その日、シュレベール城に御前会議を中断させるほどの報せが届いた。
「アルチュセール山峡関要塞より特秘一級指定の書状です。殻獣の大規模な群れが森都に迫っている。とのこと」
「なんだと!?」
殻獣とは、巨大な殻で全身を覆われた魔獣の一種である。その生態は蜂や蟻に近く、群れの中に一匹だけの女皇殻獣が繁殖を担う。
かつてオルガ達がP.D.世界で戦ったハシュマルやカズマ、アクア達の世界で戦ったデストロイヤーと同タイプのプルーマ随伴型モビルアーマーである。
そして、銀鳳騎士団の拠点である『オルフェシウス砦』へと、時ならぬ来客が現れたのは、王都へと凶報がもたらされたその次の日であった。
砦へと二機の幻晶騎士が駆け込んでくる。
その姿を見た駐機場にいた者たちは例外なく、心底から驚愕した。
何しろ現れたのは、黄金に輝く獅子の意匠を象った幻晶騎士『金獅子』と銀色に煌めく虎の意匠を象った幻晶騎士『銀虎』であったからだ。
この『金獅子』と『銀虎』の騎操士が誰であるか、改めて言うまでもないだろう。
「先王陛下とエムリス殿下!?こんな所までいらっしゃるとは、一体どのようなご用件でしょうか!?」
駐機場へ飛んできたエルネスティがそれぞれの幻晶騎士より降り立ったエムリスと先王アンブロシウスにそう問う。
「どうした、マクギリス?んな慌ててよ」
「ん?何で王様がいんの?」
「違うぞ、三日月。元王様だ」
「シノ……言葉使いに気を付けろよ。先王陛下だ」
「固っくるしいんだよ、ユージンは」
「仕方ねぇだろ、お前らが死んじまった後に俺はお嬢のボディーガードやってたんだ。言葉使いとかはそりゃ気にするだろ」
騒ぎを聞きつけた面々が集まってくる。
やがて、十分に人が集まったのを見計らってアンブロシウスはこう口を開いた。
「エルネスティよ、いや、銀鳳騎士団よ!これより伝えるは現陛下より下される『王命』である!!」
アンブロシウスは厳しい表情のままそう叫んだ。
その並々ならぬ気迫に満ちた様子を感じとったエルネスティは真剣な顔でこう言った。
「……会議室で詳しく聞きましょう」
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工房の隅に作られた会議室にエルネスティとアディ、キッド、オルガ、三日月、石動、エドガー、ディートリヒ、ヘルヴィ、ユージン、チャド、シノ、ラフタ、アジー、ハッシュ、ダーヴィドとワトソン、そして、エムリス、アンブロシウスが一同に集う。
そんな中でアンブロシウスがこう話し始めた。
「先に言っておく。今より話す事は一切の他言無用である。……端的に言おう。殻獣…多数の群れを作る魔獣が現れた」
「モビルアーマー、じゃねぇか……」
「あれは……天使だ。その群れはプルーマと呼ぶらしい」
「うむ、確かに古文書にはプルーマと記載されておったな。……その殻獣共が向かう『森都』は我が国の魔力転換炉の生産地なのだ」
「何っ!?エイハブ・リアクターの生産地だと!!?」
「エーテル・リアクターだよ、オルガ」
「すいませんでした……。それで、止める方法は!?」
「起動してしまった以上、破壊するしかない。出来るものならな……」
その言葉を聞いたオルガはすぐに行動に移す。
「くっ……ミカ、急ぐぞ!」
「うん」
「幻晶騎士よりモビルスーツのが起動力は上だ。昭宏とユージン以外の鉄華団とタービンズは先に現場に急行する!!俺も獅電で出る!!」
「分かった」
「よっしゃあ!」
「了解」
「任せてよ!」
オルガの指示にチャド、シノ、アジー、ラフタが答える。
同様にエルネスティも銀鳳騎士団に次のような指示を出す。
「銀鳳騎士団、総員出撃準備!石動はヘルムヴィーゲで鉄華団とともに先行しろ!」
「はっ!」
「ユージンさんはヘルヴィさんの三番中隊に入って下さい!!」
「おう!こういう時のために幻晶騎士も使えるようにしといたんだ!やってやるよ!」
「荷馬車の準備が整い次第、急行します!オルガ団長、三時間後に合流を!」
「わかった」
そこにハッシュの声が響く。
