第3回なぜ税は嫌われるのか 負担減を競い合う政治が語るべきことは

論説委員・五郎丸健一

 税金や社会保険料への忌避感が世の中で強まっている。政治家たちも「負担減」や「手取り増」を競い合い、来月の参院選は消費税など減税の是非を問う場にもなりそうだ。「嫌税」の状況が生まれた背景に何があるのか。見落とされていることはないか。税と社会保障に詳しい経済学者の諸富徹さんに聞いた。

 ――いま、なぜ税金がこうも嫌われるのでしょうか。

 「物価上昇で低・中所得層に生活苦が広がっていることが大きいと思います。3年ほど前から賃上げが進んでいますが、物価に追いつかず、実質所得はむしろ下がっている。第2次安倍政権では消費税の増税が2回ありました。社会保険料はその前から上がり続けています。そこにインフレが重なった。ただ、これは直接の原因にすぎません」

 ――どういうことですか。

 「根本の問題は日本の産業競争力が低下し、1990年代以降、賃金水準が横ばいだったことです。企業は利益確保のため賃金コストを抑えようとしました。非正規雇用は約4割に拡大、経済格差も広がりました。昨年の衆院選では国民民主党が『103万円の壁』として所得税の減税を訴え、躍進しました。本来、賃上げの不十分さを問題提起すべきなのに、いくつもの政党が税負担ばかりに焦点を当てたのはミスリードでした。財務省を敵視し、経済・雇用の複雑な問題から目をそらしても、問題解決になりません」

 ――なぜそうなりましたか。

 「賃上げは民間企業のことなので、政策でどうするかはなかなか難しい。一方、税制は国会が決められるので、政党が取り上げやすいというのはあったと思います」

 ――でも特に若い人の中では、負担増への反発と減税への支持が広がっています。

 「世論調査を見ると、若年層に不満が強いのは確かです。以前なら団結して賃上げを要求するところですが、今の若者は分断されています。ネット情報の影響、小さい政府や自己責任論の浸透も関係があるでしょう。ただ、それだけでは説明できない気がします」

 ――他には何が?

 「自分たちの世代への投資が圧倒的に少ない、という不満です。昨年の東京都知事選で石丸伸二氏が若者の支持を得た現象に興味がわき調べてみたのですが、彼は学校教育への投資を訴えていたのです。教員不足や学校施設の貧弱さなど、教育現場は全国的に厳しい状況にある。それを間近で見てきた今の若い人たちは、自分たちが大切にされていないと感じ、石丸氏を自分たちの代弁者とみたのではないでしょうか」

 「負担ばかりさせられ、恩恵を実感できず、割に合わないという感覚もあるでしょう。もちろん、負担は公的なサービスを受けるための対価ですが、特に社会保険料では現役世代は負担が先行するので、どうしても重く感じられる。人口が減り、多くの高齢者を少ない若者が支える構図も負担感を増幅します」

 ――最近は政府も子育て支援の給付を増やしています。

 「それでも社会保障の支出は依然、大半が高齢者向けとなっている点が、日本のきわだった特徴です。若い人のために、財政資源を教育や子育て、就労支援などにもっと投じることこそが、彼らの不満や不安に応える道だと思います」

「五公五民」という声の背景にあるもの

 ――ネット上では税・社会保障の国民負担率(国民所得に占める割合)が5割近いことを年貢になぞらえ、「五公五民」と批判する声もあります。

 「いい言い方とは思いませんが、言い得て妙というか、ある種の実態を表しています。江戸時代の農民のように、お上に搾り取られるばかりだと受け止められている。本来は負担とセットであるはずの受益を実感できず、納税者の権利や、税のあり方を決めるプロセスへの参加の感覚を持てない。ここに大きな問題があります」

 ――権利と参加ですか。

 「そもそも近代国家の税とは、国民が自分たちではできない公的サービスを政府に委託し、やってもらうために払うものです。欧米では市民革命を通して、納税者は税の集め方と使い方を決める権利を持つという原理が確立されていきました。一方、日本はその経験がないまま明治時代を迎えた。大日本帝国憲法で納税は臣民の義務とされ、財政民主主義、つまり税負担と権利・参加の関係をめぐる議論は深まりませんでした」

