第60話 ヴァシリーサという女

 サルベージで見つけたフネカリと廃船はミシュンプライム持ってかれた。口止め料なのか、100万プニを傭兵ギルドから提示され受け取った。納得はまったくしていない。


 こちとら、吹けば飛ぶような零細傭兵業なのだ、社長1名従業員という名の愛人4名みたいな経営状態である。惑星国家や星系を跨いでいる組合に噛みついたところで口が小さくて噛みつくことすら出来ないだろう。


 本気で噛みつくならそれこそ駆逐艦クラスの戦闘力、傭兵ランクももっと上を目指す必要があるだろう。


 だから現状は満足するしかない。それが嫌だともう本当に戦争になっちゃうから駄目です。多分ザーダールコロニーの戦力ぐらいならトルティーヤダブルで吹っ飛ばせる気がするけどそういう問題じゃない。


 そういえばミシュンプライムの全長100mを超えるフリゲートを1隻落としたけど、ミシュンプライムの防衛って大丈夫なのかな?駆逐艦とか持っているのだろうか。まぁいいや、いっぱいお金貰ってたからそこから補填すんだろ。


 で、そんなちょっと鬱屈した状態で出会ったのが蛸人なるヴァシリーサで、いきなり雇ってくれときた。


「あれ?話通ってない?」

「誰からも来てないが……アイリス?」

「雇われたいという打診は受けております、奥様方も御主人様が良いなら承認する状態です」

「アイリス??」


 とりあえず、傭兵ギルド近くの喫茶店的な場所にて仕切り直しさせてもらうことにした。


▽▽▽


 俺達が入った喫茶店は細長い作りだった。窓側には向かい合った席が4つ並んでいて、壁側はバーカウンターのようになっている場所だった、いわゆるダイナーが一番近い作りだろうか。


「とりあえず座るか……カウンター席のほうがいいか?そんでもって何を飲む?あぁ、飲み食いはこっち持ちで」

「これぐらいなら足は入るから大丈夫さ。うーん、レモンティーかな、アイスで…………」

「お、レモンティーあるんだ。じゃ俺も、アイリスはどうする?」

「では、私も。レモンティー3つ、後はこのナッツワッフルも3つお願いします」


 エプロンをつけた人好きのしそうなウォーカーのおじさんマスターがコクンと頷き、液体フードプリンターにステータスを入力し始めた。


 ナッツワッフルに関してはヴァシリーサの視線が寄っていたものだ、彼女は目礼をしつつもその真っ白な肌は少々紅潮していた。


「さて……改めて自己紹介かな、トルティーヤダブルというドン亀の中型戦闘艦を飛ばしているグラスランド1等級のゲンマだ、多分ザーダールコロニーの傭兵ギルドからは厄介者って認識になりつつあると思われる」

「ヴァシリーサ、36歳で女。見ての通り蛸人でタウン1等級、普段はアーマーを借りての仕事が多いかな、あとは薬剤師の真似事をしてる」


 手に職持ってるじゃん、俺のとこで乗ろうとする理由がわからん。


「レモンティー3つ、ナッツワッフル3つお待ちどう、ごゆっくり~」

「とりあえず軽く腹に入れようか」


 まずはレモンティー、可もなく不可もない罪の無い味だ。ナッツワッフルは……いつの間にかアイリスが切り分けていて、切り分けた一つにフォークを刺し、俺の口元へと運んでくる。


 もちろん普段はこんなことしていないし、アイリスは茶目っ気のある顔で軽く微笑みながらこちらを見ている。本当に顔が良いからドキッとするなんてもんじゃない。


 この機械知性は結構こういった悪戯めいたことをしてくる。


 大人しく差し出されたワッフルに食いつくと結構美味しい。パリッとした焼けた小麦の味、カリカリに仕上がった四角形のナッツは風味にクセが無くてただただ香ばしい。そこになんらかの花を思わせる甘い香りのあるシロップが絡んで良い。


 ナッツのカリカリ感がクルトンを思わせる感じのカリカリ感なのは御愛嬌だろう、フードプリンター製なので。


「もしかしていつもそんな感じなのかい?」

「そんなわけないだろ、たまにあるアイリスの悪戯心だ」

「お望みなら毎回やらせていただきます」


 グッと手を握ってやる気を出している執事のアイリスは置いといて、確認事項を潰していこうか。


「薬剤師なら傭兵の宇宙船に乗る必要が無いように思えるんだが、どうして俺の船に乗ろうと?」

「あぁ、ちょっと勘違いさせたかな、真似事なんだよ。資格は持ってないモグリさ。素材を露店で買って、電気コンロと手鍋で調合して、それを露店でぼーっと売る、そんな感じだ。正確には薬剤師志望ってところかな」


 あぁー……そういう感じ。ザーダールコロニーにフリーマーケットのような物があるという話は噂程度だが知っている。基本的に用が無いから行っていない。


「実際に何を作って売ってるんだ?」

「メインは避妊薬かなー、あとはそういう潤滑剤に洗浄剤、初級ポーションなんかも作って売ってるが──」


 ちょいちょいとタコ足をテーブルの上に出してこちらに顔を寄せるよう要求してきたので近づけて見ると。


「密造酒や媚薬なんかも扱ってる」

「なるほどね、酒は面白い」


 この宇宙時代の酒事情だが、基本的にフードプリンターで粉末アルコールと様々な液体を調合して作るのが普通だ。アルコールが粉末になってるのはもう未来って感じで凄いと思う。


