法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『アイの歌声を聴かせて』

 田舎の企業城下町で、学校で周囲から距離をとられている少女がいた。人工知能を開発している母親もキャリアウーマンとしてガラスの天井にぶつかりながら奮闘している。
 ある日、少女のかよう学校に人工知能をそなえた少女型ロボットを母親が送りこみ、数日間ロボットとバレなければ成功というプロジェクトを立てていることを少女は知ってしまう。それを知ったことを母親に気づかれると、その時点でプロジェクトは失敗したことになる。
 転校生としてやってきた少女型ロボットは外見こそ完璧だが行動はとっぴで、少女は難しいフォローをせまられるが……


 新型コロナ禍のさなか、2021年10月に公開されたアニメ映画。完全オリジナルのSFアニメ映画として、国内外で評価をえたという。

 人工知能が登場するSFアニメで、キービジュアルに反してホラーっぽいという評判と、大河内一楼脚本という情報だけ把握して視聴した。アンドロイド*1の人間に似せながらも根幹が異なることを端々で描写するつくりに『イヴの時間』を思い出していたら、そもそも吉浦康裕監督作品で、脚本も共同で手がけていた。
 本編は意外なミュージカルアニメ。主人公の好きなディズニーアニメっぽい作中作『ムーンプリンセス』が前振りかつ伏線になっている。日常からシームレスに歌いだすギャップがとっつきづらさを感じさがちなミュージカルだが、この作品は歌いだすキャラクターをアンドロイドのシオンに担当させることで、作中でも唐突な出来事としてあつかいつつ、その違和感から人間ではないと気づかせてはならない主人公にとってのサスペンスを生み出す。何を考えているかわからないシオンのふるまいでサスペンスがもりあがるし、主人公を呼びだす自撮りなど明らかにホラータッチだが、コメディタッチな場面も少なくない。正体バレのサスペンス性を高めるシオンの腹部機能がひどいギャグにつながる場面は笑った。
 主人公が周囲から距離をとられている理由が観客に明かされるとともに数少ない協力者との関係が密接になり、人工知能との関係も時間と空間のスケールを拡大していく。ドラマが広がるとともに世界に大規模な変化をもたらすホラ話っぷりが良い意味で古典SF小説のようだった。


 制作会社はJ.C.STAFF。1990年代後半くらいを思わせるコッテリした影つけの絵柄なのに、全体を通して描線の精度が高くて、映像が統制されているアンバランスさが面白い。以前の吉浦監督作品はもっと簡素なキャラクターデザインが多かったのに、流行に逆行している感じがあったが、この古さは嫌いではない。
 映像のスタイルの古さは、太陽光や風力による大規模な発電施設が背景に映りこむ未来図からも感じられるのかもしれない。大規模な太陽光発電は1990年代前半の『大長編ドラえもん』でくりかえし描写され同時代にアニメ映画化されているし、垂直型風車も1990年代後半の『勇者王ガオガイガー』でアニメ化されている。
 それらの再生可能エネルギー施設が土地の安い田舎で展開されているところは現代的と思わなくもないが、環境保護を敵視や揶揄しがちな現代日本のなかにあって古典的だからこそ貴重な作品だと感じられもした。そうした施設がただの背景で終わらず、ちゃんと主人公まわりの私的なドラマに活用されるところも良い。

*1:女性型なのでガイノイドが正しいのかもしれないが、人工知能の性格は無性っぽさがある。