数百の針が俺を突き刺した。
「――はっきりした。吸血魔王、お前の不滅の正体、分かったぞ」
……突き刺す寸前に、針はすべて停止した。