 ――日本国憲法で国民は主権者となり、選挙で政権を選ぶ営みを重ねてきました。税をめぐる意識も変わったのでは。

 「確かに消費税の導入や増税への反発で、内閣がいくつも倒れたことがありました。ただ、目の前の増税にとりあえず反対という形にとどまり、財政支出や負担のあり方、あるべき国家の姿を考え、代わりのビジョンを示すものにはならなかった。今も負担面ばかりが注目され、成熟した権利や参加の意識は根づいていないと思えます」

 ――最近、財政再建の話は評判がよくありません。重視する人はネット上などで「増税派」と非難され、「財務省解体デモ」も話題になりました。どう見ますか。

 「声をあげる人がすべてではないにしても、国民生活が苦しいのに政府は放っておくのか、財政再建はそれほど大事なことか、という不信や疑問を持つ人がたくさんいると考えた方がいい。MMT(現代貨幣理論。自国通貨建ての国債を発行できる国は、インフレが進まない限り赤字を気にせず財政拡大できるとの主張が柱)が一時はやった影響で、国の借金は怖くない、どんどん減税すればいい、という主張が力を得ました。インフレで見かけ上、税収が増え、財政が好転しているように見えることも、こうした声を後押ししています」

 「現実には、国債を無限に発行し財政拡大の恩恵だけを享受する万能薬はありません。日本銀行が国債買い入れを減らす中、長期金利の急上昇という副作用が起きている。これを抑えるため国債購入を再拡大すれば、円安を通じてインフレが加速しかねない。このことを専門家は説かねばなりません。一方で、それを言うだけでは疑問に正面から答えたことにならないとも感じます」

 ――何が必要ですか。

 「今の現象や不満を、政府や政治家、研究者たちが真剣に受け止め、改革を進めることです。具体的には、産業構造の転換や生産性向上を通じて、企業が持続的に賃上げを進められる環境を整える。そして、財政資源の配分を見直して若い人への投資を増やし、非正規労働者の待遇も改善する。これらは経済や産業、雇用のあり方に踏み込む難問ですが、放っておけば社会の分断が進み、民主社会の基盤が揺らぐと危惧しています」

 ――減税を求める理由として、税の無駄遣いが多い、という声もよく耳にします。

 「この問題は実は難しい。かつて民主党政権が、無駄がたくさんあるはずと言って『事業仕分け』をしましたが、期待したほどの金額は出てこず、公約した政策の財源をまかなえませんでした。最近は米国でイーロン・マスク氏が切り込みましたが、混乱を引き起こしました。何が無駄かは人によって異なり、実際に政府の中に入って見ると、必要な経費が多くて削れない、となりがちです」

 「ただ、時代に合わない支出はそれなりにあり、変化に合わせて財政の中身を変えていかないといけません。納税者に納得感をもってもらうためにも、不断の努力が求められます」

 ――政治の方に目を向けると、多くの政党が消費税などの減税策を競い合っています。

 「国民の減税要求が今ほど可視化されたことはなかったように思います。政党の側でも、減税公約を積極的に掲げて支持を得る傾向は、れいわ新選組が出てきたころから強まり、国民民主党などが続きました。左派と右派の両方が減税を唱え、間にいる立憲民主党なども票を奪われるのを心配し、それにならうという状況になっています」

 ――立憲の野田佳彦代表が消費減税を打ち出したことは話題になりました。13年前、民主党政権の首相として自民、公明両党と「社会保障と税の一体改革」をまとめた立役者ですが、どう見ましたか。

 「意外で驚きました。あの3党合意の精神は、社会保障と消費税を政争の具にしない、というものでしたから。その土台は失われたようにも見えますが、最近の年金改革をめぐる動きは興味をひきました。自公が基礎年金の底上げ策を法案から除外しましたが、立憲が復活を求め、法律が成立しました。楽観的すぎるかもしれませんが、一体改革の精神は底流では消えていないと思いました」

