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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第八章 生きては帰さぬ地下迷宮
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8-9 孤独な王子様

「スズ、ナ。離せ、戻るのだ」

 階段を上るスズナ。彼女にかつがれるアニッシュの呂律ろれつが回るようになっていた。痺れ薬が薄れ、手足も赤ん坊と同程度の力ならば出せるようになっている。

 まあ、アニッシュが万全であったとしてもスズナに対抗するのは困難なのだが。

 奴隷を見捨てる事により生還を果たしたアニッシュとスズナの両名。特別、誰かから非難される行いではないが、アニッシュは良心を痛めてしまっている。

「若様はナキナ国にとって大事な方です。絶対に連れて帰ります」

「命に、差はない。余の、正義に、反する」

「若様の所為ではありません。私が恨みを背負います」

「上に立つ、者。責任は余に」

「若様はっ。この私のためにも、生きていて欲しいのです」

 耐えられず、スズナは大きな声で心情を吐露とろした。

 これは、主に忠実たる忍者職としては失格だった。忍ぶ者として書いて忍者。個人的な感情を無暗に明かすものではない。アニッシュを痺れさせる際に行った接吻キスも、不意打ちを成功させるため以上の意味を持たせてはならないのである。

 そんなスズナの恋心に返事をできないから、アニッシュは困ってしまっている。何も言葉を発生られない。



 そうしてしばらく無言が続き、第八層が近づく頃。

 外套姿の人物が急いで階段を下っていた。

「そこの、者! 下は危ない」

 アニッシュの制止は無視された。スズナも他人に構うつもりは毛頭なく、外套の人物は第九層へと去っていく。

 自分達が生き残る事のみに執着し、二人はようやく第八層に辿り着く。

 第八層で待っていたのは、第九層よりは若干明るい迷宮区の構造。目新しさはない。

「到着しましたよ、若様」

 そして、二人が出てくるのを歓迎するように階段入口にかかる巨大な影。

 左右に伸びた牛の角と、擦れて鳴る金属の鼻輪。

 無慈悲に振り下ろされる巨大斧。

 スズナが『速』に優れる忍者職でなければ、アニッシュの体格が平均を下回っていなければ、階段入口ごと粉砕されていたのは間違いない。

 爆音と振動が混じり合った。第九層へと続く階段は巨大なブロック片に埋もれた。とても、人間の手では掘りだせない。階段の使用は以降不可能だ。

 二人はギリギリであったが生還し、床を滑って壁に体を衝突させていた。

 床上から見上げた先には巨大なミノタウロス、迷宮魔王の忠臣、三騎士のメイズナーが斧を振り下ろした格好のまま、二人に視線を送っている。

「穴から逃げ出る。まるでねずみのような人間族だ」

「メイズナー、よくもこんな場所まで!」

 スズナは即座に体勢を立て直し、メイズナーを威嚇いかくする。反応は悪くないように思われるが……敵はメイズナー一体ではない。


「あはっ。見ぃーつけたーぁ」


 メイズナーの背後より、腰に両手を回した仕草で女が顔を出す。

 正確には、大きく肥大化した頭をのぞかせる。

「メイズナーに付いてきて良かった。広い迷宮でこうして出遭えるなんて、それってもう運命だと思って諦観してもらうしかないわぁ」

「何者だ。そこの魔族!」

「以前、眷属がお世話になりました。ワタシは『毒頭ポイズン・ヘッド』寄生魔王」

 スズナは凍り付く。

 第九層に現れた魔王から一生懸命逃げ出したというのに、逃げた先にも魔王が現れた。これでは、何のために奴隷を捨て駒にしたのか分からなくなる。噛み締めた口の端から流れる血は、屈辱の味だ。

 寄生魔王はメイズナーの背後から前に歩み出る。

 頭は分類の難しい何かで肥大化しており、後頭部が特に大きくなっている。迫り出した皮膚色のものが顔の上半分、鼻までを隠していた。注視すれば、肥大化の正体が巨大なダニ虫であると分かる。

