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18・初めての想い


「美味しかったわ」


シューゴはチエルの笑顔にホッとする。


チエルがお茶を淹れ直す間にコンロや鍋をサッと【収納】に片付けた。


「あら?、コンロや鍋はどこにー」


「すごいでしょ」


不思議がるチエルにシューゴは『収集屋』の早業だと誤魔化した。


そして、今日は気張った服を着ていたシューゴは楽な服に着替えて寝る用意を始める。


「そろそろ寝るよ」

 

チエルの体に緊張が走った。




 シューゴは、いつも通り床に厚手の毛布を敷いて寝転ぶ。


「何をしてるの?」


「あ、僕のことは気にしないで。 君は普通にベッドで寝てていいよ」


「え?」


チエルは戸惑う。


「朝まで君の時間を僕が買った。 だから、僕も君も好きにしていいんだよ」


「それは、私にあなたの相手をしなくてよいということ?」


シューゴは頷く。


「うん。 そのつもりで時間を買ったんだ」


チエルは椅子を降り、怒った顔でシューゴの目の前に座った。


「それは駄目よ、シューゴ」


「なんで?」


シューゴは体を起こしてチエルと向き合うが、視線はどこを見て良いか分からず、キョロキョロと彷徨う。




「ここは私の仕事場なの。 あなたは私に仕事をさせない気?」


チエルが傷付いた顔をしている。


シューゴは訳が分からず目を逸らしたまま答えた。


「ここの仕事は嫌なのかと」


「だから何?。 どんなに嫌なことだって家族のために、お金を稼ぐために、仕事はしなければならないわ。 当たり前じゃない!」


チエルの言葉は正論だ。


シューゴは彼女の仕事を否定したのだと気付き、恥ずかしくなって俯く。


自分が嫌だから、出来るだけ彼女に客を取らせたくなかったのかも知れない。


なんて自分勝手だったのかと気付いた。


 しょんぼりしたシューゴを見て、チエルは言い過ぎたと反省する。


「とにかく、床に寝るのはやめて」


「はい」

 

チエルはシューゴを立たせ、ベッドで寝るように言った。




 迷いながらシューゴはベッドの端に腰掛ける。


ここがどういう場所かはシューゴも分かっているが、まだ覚悟は出来ていなかった。


金さえ払えば好きに出来る。


ならば、しないという選択も出来ると思っていたが、それは思い違いだったようだ。


「じゃあ、何もしなくても一緒に寝てくれる?」


シューゴは上目遣いでチエルを見た。


子供のようなシューゴのお願いにチエルは驚き、苦笑する。


そんなことを言っても、男は必ず手を出してくることぐらい分かっていた。


「いいわよ」


チエルにはとっくに覚悟は出来ている。


避妊薬は服用済みだ。




 シューゴはベッドの窓側に横になる。


窓から入る明かりが目に入った。


チエルは廊下側からベッドに入り、顔は扉のほうを向いている。


お互いに背中合わせの状態だ。


「シューゴ。 あなた、どうしてこんな所に来たのよ」


女性と寝ることが目的ではないなら、何故来たのか。


「……分からない」


ぼそりと呟く声がした。




 チエルが明かりを消すと、シューゴは身動き一つせず、ただ窓の妖しい光を見ている。


まるで現実的ではない、幻想的な夢の中にいるようだとシューゴは思った。


この街に来てから、誰かがこんなに傍にいるのは【テント】内のリーくらいである。


まして女性など、シューゴの人生では母親でさえあまり記憶にない。


「お母さん、亡くなったの?」


チエルは失礼なことを訊いたのかと心配になる。


「いや。 田舎で元気にしてると思う、たぶん」


「そう」


シューゴの中で母に関する思い出は、子供が何をしても無表情な顔だけだった。




 横になったまま、シューゴはボソボソと話す。


「何故か分からないけど……僕は君に会いたかった」


空き地で見たのは、優しい声と表情で幼い弟妹を呼ぶ若い女性。


それはシューゴにとって理想的な家族の姿に見えた。


あんな風に自分も呼んでほしかった、見てもらいたかったんだと、今頃になって思う。


「君に優しくされたかったのかもな。 君の弟たちみたいに……」


シューゴの呟きが、スゥと寝息に変わっていった。




 チエルはゆっくりと身体をシューゴのほうに向ける。


背の高いシューゴが小さく体を丸めるようにして眠っている。


「本当に小さな子供みたい」


チエルは、そっとシューゴの丸まった背中に体を沿わせる。


暖かい体温と草の匂いがした。




 チエルが目を覚ましたのは、すっかり明るくなってからだった。


「え!」


慌てて飛び起きるがすでにシューゴの姿はない。


服の乱れもなく、眠った時と全く変わらない。


チエルは手早く着替えると恐る恐る一階の支配人の部屋に向かった。


「おはようございます」


消え入るような小さな声で挨拶をする。


「おや、チエル。 おはよう。 昨夜はご苦労さん。 皆、まだ寝てるよ。 君も今日はゆっくり休んで構わないからね」


「あ、はい」


いつもなら使用人たちが動き出す時間だが、今日は娼婦たちをゆっくり休ませるため静かにさせている。


「チエル、あの男は金払いがいい。 逃すなよ」


支配人のコロクが上機嫌で囁いた。


「……はい」


しかしチエルは、昨日は一日中緊張していたせいか、朝までぐっすり寝てしまった。


結局、夕べは何もしていない。


おとなしいシューゴと一緒に食事をして、弟妹の話をして、添い寝をしただけである。


チエルは申し訳なくなり、なるべく静かに下働きの仕事を始めた。



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