「三日月さーん!バルバトスルプス、来ました!」
「止めるよ、アルフヘイムに行く前に」
「頼んだぜ、遊撃隊長」
「うん」
そして、エルネスティはこう呟いた。
その呟きをオルガが耳にする。
「……アグニカ・カイエルはモビルアーマーを倒して、ギャラルホルンを築いたのだ」
「は?」
「この状況下でこそ、私が本当に望んでいたバエルを手に入れられるかもしれない!」
「あんた、正気か?」
それぞれの思惑が交差する中、旅団級魔獣『女皇殻獣』との戦いが始まった。
約三時間後──
ガチャガチャと無機質な音が森中にこだまする。
森の奥から涌き出るように現れるプルーマをチャドのランドマンロディとオルガ、ラフタ、アジーの獅電が迎え撃つ。
「耐えろ!お前ら!!」
「あと少し……あと少しで!!」
「あと、ちょっと!何とかなる!!する!!」
「あぁ、この調子なら……!」
森都を護る最終防衛拠点である『アルチュセール山峡関要塞』をいきなりプルーマの群れに晒す訳にもいかず、鉄華団は現場で戦っていた騎操士達と協力して、プルーマの殲滅に当たっていた。
辟邪を駆るハッシュも同様に事に当たっていたが──
「くっそ……前に出過ぎた!この機体、やっぱ地上戦のデータが少な過ぎて、まだセッティングが……」
辟邪のコンソールを弄っているその時、コクピット内に警告音が響く。
ハッシュが機体操作に今だ慣れず、生じてしまった隙をついて死角から接近したプルーマが襲い掛かって来た。
その状況にハッシュは既視感を覚える。
(これじゃ、俺が前死んだときと全く同じじゃねぇか……。このままじゃ、また死んじまう……。怖ぇぇ!!)
──その時、襲い掛かってきたプルーマが何者かに振り払われた。
思わず閉じた目を恐る恐る開いた時、ハッシュの目の前にあったのは──白い悪魔の後ろ姿だった。
「生きてる?」
「三日月さん!!」
(やっぱ、かっけぇなぁ……)
ハッシュの三日月への忠誠心がさらに強まった瞬間であった。
「フィリア、ユンフ、ゼルクス!俺達も彼らに続くぞ!!」
国立機操開発研究工房(通称、国機研)の騎操士の一人、エリックも同僚達とともにプルーマと交戦中であった。
エリックの目の前にはシノのガンダム・フラウロスと石動のヘルムヴィーゲ・リンカーがプルーマを破壊していく光景が映る。
以前の模擬試合で負けてから、彼は銀鳳騎士団に憧れを抱いていた。
(いつか俺も彼らのように強く……)
そう心の中で願いながら、自身の朱色のカルダトア・ダーシュを駆り、戦い続けるエリックはふと、迫る殻獣の背後に奇妙なものを見つけた。
これまでに戦っていた殻獣とは異なる鮮やかな色合いの何かがはためいている。
(ん?)
それは……『旗』だった。
剣と盾、そして草木を示す葉を組み合わせたフレメヴィーラ王国の国旗。
その下には剣を抱き、翼を広げる銀の鳳と角笛を吹く男、そして赤い華を模した紋章が記されている。
その『旗』をエリックは知っていた──。
「援軍か!?」
「あぁ、あれは……!!」
その『旗』を掲げる青いカルディトーレ『トイボックス』が拡声器を使い、こう宣言する。
「銀鳳騎士団、ここに参上!!」
そのエルネスティの声を聞いたエリック達は安堵の息を漏らす。
「彼らが集った……。銀鳳騎士団が……!」
そして──
「突撃!」
エルネスティのその声とともに、銀鳳騎士団は一斉に動き出した。
到着した銀鳳騎士団の中で最初に動いたのは、幻晶騎士開発主任であり、騎士団長でもあるエルネスティ達だ。
トイボックスが乗る戦馬車を牽引する二機のツェンドリンプル。アディとキッドの二人がプルーマの群れを蹴散らしながら進んでいく。
「三番中隊、砲撃用意!」
そして、次にヘルヴィの号令でツェンドリンプル部隊が動く。
「先行する騎士団長周辺の魔獣を一掃する」
「了解っ!!」
そのツェンドリンプル部隊のうち一機を操るのは、最近、魔法と幻晶騎士の操縦を覚えたユージンだ。
ヘルヴィ、ユージン達の駆るツェンドリンプルが魔法で砲撃する。
その法撃はオルガの獅電の戦闘区域に真っ直ぐ向かい──
ヴァアアアアアア!!