 1回だけサラーサが粉末アルコールを舐めながらおつまみを食べてるのを見つけて厳重注意したのは悪い思い出。真似していたスズリがベロンベロンになっていてメディポッドに放り込む羽目になった。


「これは一般的な話になるんだけど、普通のコロニー住まいの人間が酒を作りたいって思ったらどうやるんだろうな」

「まぁ、定番は安価な糖蜜に水を加えて、乾燥酵母と香料なんかを入れて発酵さ!ただ、酒税ってやつを払わないと捕まるけどな!やっぱさ、フードプリンターの酒ってかぷかぷイケるんだが微妙に物足りないんだよな!」


 彼女、サラーサと組み合わさったら危ない気がしてきた。


「うちの船に乗ったとして、その辺の薬剤ってどういう扱いになるんだろうな?他人に販売していいものなのか?」

「一応、どれも簡単な審査で販売が可能ですね」

「マ?潤滑剤はわかるが避妊薬も?」

「連盟基準の避妊薬ですよね?」

「あァ、いわゆる患部に注入して使うタイプな」

「で、あるならば、簡易鑑定の魔道具による審査は必要ですが、連盟基準では販売に資格を必要としておりません、星系国家ごとの基準はございますが、概ね連盟の基準に追従しています」


 そういった薬品の類は稀に使うことはあるが──俺は基本的にコンドームを使っている──資格を必要としていないものというのは驚いた。いや、地球に居た頃ももしかしたら資格はいらんのかもだけど。


「それとサラーサからいけるって話貰ってんだけど、私室の他に調合用の部屋を用意して貰えるかもって話、どうかな?」


 確かに空き部屋はある。私室として使っているところと、エレベーター右舷側にも空き部屋がある。右舷側は簡易メディポッドと薬品を置いとく部屋、サラーサを突っ込むようの大きな簡易メディポッド部屋の二つを使ってて、確かにちょうどいいけど。


「趣味として一部屋渡すのはちょっと難しくないかな、それとも貨物室を想定してるのか?アイリス、そこんところは?」

「お察しのようにリビングの部屋を想定しております」

「いや、ちゃんと仕事として還元するよ、アタシ、モグリじゃなくてちゃんとした薬剤師になりたいんだ」

「ちゃんとした薬剤師になりたいなら、尚更個人の傭兵の戦闘艦に潜り込もうとしてるのがわからんな」

「単純に個人の限界を感じてのことでさ、そもそも色々と就職活動はしてんだよ?ただこれがね」


 そう言って彼女の可愛らしい茶褐色のタコ足がテーブルの上に出てくる。


「邪魔って言われるんだよね、酷いよなァ?」

「サラーサと同じ問題かぁ……」

「そういうことさ、下半身がちょっと大きいだけでまったく就職活動がまったく上手くいかないんだよ」


 まぁ、うん。現に今もこの店に入るの間違えたなって思ってるぐらいには狭そうだ。


「ヴァシリーサ様からは薬剤師としての勉強をしつつ、初級ポーションなどの生産、販売等をしたいという考えと、魔法のコーチングも出来るということで奥様方とは話がまとまっています」

「魔法、そういやスライムのコアを直接狙ってたっけ」

「独学だけどね、一応これでも他の傭兵に対して家庭教師みたいなことはしてんのさ、使える魔法は中級雷魔術だよ」


 そういってタコ足を顔の横まであげると、パチチッと青い光が瞬いた。おぉ~!お?見たことあるなこれ。


「アーマーに乗ってるときもそうなんだけど、外部モニターで乗り物の外に対して魔法が撃てるのさ、だからトルティーヤダブルがアーマーに取り付かれた時の防衛兵器としてアタシは使えるよ」

「この間、宙間が何度か青く瞬いて、小型戦闘ドローン1機落ちてたな、あれはヴァシリーサの仕業か?」

「そ、図らずもデモンストレーションになったと思ったけどさ、これだけでもアタシを雇う価値があるとは思わないか?」

「確かにな……」


 トルティーヤダブルの接近戦における課題は大きい。小型戦闘ドローンも高速で飛んでいたというのに落とせるとなると確かにな……。


「良いね、悪くない。衣食住はこっちで保証する、調合室の用意のほうも後で詳しく話そうか、そうなると後は給料の話になるんだが……」

「その……奥さん方と同じ待遇を希望する」


 あぁ、最近は週一で500プニ大きい収入があったらボーナス……何?なんか瓶をテーブルの上に出してきたんだけど。これ何?


「これが避妊薬、こっちは媚薬……その、今晩よろしくお願いします……」


 その真っ白な顔とタコ足は真っ赤に染まっていた。永久就職は条件次第って言ってなかったかなあ!



───

※粉末アルコールもとい粉末酒は現代にあります。ありました。びっくりした。

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