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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第八章 生きては帰さぬ地下迷宮
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8-16 対決、吸血魔王

お待たせしております。

「――血の甘い匂いだ」

 天井にぶら下がる金髪の男が、瞼を開いて赤い眼を見せる。

 吸血魔王の一翼、兄のエミールは浅い眠りから意識を覚醒させた。

「若い女の、血の臭いだ」

 エミールは決してなまけている訳ではない。人類圏への侵攻は忠実なる配下、リッチのゲオルグにきちんと任せてから眠っていた。

 軍隊の指揮能力で言えば、ゲオルグはエミールを上回る。何より、アンデッド軍団は配下とはいえ肉が腐り落ちている輩が多く、エミールが好みとしている美女は所属していない。やる気のない魔王が指揮するよりも、骸骨顔ゲオルグに仕事を任せた方が良いに決まっていた。


「それもエルフの血だ。鼻腔のくすぐり具合、新緑のような清涼さから分かる」


 蝙蝠こうもりの真似事をしていたエミールは地面に降り立つ。

 鼻を利かせて、血がただよう方向へと顔を向ける。エミールは興奮度合いを表すように牙をたぎらせた。

「冒険者共の生き残りか。こんな穴倉の奥底によくもまあ、そんなに俺に血を吸われたいか。体を差し出したいのか。はは、これは急がねば、また妹に嫉妬されてしまう」

 エミールにとって美女は好物だ。様々な意味で食い物にできる性別なので嫌いになれるはずがない。

 理不尽に整った顔付きが、パズルのように分かれていく。複雑な迷宮を蝙蝠に分裂して高速に突き進む。歩けば一時間の距離も、狭い道や通気口でショートカット可能なエミールにとってはあっと言う間だ。



 エミールは血の匂いの元に到達し、体を構成し直す。

 そこは広めのホールになっており、第九層にしては比較的明るい場所である。人間族でも目を凝らさなくても、戦闘の跡が壁や床に残されているのが分かるだろう。

 どうしてこんな戦場跡から血が漂っているのか。女を好物としてしか見ていないエミールはあまり深く考えない。

 とはいえ、ホール中央付近に女が二人いる事には、女好きのエミールは関心を示す。

「き、きたっ!? あの人が吸血魔王」

 一人目は、耳の形状から目的のエルフで間違いない。手の平を切って、少量の血を地面に垂らしている。

 目前のエルフはまだ大人になりきっておらず、肉付きが悪い。ただし、若いエルフというものはそれだけで稀少だ。臭みの少ない若々しい肉体に歯を突き立てれば、さらさらとした血が流れてくれるだろう。


「吸血魔王! 皆のかたきです。覚悟を! 巫女職スキル『神楽舞』」


 二人目は銀髪の女だ。エミールを強くにらんでいる。

 銀髪の女がエミールの目に適う美人だったので記憶を探る。見覚えがあるので誰かと思えば、数時間前に襲ったパーティの生き残りの女だ。妹のエミーラが血を吸っていたので、今頃はグールか『吸血鬼化』スキルの重症化で吸血鬼となり魔族こちら側の住民になっていると思っていたのに、みじめに人間族を続けていたらしい。

 銀髪の女は不気味な足使いでエルフの周囲を踊る。手には何も持っていないのに、扇子であおいでいるかのように手首を柔らかく旋回させている。

 儀式的な踊りだとは分かるが、それがどうしたとエミールは二人にせまった。

 ……と、肌が焼ける音が聞こえたため、エミールは足を止める。

「生意気にっ、結界か」

「『神楽舞』は神前の踊り。つまり、巫女たるこの私が踊るこの場は神の眼前に等しき神聖に満ちるのですから」


==========

“『神楽舞』、舞にて神を楽しませる者のスキル。


 所定の舞を行う事でどこでも聖域を指定可能となる。聖域の強度、完成度、持続性は舞の技術に比例する。初心者でも数十分舞い続ければ、ゴブリンを一分間は退ける事が可能”


“実績達成条件。

 巫女職のDランクとなる”

==========


「血で俺を誘っておいてこばむとは、ビッチと淑女、どちらか一つに定めてはどうかな、可愛い君達! 俺に遊ばれたいと思ったから呼び出したのだろう!」

 幼少の頃から鍛え上げたと分かる銀髪女の舞いは見事であり、聖属性に満ちていなければエミールも忌々しくは思わなかったに違いない。巫女職のDランクスキルのみで名の知れた魔王を踏み止ませた事から、リセリの舞が習い事の域にないのは証明されるだろう。