その時、希望の花が咲いた。
「【俺は止まらねぇからよ……。お前らが止まらねぇかぎり、その先に俺はいるぞ!……だからよ、止まるんじゃねぇぞ……】」
「よっしゃ、行くぞ!金獅子の初陣だ!!」
停車した荷馬車に積まれていた幻晶騎士が大地に立つ。
その中の一機、エムリスの『金獅子』はそのまま目前に群れるプルーマへ向き直ると、大剣を無造作に構えた。無限にも見える魔獣の数に怯む様子はなく、むしろ楽しげですらある。
「くらえっ!!獣王轟砲!!」
エムリスがそう叫びながら、操縦桿に備わったトリガーを押し込むと、金獅子の肩の装甲が開き、内臓されていた紋章術式が露となった。同時に背後の魔導兵装も展開し、その全てが一斉に駆動を始める。
これこそが複数の魔導兵装を連動させる事によって大規模な魔法を放つ、金獅子の特殊魔導兵装『獣王轟砲』だ。
「あれはまさか……ビーム兵器!?」
チャドは勘違いしているが、獣王轟砲に刻み込まれた戦術級魔法は大気操作。
金獅子の周囲の大気が渦を巻いて収束する。そのまま圧縮された大気を解き放ち、激烈な衝撃波を繰り出した。
放たれた轟風はまさに獣王の咆哮のごとし。
その獣王轟砲は狙い過たず目前にいたプルーマの群れを一掃した。
その威力にエムリスは満足げな様子で高笑いをあげるが……
「はっはっはっは!見たか!!……っておい!!魔力貯畜量が底つきかけてるぞ!!」
「それはまぁ、威力相応の代償といいますか……」
そう笑うエルネスティにアンブロシウスがこう言った。
「エルネスティ!ここは任せよ!お主はクイーンを探せ!好きに暴れてこい!!」
「そうか、ではお言葉に甘えさせてもらおうか」
エルネスティがそう答えると、アディとキッドのツェンドリンプルは再び走りだした。
それを見ていたオルガはシノへ向けてこう告げる。
「シノォ!マクギリスの援護頼む!」
「おうよ!んじゃ俺は砲撃ポイントに向かうぜ」
「頼んだぞ!!」
プルーマを叩き潰しながら、エルネスティのトイボックスを乗せた戦馬車が森の奥へと進んでいく。
その途中──
「ん?」
アディが何かを感じ取った。
アディの駆るツェンドリンプルの真上から巨大な脚が落ちてくる。
「ぎゃああああ!!」
「うわっ!?お、おい!」
急旋回するアディのツェンドリンプルに引っ張られるキッドのツェンドリンプルとエルネスティのトイボックスを乗せた戦馬車。
急旋回の後、急停止した戦馬車の目の前には──
「なんだよ、急に」
「あ、あれ……」
「……あっ!」
目の前に立つ旅団級魔獣『女皇殻獣』は彼らの予想外の巨体を備えていた。
六本の歩行脚と二本の鋏脚を備えているのは他のプルーマ──殻獣と同様だが甲殻に覆われた身体は海老のように反り返っており、胴体の数倍にも達するであろう巨大な球状の腹部が胴体から吊り下げられるようにして存在していた。
その吊り下げられているものは『孵卵殻』と呼ばれる殻獣の産卵器官である。女皇殻獣が産み落とした卵は内部で孵化し、幼生体の間を孵卵殻で過ごした後、成体となって初めて外の大地に足を踏み入れる。
人間でいう『赤色骨髄』と似たような器官である。
つまり、この女皇殻獣はプルーマ随伴型モビルアーマーの中でも、自身の体内でプルーマを産み出すモビルアーマーであるのだ。
まさにプルーマの『巣』そのもの。あるいは『群れ』そのもの。
そんな女皇殻獣を見上げるキッドとアディ、エルネスティは各々、感想を呟く。
「女皇……陛下……?」
「おっきぃ……」
「かなり特殊なタイプのモビルアーマーのようですね……」
「どうする、エルくん?」
「素直に弱点を狙いましょう!」
エルネスティの言う弱点とは、もちろん孵卵殻のことだ。
戦馬車は大きく弧を描いて旋回。
エルネスティの『トイボックス』は女皇殻獣の腹部にある孵卵殻目掛けて、魔法の砲弾『轟炎の槍』を連射する。
多少乱雑に撃ったところで、この大きさの的を外すことなどない。朱の法弾が垂れ下がった腹部へと直撃する。