 ――減税論自体はどう見えますか。

 「ストレートでわかりやすい主張ですが、減税を繰り返しても、少子高齢化や低成長など、大きな課題の解決にはつながりません。当面の負担は減っても、税・社会保障を通じた所得の再分配が縮小し、格差はかえって拡大します。必要なのは、税を能力に応じて納めてもらい、国民に再分配する政府の機能を立て直すこと、さきほどからお話ししている現役世代への配分強化です」

 ――財政支出は増えますね。

 「そうですが、長い目で見ると、収支計算がプラスになることも期待できる。たとえば、子育てしながら働き続けられる環境を整えることは、その人の生涯所得だけでなく、将来の社会の支え手や税収の増加をもたらします。社会保障を全世代型に拡充するための財源として、金融所得や富裕層への課税強化も具体的に検討すべきです。目先だけでなく大局的に考えることが大切です」

迫る参院選、政治は「負担」から逃げるな

 ――国民の税への信頼や納得感を取り戻すには何が必要ですか。

 「財政でお金の流れの透明性を高めること、学校教育で納税の義務だけでなく、主権者としての権利や行使の仕方について学ぶ機会を増やすこと、その実践の場として地方自治への住民参加を促すことが挙げられます。なにより政治家自身が、選挙を恐れて負担の問題から逃げてはいけません。税が社会でどう役立っているのかを正面から訴え、意義や恩恵を国民に理解してもらい、合意を形成する努力を尽くしてほしい」

 ――参院選が近づいています。どんな論戦を求めますか。

 「給付を充実させ、国民に税負担を求める方向に行くのか。支出をカットするなら減税もできるが、公的サービスの後退をどう考えるのか。各党が方向性を示す必要があります。今は、選択肢を国民に投げかけて判断を仰ぐ責任を果たしていない。減税だけの甘い話が多いですが、インフレ加速のリスクや金利上昇の副作用をどう考えるか。そうしたことも語らないと無責任でしょう」

 ――国民にはどんなことを考えてほしいですか。

 「国の予算は遠いところで決められ、自分には利益もない、今だけを見れば減税の方が魅力的、と感じる人は少なくないでしょう。でもそれだけでは、社会が縮小の悪循環に陥る心配が強まります。若い世代に投資しなければ、ますます少子化が進み、将来の支え手が減る。財政による所得再分配も弱まり、格差がもっと広がりかねません」

 「税には、国民が政府に役割をしっかり果たすよう求め、それができていない場合は是正を求める権利と責任が組み込まれています。民主主義の下で、政治家は国民の多数の意思にそむくわけにはいきません。政府に何をしてもらうかを選ぶのは私たち自身。政治家の言動に目をこらしながら、思いをめぐらせることを願います」

諸富徹さん

 もろとみ・とおる 1968年生まれ。京都大学公共政策大学院教授。専門は財政学、環境経済学。近著に「税という社会の仕組み」「税と社会保障 少子化対策の財源はどうあるべきか」。

取材を終えて

 この春、話題の財務省前デモを見た。歩道を埋め尽くす人々が「財務省解体」や「消費税廃止」を叫び、排外的な主張のプラカードも目についた。近くで政治団体の代表が暴漢に襲われる事件もおきた。

 異様な熱気と混沌(こんとん)。必死の形相や高揚した表情を見て、心がざわめいた。人々の不満や怒りの背後にあるものは何か。それを探りたいと思ったのが、このインタビューの動機の一つだ。

 燃えさかる「財源なき減税論」を財政ポピュリズムだと片付けるのは簡単だが、「問題点を説くだけでは答えたことにはならない」という諸富さんの指摘は鋭い。記者への投げかけと受け止め、改善の道を考え続けたい。(論説委員・五郎丸健一)

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この記事を書いた人
五郎丸健一
論説委員|経済社説担当
専門・関心分野
財政・税制、エネルギー政策、公共インフラ