 ただし、好物を前にしたエミールを演舞のみで満足させるはずもない。堪え性なく、赤い爪で結界を切り裂く。魔王を拒むには、結界はもろ過ぎた。

「まるで、天蓋付きのベッドに押し入るようようだ。なるほど、力付くで奪われたいという女心か。分かったぞ」

 不可視の清涼感が霧散していく。地下迷宮の陰湿さが場に戻っていく。


「そんな訳あるはずないっ! 『鑑定モノクル』発動!」





 吸血魔王を階段下のホールに誘い込むのは存外楽であった。

 囮役に立候補したアイサが手の平を浅く切って血を流す。たったそれだけで吸血魔王は簡単に現れた。山でカブトムシを捕まえる方がまだ難しかっただろう。

 とはいえ、本番は誘い出してからである。吸血魔王の不滅の秘密を確かめる。そのために、アイサは危険覚悟で吸血魔王と対峙して、『鑑定』スキルを使おうと言いだしたのだ。

 護衛役を買って出たリセリが、一時的にとはいえ吸血魔王を停止させる事に成功する。その間にアイサが魔王を宝石色の眼で直視した。

 結果、『鑑定』に成功し――。


==========

 ●『永遠の比翼』吸血魔王

==========

“●レベル:???”


“ステータス詳細

 ●力:??? 守:??? 速:???

 ●魔:???/???

 ●運:???”


“スキル詳細

 ●???スキル『???』”


“職業詳細

 ●??(?ランク)”

===============


『そ、そんな!? パラメーターが隠れていて見えない!』

 ――吸血魔王の秘密は暴かれる事はなく、依然として正体不明・・・・の存在として俺達を窮地に立たせた。

「俺の顔にそんなに驚くなんて、初心だね、エルフ君!」

『ごめん、キョウチョウ。ナルシストで気色悪い魔王を凝視しているけれど、パラメーターもスキルも隠匿されてしまっている』

「誰がっ、気色悪いだ!」

 アイサとリセリの二人は補助スキルに恵まれている反面、前衛として戦える力に欠けている。エミールの攻撃を防ぐ手段はない。

 よって、救出役である俺が動く。アイサの背後から姿を現す。

 『暗躍』スキルにて隠れていた俺にエミールは反応し遅れた。獣のように構えた爪でがれる前に、ナイフで首の頚動脈を斬り裂く。

 アイサから借りたエルフの民族ナイフの斬れ味にエミールだけでなく俺も驚いた。事前にリセリの『浄化』スキルで刃を清めていたのも影響しているのだろう。

「なッ!? 気色悪いのは、いきなり現れた仮面の方だろうがっ」

 魔王相手でもダメージが通るのはありがたい。前衛職向きとは言えない俺でも真正面から戦える。

 血を失ってふら付くエミールの足を払って転ばしながら、後ろに向かって指示を飛ばす。

「アイサっ、本当に見えなかったのか?」

『僕のスキル自体は発動している。失敗していない。けど見えないよっ』

「……分かった。Bプランだ。撤退するから下がってくれ。リセリはアイサの護衛を頼む」

 羽ばたこうとするエミールの蝙蝠羽を攻撃して邪魔する。骨は固くて断てそうにないが、皮の部分ならば突いて貫通できる。

 ただ、相手は吸血鬼だ。回復能力は俺自身で体感済み。先程斬った首も、既に出血が止りつつあった。

『Bプラン、わ、分かった』

『皆の仇ですのに、キョウチョウさん、本当にBプランですか!』

「問題ない。俺に任せておけ」

 大言を口にした瞬間、左右から合計十本の赤い筋が迫る。エミールが反撃に出たのだ。

「鳥の仮面ッ、お前はお呼びじゃない。早く死ね。俺を待っている女がそこにい――」

「片手間に俺を殺そうとするな。『暗澹あんたん』発動」


==========

“『暗澹あんたん』、光も希望もない闇を発生させるスキル。


 スキル所持者を中心に半径五メートルの暗い空間を展開できる。

 空間の光の透過度は限りなく低く、遮音性も高い。

 空間内に入り込んだスキル所持者以外の生物は、『守』は五割減、『運』は十割減の補正を受ける。

 スキルの連続展開時間は最長で一分。使用後の待ち時間はスキル所持者の実力による。

 何もない海底の薄気味悪さを現世で再現した暗さ。アサシン以外には好まれない住居空間を提供する”


“実績達成条件。

アサシン職をBランクまで慣らす”

==========


 身から染み出る闇にて空間を満たす。

「どうだ、この闇。見覚えがあるだろう? 吸血魔王。アサシン職のスキルを扱う仮面の人間族なんて、そうそういないはずだ」

 透過度ゼロの暗澹空間は闇の住民でさえ視覚を奪われる。混乱して当然であるが、エミールは暗澹空間以上に、俺のささやき声に心を乱して爪の攻撃を外した。

 『守』が半減している内に、エミールの体を斬り刻む。足の腱、手首の動脈、羽の関節を狙ってえぐる。

「まさかッ、仮面こそ違うが……お前はあの時のアサシンだとっ」

「復讐の時間だ、エミール。お前が授けたバッドスキルの所為で、散々苦しんだ」

 ついでに、ダメージ狙いではなくただの腹いせでエミールの頬を一閃し、傷付ける。

「このッ、腐れ通り魔のアサシンがァッ!」


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