表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第八章 生きては帰さぬ地下迷宮
109/352

8-18 苦戦の理由を考える


「さあ、死んで!」


 己の血を操るのが得意だと思われるエミーラが、血の鎌を振るう。


「腐れアサシン。死ね!」


 妹に比べると芸のない兄エミールが、両手を交互に突き出してくる。妹の方が優れているなんて、兄として恥ずかしくないのだろうか。

さばき、きれ、ないッ?!」

「アサシン。お前、エクスペリオの『記憶封印』が続いているな! 動きがトロい。自慢の『魔王殺し』スキルはどうした? 同志、融合魔王と猿帝魔王をほふったように、俺を殺すんじゃないのか、ああッ?」

「そんな奴等、覚えているか!」

「殺した奴等の事さえ忘れている癖に、どうしてまた現れた。記憶を失っているのなら、野たれ死んでいた方が現実的だったはずだ。俺の手をわずらわせやがって、どれだけ嫌味な奴なんだ」

 俺に最もな事を言うエミールは背中を向けていく。一回転した時は、一回り小さな背丈のエミーラが顔を見せた。

 少女の赤い眼を凝視する。

 当然ながら、多様な武器を扱うエミーラの方が戦い辛い。優れた妹の赤い眼には、常に余裕が浮かんでいる。

「見苦しい仮面を見せないでっ」

 長剣で腹部を刺されてしまう。刺された瞬間から再生は始まるが、生傷はどんどん増えている。たまに内蔵や骨まで切断されているので、生傷レベルでは済まされないのであるが。そろそろ、血が足りなくなって再生できなくなる。

「苦しいんじゃないのか、腐れアサシン」

「兄に切り替わったのなら、まだどうにか……クソ、ならないか」

 致命傷を避け続けていたが、吸血魔王の方がスペックは上である。ついに、相手の手数に追い付かなくなった。

 緊急回避手段たる『暗影』を発動するなら今しかない。

 だが――。


「『暗影』発動!」

「馬鹿が。エクスペリオの目前で姿を消したのは知っている。二度も通じるものかッ」


 ――『暗影』スキルの使用とほぼ同時に、エミールは蝙蝠となって拡散していく。全方位へと飛び立った小さな蝙蝠は、十メートル四方の空間を満たした。

 『暗影』スキルの最大跳躍距離は七メートル。逃れ切れていない。

 エミールの背後、天井近くを指定して跳躍したのであるが、空中を選んだのも悪手であった。

 多数の蝙蝠のつぶらな眼が俺を視認する。

「そこだ!! アサシン」

 3Dプリンターで積層されていくかのごとく、赤い爪先から指、手、腕を優先してエミールは出現した。爪先は当然、心臓を貫くコースにある。


「召喚物、墓石。『グレイブ・ストライク』ッ」


 純日本的な長方形の墓石を眼前に召喚し、盾とした。

 それでも構わずエミールは爪を伸ばす。素手では破壊不可能なはずの硬い花崗かこう岩が、化物の手により砕かれる。多少は勢いが弱まっただろうが、止まる気配はない。

「心臓を握り潰す!」

「されてたまるかッ」

 墓石を召喚したのは盾とする以上に、空中に足場を生成するためだ。

 足底で墓石を蹴って赤い爪から逃れていく。バク転で心臓の位置もらせた。胸に五筋の傷が刻まれながらも回避に成功して、地上へと帰還を果たす。


「――炎上、炭化、火炎撃!」


 追撃を恐れて天井方向に火炎を放つ。運任せなのがむしろ良かったのだろう。見事、エミールに直撃して火達磨が地上に落下してくる。

 それでも、吸血鬼の丸焼きはでき上がらない。蝙蝠の燃えカスは残っていたので、顔を焼かれる前に分裂したのだろう。

「まったく、魔法まで使うなんて害虫みたいにしぶといわ……。まともに戦うのが馬鹿らしくなる」

 いつの間にか、エミーラが天井に立っていた。

 左右の手から血を垂らしているのに、床に落ちてはこない。その代わり、天井に落ちて血溜まりが広がっている。天井に十分広がった後、ようやく床目指して流れ落ちてきた。


「最初からこうしておけば良かった。わざわざ追いかけなくても、見える範囲を覆ってしまえば良いだけなのに」


 広範囲をカバーする血の牢獄。『暗影』ではもう逃げ出せそうにない。

 赤い風船を中から見回せば、目前の光景が広がっているのだろう。俺一人を囲むために随分と大量出血したものだと感心してしまう。


「吸血鬼のスキルだろうが、俺にもマネできるものなのか」

「愚か。実に愚か。血の操作はSランク吸血鬼にしか許されない。『ブラッディ・ロード』スキルを使えると思って? 霧や蝙蝠に変化する『不定形なる体』は? 吸血した者を吸血鬼と化す『眷属増殖』は? アナタごときに使えるはずがない。ここで死ぬから以前に、人間族である限り絶対に不可能よ」

「血は不味いからな。吸血鬼職に就くのはゴメンだ」

「安心しなさい。最後にエミーラの血をたらふく味わえるからっ!」


 周囲の血の幕から次々と突起が生じる。槍というよりも針のようなものでしかないが、数が多い。大きめのアイアン・メイデンと言ったところか。無数の針を四方八方から伸ばして俺を刺し殺すつもりだろう。

 俺は天井のエミーラの目を見て、強くにらみ付けた。エミーラは涼しい顔付きを続けている。

「それでは、さようなら」

 エミーラは胸の前で手を広げてから、握り込む。それを合図に、上と横から数百の針が俺を突き刺した。


「――はっきりした。吸血魔王、お前の不滅の正体、分かったぞ」


 ……突き刺す寸前に、針はすべて停止した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
 ◆コミックポルカ様にて連載中の「魔法少女を助けたい」 第一巻発売中!!◆  
 ◆画像クリックで移動できます◆ 
 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない  (絶賛、連載中!!)


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。