8-10 命乞いは叶うだろう
「あはっ、これがこの子のパラメーター。『速』は三桁、忍者なんていう聞いた事のない職業固有スキル。期待通りってところねぇ」
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●寄生魔王
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“●レベル:40”
“ステータス詳細
●力:41 守:21 速:165
●魔:20/1020
●運:0”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●忍者固有スキル『速・良成長』
●忍者固有スキル『暗視』
●忍者固有スキル『殺気遮断』
●忍者固有スキル『殺気察知』
●??固有スキル『魔・特成長』
●??固有スキル『耐物理』
●??固有スキル『呪文一節』
●魔王固有スキル『領土宣言』
●魔王固有スキル『低級モンスター掌握』
●実績達成ボーナススキル『投擲術』
●実績達成ボーナススキル『爆薬知識』
●実績達成ボーナススキル『憐れむ歌(強制)』”
“職業詳細
●魔王(Cランク)”
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スズナの体を弄り、寄生魔王は感度を確かめている。艶かしい仕草であるが、だらしなく口を半開きにして笑っているので色香はない。
「あら、右手と右脚が痛いわ」
「寄生魔王。そういえばその娘、グレーテルの石化を受けていました」
「酷いわ、メイズナー。ワタシの体を傷付けちゃって。痩せ我慢しているけれど、かなり痛いのよぉ」
寄生魔王はメイズナーを困らせて笑う。右手の包帯を取り去り、ずり剥けの手から滲む血を舐めて味を確かめていた。
「寄生魔王ッ、余の、余の従者を返せ!」
完全に弛緩している魔族に対して、果敢にもアニッシュは訴えた。
存在を忘れ去れていれば生存できたというのに、少年という年頃は無鉄砲で度し難い。勝算や交渉の余地があるのならば文句はないが、アニッシュにはもう何も残っていない。残りは命ぐらいなものだ。
「……ねぇ、メイズナー。ゴミが何か喋っているわ」
そのアニッシュの命は風前の灯であるが。
「スズナを、返せ!」
「…………死になさい」
寄生魔王は手品師のように一瞬で十字型の手裏剣を取り出すと、流れるように投じた。
頬に赤く線が走る。
手裏剣はアニッシュの頬を掠めた。
「あらぁ??」
寄生魔王は狙いが外れた事を不思議がる。アニッシュが生きている事はどうでも良かったが、眉間に刺さるはずだった手裏剣は狙いが二十センチほどズレて壁に刺さった。
寄生魔王に遅れて数秒、アニッシュは頬に流れる血から、己が死にかけた事実に気付き悲鳴を上げた。
「えっ、スズナッ?!」
「おかしいわ。まだ慣らしが足りないの、ねっ!」
言葉の言い終わりと共に二つ目の手裏剣が投じられた。
手裏剣は再び逸れていき、アニッシュの頬に二筋の傷が出来上がる。
「よすのだ。よしてくれッ」
「『投擲術』スキルを使っているのに不思議だわ。ほら、ほらほら」
手裏剣は面白いように逸れてしまう。アニッシュはそのお陰で何度も命を失わずに済んでいるのだが、現状は甚振られているに等しい。本人は何度も怖い思いをしているのでありがたくはないだろう。
とうとう手裏剣の在庫がなくなり、寄生魔王はアニッシュを殺しそびれた。
「うーん。正確に手元が狂っちゃうわ。寄生したばかりだから、素体の意志が働いているのかしら?」
アニッシュは頭を抱え込んで震えている。中身は違うとはいえ、スズナに笑いながら殺されかけているのだ。
「もう、もう止めてくれ」
「あぁ、分かった。この素体、見分不相応にも王族に恋していたんだわ。それは殺したくないわよねぇ」
「お願いだ。スズナを解放してくれ」
サディスティックな性格を笑顔で表現している寄生魔王は、当然、アニッシュの懇願を無視する。
寄生魔王はアニッシュに近づいて、腹を鋭く蹴り上げた。殺さない程度に手加減しておけばあまり狙いは外れない。
「駄目ね。人間族の王族なら分からない? 王の前での虚偽は刎頚ものよ。もっと本心で語らないと」
「スズナを――うがッ」
「魔王に対しては本心を語ってみなさい」
「あだっ、痛い。痛いっ」
「この素体となった子を助けたい? そんなはずはないでしょう? ほら、ほら!」
「痛い。止めて、くれッ。スズぐふぇ」
「まだ、まだ?」
金属の拉げる音。
肋骨がひび割れる音。
アニッシュの苦悶。
――それらを笑う魔王の声のみが迷宮内に響く。
「痛い。スず、痛い。ス、痛い。す、痛い。痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
「さあ、聞かせて?」
「た、助けてくれ。余を、余を殺さないでッ、くれ!」
アニッシュはとうとう懇願してしまう。従者の救済ではなく、己の救済を口にしてしまった。
胴の防具が割れて、金属が腹に食い込むまで我慢したのだ。吐血するまで暴行に耐えたのだ。誰もが仕方がないとアニッシュを同情してくれるだろう。が、アニッシュは今、本気で自分を殺したくなってしまった。
言葉とは呪いだ。
形もない癖に、平気で人間の精神を縛り付ける。しかも後から訂正できない。
アニッシュは、我が身可愛らしさにスズナを見捨てたのだ。
「良いわ。今日は素晴らしい日だから、ワタシは、助けてあげる! あはっ」
寄生魔王は残酷にもアニッシュの願いを聞き入れた。本当に今日を楽しんでいる事を知らしめるために気色悪く笑う。
「この体を完全に慣らさないと駄目だと分かったから、今日はもう帰るわぁ。だから、アニッシュ、貴方はこの魔王から生還できたのよ。嬉しいでしょう。一緒に笑いましょうよ」
寄生魔王は本当にアニッシュから離れていく。一人で迷宮の暗闇に去っていこうとしていた。
魔王連合がこれまでにない狡猾な魔王集団とはいえ、少年一人ぐらいなら見逃す迂闊さという名の温情は残っているようだ。
「さぁ、メイズナー。後はお願いね」
アニッシュはまた死にたくなる程に後悔した。寄生魔王の発言に「えっ」と反応してしまったのだ。
「お任せを。この人間族は私が処理します」
巨大なミノタウロスは冷たい牛の視線でアニッシュを見下ろした。斧を特別な感情なく振り上げる。
アニッシュは混乱の最中だ。恥を晒して命乞いをしたというのに、何故殺されなければならないのか。寄生魔王は魔族だから、平気で約束を破るというのか。
……いや、違う。
「ワタシは見逃してあげるから、メイズナーに殺されなさい」
魔族は本当に狡猾だ。約束を決して破らないのに人間を絶望させる。
メイズナーの巨大斧が振られて、激震がまた地下迷宮の一部を破壊した。
それでもアニッシュは、まだ生きていた。まだ逃げていた。魔族の狡猾さに頭が冷え込んだお陰で、冷静に逃走を開始できたからだろう。
メイズナーでは入り込めそうにない小道を選び、滑り込む。一度転んで、また走り出す。
「うっ、っぐ。うぅぅ」
その後の逃走ルートは『運』任せだ。視界は滑ったい涙で水没して何も見えない。