 寄生魔法の体付きそのものは飢餓状態にある女性だ。寄生後、宿主に対してあまり食事を行わせていないのだろう。

「眷属が良い子を見つけていたのよぉ。若く、将来有望な子」

「まさか、若様を狙っているのか。寄生などさせない!」

「……? 何言っているの?? そこで大事にかばわれているゴミなんて興味ないわ」

 寄生魔王の口ぶりから、誰かを探していると知れた。が、スズナに思い当たる人物はいない。

 まさかという思いでアニッシュを後方に押しやって守るが、寄生魔王はまだ痺れている少年を鼻で笑うのみ。

「勇者候補であった帝国の王子を、お前の眷属が寄生していたではないか!」

「あはっ、知らないんだぁ。今更、勇者候補になんて価値はないのに、可哀想な人類」

「どういう意味だ!」

 人間が落胆する表情を純粋に見たい。寄生魔王はそういった善意でスズナに最新情報を教える。メイズナーの腰に手を伸ばして、硬い牛皮をでる。


「つい少し前に勇者は誕生したのよ。だから、勇者候補にもう意味はないの。人類に貢献しそこねて意味消失したノロマなんて、ゴミと同じよ」


 アニッシュは痺れていながらビクリと体を震わせる。

「余は……そんな……」

「勇者職は不滅だ。今代では後れを取ったかもしれないが、若様ならば次に期待を――」

 そんなアニッシュを労わるようにスズナは即反論するが、寄生魔王は許さない。


「って感じに勇者って魔族にとって面倒臭い相手だから、このメイズナーが捕まえちゃった」


「――ハッ?! お前達ッ、まさかっ」

「安心して、命までは取ってないから。可能な限り長く生かしておくから。勇者が生きている限り世代交代が起きなくて大変だと思うわ。けれども、人類全体の危機と、大切な人の命を見比べては駄目よ。あはっ」

 勇者になるという希望を胸に、地下奥深くに潜ったアニッシュ。

 少年は第九層にて、大切な従者を失った代償に、王族として国を救う夢を失う事ができた。アニッシュは苦しいかもしれないが、そんな苦しみも現実の一部なのだ。

 ……いや、まだアニッシュは完全に絶望していない。まだアニッシュの状況は現実的とは言えない。

「さあて、ゴミなんてどうでも良いから、そろそろ目的を果たしましょうか」

 寄生魔法は両手を広げた無防備な恰好で、一歩ずつ前に歩き出す。

「若様を愚弄ぐろうするなッ」

 脆弱なる人間族が唯一魔王に勝つ方法は、魔王の慢心。心の隙を突いて、力を発揮するよりも早く討伐する。

 スズナは地面を蹴った。アニッシュを守りたいという心と寄生魔法に対する怒りを、ロスなく瞬発力に置換した。しむべきは、それでもグウマのトップスピードには届かない脚力だろう。

 それでも、気合の乗った抜刀が目にも止まらなぬ速度で一閃される。

 スズナは腰に装備していた刀にて、横一文字に寄生魔王を斬った。狙いは正確に、頭部に巣くう巨大な寄生ダニ。寄生された女性の胴や首を断っても意味はない。

 巨大な寄生ダニは綺麗に輪切りされた。奇声を上げるダニは、体に対して短過ぎる手足を動かしながらもどうもできずに分断される。上半分は地面に落下し、断面から白い体液が吹き上げた。

「どうだ、寄生魔王!」

 スズナは勝った。魔王を前にしても怖気ずにモンスターを倒したのである。


==========

“●人類寄生ダニを一体討伐しました。経験値を一入手しました”

==========


「――長く飼っていたペットを殺すなんて、酷いわ」

「なッ、寄生魔王!?」

「おバカさん。どうして人間族は本体を狙わず、眷属ばかり攻撃するのかしらぁ? ワタシは一言も、ワタシはダニだと言った記憶はないのだけれどぉ」

 手足が無秩序に動いているダニの死骸を頭に乗せた女性が、刀で斬れる距離まで近づいていたスズナの耳元でささやく。


「本当におバカさん。ワタシは、最初から、貴方が欲しかったのよぁ? 鍛えられたパラメーターも悪くない。何より若い女。素体としては素敵よ」


 スズナの後退は間に合わない。魔王を斬ろうと踏み込んでいたのだ。後退は考えられていない。

「じゃあねぇ。その体、大切に使わせてもらうからぁ――――」

 寄生魔王はスズナにだけ聞こえる声量で何かを伝えた。

 直後、寄生魔王が元々寄生していた痩せた女性は床に倒れる。心臓は既に止まっている。

 続いて、スズナは見開いていた目をゆっくりと閉じていく。目元に影が差すぐらいまで顔をせる。


「…………あはっ」


 無事、スズナは寄生魔王と化して、気色悪く笑みをつぶいた。

 新寄生魔王の後方数メートル。アニッシュは最後の従者を失う光景を、呆然と見ている事しかできなかった。

 アニッシュは、一人になってしまった。


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