やがて女皇殻獣の腹部は音を立てて、崩れ落ちた。
それまで泰然としていた女皇殻獣が初めて体勢を崩し、苦悶の叫びを上げ、暴れだす。
「おっと、女皇陛下がお怒りのようですね。一旦、距離を取りましょうか」
エルネスティの呟きを待つまでもなく、アディとキッドはツェンドリンプルを動き出させ、そのまま女皇殻獣の元から離脱を図っていた。
それを見た女皇殻獣も動き出す。動きを制限していた孵卵殻という重りが無くなった今、それまでの動きが嘘のように、素早い動きでエルネスティ達を追い詰めていく。
しかし、その勢いは遠距離から放たれた砲撃によって、殺された。
「唸れっ!ギャラクシーキャノンッ!!発射ぁっ!!」
シノのガンダム・フラウロスの放ったギャラクシーキャノンが女皇殻獣の足の一本を撃ち抜き、足の折れた女皇殻獣はバランスを崩して、その場に倒れる。
その一瞬をエルネスティは勝機へと変えた。
「ふっ……数奇な巡り合わせもあるものだな……」
戦馬車から突撃用の斬獣剣『ビーストスレイヤー』を取り出したエルネスティのトイボックスはその斬獣剣にワイヤーを括りつけ、それを女皇殻獣の頭上に投げ刺す。
「ギャラルホルンの始祖であるアグニカ・カイエルが戦った人類の敵。それを私が一人で葬る!!」
そのワイヤーを括りつけた斬獣剣に電撃の魔法術式を流し込み、女皇殻獣を麻痺させた。
「俺の勝ちだ!!」
そして、女皇殻獣は電撃により痺れ果て、その機能を停止させた。
数日後──
銀鳳騎士団の活躍により、森都を襲った未曾有の危機は退けられた。
先王アンブロシウスはエルネスティを王都に呼び出し、褒美を与える事にした。
その褒美とは……
「本当ですか!!?」
「陸皇亀に続き、女皇殻獣退治。そして、数々の新型機開発……成果としては充分過ぎよう」
陸皇亀を退治したのは三日月で、新型機開発もエルネスティ一人の力ではないのだが……
そんな事を先王アンブロシウスは知るよしもない。
エルネスティも勿論、本当の事を話すつもりもない。
「予てよりの約定通り、魔力転換炉の製法をお主に授ける」
そして──
西方歴一二八一年。森都に殻獣が襲来してから、半年が過ぎた。
フレメヴィーラ王国には、麗らかな春の陽気が溢れ、山野の緑も命を増し、旺盛に枝を伸ばす。
そんな心地良い気候の中で、オルフェシウス砦だけが熱気に包まれていた。
そこかしこで怒号のごとき指示が飛び交い、普段よりも一層慌ただしげな様子で騎操鍛冶師達が走り回っている。
「ゆーっくり降ろせーっ!傷つけたら承知しねぇぞ!!」
「吸排気機構の取り付け完了!」
「銀線神経の接続完了!」
「ありがとうございます!!」
その謝罪の言葉が聞こえてきたのは、熱気の源である一機の蒼き幻晶騎士からだった。
声の主はエルネスティ・エチェバルリア。彼はコクピットの中からその幻晶騎士を操作し、試運転を開始する。
「主転換炉から魔力の伝達を開始。……最低魔力容量確保。大型炉『皇之心臓』の起動を確認。出力最低、休眠状態へ移行。制御を主転換炉『女皇之冠』へと譲渡、通常出力で立ち上げます」
この機体は二基の魔力転換炉を積んでいる。師団級魔獣『陸皇亀』の心臓を用いて作った魔力転換炉『皇之心臓』と旅団級魔獣『女皇殻獣』の心臓を用いて作った魔力転換炉『女皇之冠』。
先王アンブロシウスより伝えられ、森都で半年間学んだ魔力転換炉の製法をもとに、エルネスティが自分で作り上げた、このセッテルンド大陸に一つだけの特別な魔力転換炉だ。
二体の強大な魔獣の心臓を用いた魔力転換炉による圧倒的な魔力の供給を受け、力が満ちた機体が目醒める。
「やっと会えたな……バエル」
そのエルネスティの呟きとともに、機体の各所から結晶筋肉が収縮する、まるで弦楽器を掻き鳴らしたような音が響き出した。
蒼き機体の腕が、足が、己の力を確かめんとするように動き出す。
「三百年だ……。もう休暇は十分に楽しんだだろうアグニカ・カイエル。さぁ、目醒めの時だ!」
この機体の名は──
「ガンダム・バエル・斑鳩!!」