「日本で7月に…」根拠なき“災害予言”が拡散 専門家の見解は
いま、国内各地と香港を結ぶ定期便に異変が起きています。
就航したばかりの徳島では、来月から減便に。仙台や福岡、札幌便などでも。香港からの旅行需要が減っているというのです。
インバウンドは好調なはずでは…。取材してみると、科学的根拠のない“災害のうわさ”が影響していることが見えてきました。
知事の肝いり事業が
「観光の大きな柱になると考え、香港と徳島の人に向けてプロモーションを行っていた。もう少しというところで減便されるのは残念な気持ちもある」
そう話すのは、徳島県で観光誘客を担当する課長です。
徳島県では、去年11月、香港との定期便が就航。
県知事肝いりの事業で、観光客を呼び込めると期待されていましたが、5月から週2便に減便されることが発表されました。
航空会社は「日本への旅行需要が急速に減少している」としています。
この会社では仙台便についても週4便から週3便に減便するほか、香港航空も「一部の路線の予約数が低調だ」として、5月から6月にかけて、福岡と中部、新千歳とを結ぶ定期便について減便を予定しているということです。
日本は、香港の人たちにとって最も人気のある海外の旅行先で、リピーターも多くなっています。去年、日本を訪れた人は香港の人口の3分の1にあたるのべ268万人余りと、過去最多を記録しました。
それなのに、なぜ?徳島空港で香港からの便を利用する観光客に聞いてみました。
30代夫婦
「7月は日本に来ません。7月の前後の月であればいいと思うので、8月とか9月にまた来ようと思います」
30代女性
「よく日本には来ますが、少し心配なので、この夏は日本ではなく、タイとか台湾に行きます」
香港で広がる“うわさ”
何が起きているのか。
世界の経済情勢が不透明さを増していることもありますが、実は香港で「2025年7月5日に日本で大災難が起きる」という“うわさ”が広がっているのです。
“うわさ”のきっかけとなったのは日本のマンガです。
「日本が大津波に襲われる夢を見た」などという内容で、YouTubeでインフルエンサーなどが取り上げ、香港でも広がっています。
この“うわさ”、科学的根拠はありません。気象庁は「現在の科学的知見では時期や場所、規模を特定した地震や噴火の予知はできません」としています。
年に3、4回、日本を訪れるという50代の夫婦も、ネット上で目にしたこの“うわさ”を理由に、日本への旅行はしばらく控えることを決めました。
香港ではこのところ、ニュースサイトなどで“うわさ”のもととなったマンガが繰り返し紹介されているほか、ことし3月に見直された国の南海トラフ巨大地震の被害想定も大きく報じられています。
香港では、地形や方角などをもとにさまざまなことを判断する「風水」が日常生活に深く根づいていますが、複数の風水師がYouTubeなどで、「日本で大災難が起きる」などとして渡航を控えるよう呼びかけています。
妻 鄭莎莉さん
「フェイスブックやYouTube、それにニュースなどでこぞって大地震が起きる可能性があると伝えているので、怖くなって日本に行こうとは思わなくなりました。もちろん起こらないことを願っています」
夫 李仲豪さん
「香港では地震にあうことは非常に少ないので、どう対処したらいいのかわかりません。旅行中に地震が起きた場合、どこに避難すればよいかも知りませんし、日本人のように(避難)訓練を受けているわけでもありません」
【配信はこちら】科学的根拠ないうわさ なぜ広がったのか?
サタデーウオッチ9「デジボリ」(4月26日)
配信期限:5月3日(土) 午後10時まで
再生回数は1億回超
この“うわさ”、最初は日本で、都市伝説を紹介するインフルエンサーがYouTubeなどで取り上げたことなどで拡散されました。
YouTubeでの動画の広がりをNHKが分析すると、「2025年7月」に関連する日本語の動画は少なくとも1400本あり、合わせて1億回以上再生されていました。
動画は2023年ごろから増え始め、ことしに入って急増。4月25日までに新たに公開されたものが1000本以上ありました。
2025年7月に「隕石(いんせき)が落ちる」「南海トラフ巨大地震が起きる」「火山が噴火する」などと主張するもの、「ほかの予言者も言っている」などと語るものもありました。
TikTokでも関連する動画は50本以上、合わせて4000万回以上再生されています。
去年末ごろからは特に中国語圏で
科学的根拠のないこの“うわさ”は、海外にも広がりました。去年の年末ごろから、特に香港や台湾を中心に拡散しています。
このテーマで、これらの地域で使用される中国語の文字「繁体字」が使われている関連動画は、YouTubeで少なくとも220本確認でき、合わせて5200万回以上再生されていました。
現地メディアの動画や、風水師が「4月でも日本には行かないほうがいい」と話す動画が拡散しているほか、3月のミャンマー中部の大地震のあとには、タイの“予言者”に関連付ける形でも急増しています。
TikTokには英語やタイ語、ベトナム語の投稿もあり、なかには200万回以上再生されているものもありました。
4月に入ってからは、インドやインドネシア、イギリス、スペインなどのネットメディアも取り上げています。
香港の旅行会社「経験したことない状況」
現実への影響はどれくらいのものなのか、香港の旅行会社で取材すると…。
ことし2月中旬以降、日本へのツアーの予約が減少し、4月21日までのイースターの大型連休中では、日本へのツアーの数は去年と比べて半分ほどでした。
ことし夏以降の予約もほとんど入っておらず、渡航先をオーストラリアやドバイに変更する動きも目立つということです。
袁振寧 常務取締役
「このような状況はこれまで経験したことがなく、非常に頭が痛いです。日本への旅行を検討していても夏休みや秋以降に先延ばしする人や、ことしは日本には行かないという人すらいます」
この旅行会社では、子どもの料金を無料にしたり、出発前に旅行先が被災するマグニチュード5以上の地震が起きた場合に、全額を返金したりするプランも始めましたが、客足は戻ってきていないということです。
袁常務取締役
「このまま何も起こらず、“うわさ”がおさまることを願っていますが、年間を通じて影響が出るのではないかと懸念しています」
日本政府観光局によりますと、ことし3月、日本を訪れた香港の旅行者は20万8000万人余りと国・地域別では5番目に多かったものの、去年の同じ時期に比べて9.9%減少しました。
日本政府観光局香港事務所
「去年は3月に始まった香港の大型連休がことしは4月だったことが、3月の減少の理由として考えられる。ただ、今後、大災害に関する“うわさ”が影響してくるかどうか、4月以降の動向を見極める必要がある」
香港で特に なぜ?
なぜ、“うわさ”が社会に影響するほどの広がりが?
アジアでの情報の流通に詳しい香港大学の鍛治本正人教授は、次のように分析しています。
▽香港ではもともと「2025年7月」に関連する動画やSNSの投稿、ネット記事などが出回っていた
▽3月末に「南海トラフ地震の新たな被害想定」発表
↓
以前から南海トラフ地震に関連するニュースが取り上げられているなかで、日本の地震に対する関心が高まる
▽その後、YouTuberや風水師がマンガの内容などをこぞって取り上げたことで一気に拡散
大使館の発表も…
そして、南海トラフ巨大地震の新たな被害想定を受けて、東京の中国大使館が4月に出した注意喚起も影響したと見ています。
「被害想定」に触れた上で、「日本への旅行や留学のための安全な手配をし、不動産の購入を慎重に選択することをお勧めします」と書かれています。
この大使館の注意喚起を取り上げた香港メディアの記事の中には、すでに広がっている根拠のない“うわさ”と結び付けて取り上げるものもあり、不安が大きくなっていったとみられます。
こうした状況について、被害想定を発表した内閣府の防災担当者は次のように話しています。
内閣府防災担当
「今回、国において発表した被害想定は『夏に地震が起きる』という言説とは関係ありません。科学的に『△月△日に巨大地震が発生する』といった予測は困難ですので、無用の混乱を避けるために正しい情報を見極め、偽・誤情報の拡散などは絶対に行わないでいただきたいと思います」
「今回の被害想定では、個人でも取り組める対策により被害が大幅に軽減されることも示されています。これをきっかけに、南海トラフ地震をはじめとする地震への備えを進めていただきたいと考えています」
南海トラフ巨大地震「新被害想定」公表
科学的根拠のない“地震予知” これまでも
人々の不安につけ込む科学的根拠のない“うわさ”は、これまでもたびたび広がってきました。
古くは、20世紀末に人類の滅亡を予言した「ノストラダムスの大予言」や2012年の「マヤの予言」など。
しかし、人類は滅亡していません。
去年夏には、南海トラフ巨大地震の臨時情報が出された際、「2024年8月14日に巨大地震が起こる」とする根拠のない偽の情報がXで広がり、投稿は3500万回以上見られました。
この情報は「未来人」を名乗るアカウントの投稿がもととなっていました。
また、Xなどでは「あす、○○地方で、震度●の地震が来る」などと、連日のように投稿しているアカウントも存在します。
そうした科学的根拠のない“地震予知”を繰り返すことで、「当たった」とする投稿もあるのが実態です。
過去にも繰り返されてきた“うわさ”
7月に日本で災害が起こるという“うわさ”が国内外に広がっていることについて、災害情報に詳しい東京大学大学院の関谷直也教授は次のように指摘しています。
「過去にも繰り返されてきた科学的な根拠のないうわさです。地震や噴火の日時、規模、場所を特定する予知は現在の科学ではできず、科学的根拠はありません。仮に7月に地震などが起きてもそれは予知ではない。災害はいつ起こるか分からないという前提で備えを進めることが重要です」
関谷教授は“うわさ”の中には、同じような話が繰り返されて広まる「都市伝説」や、一時的に広範囲に広がる「流言(りゅうげん)」などがあり、古くから繰り返されてきたといいます。
“うわさ”広めないことが重要
関谷教授は日常的なコミュニケーションに影響を及ぼすのは、「科学的な正しさ」よりも、関心の高さや不安など「感情的な要素」だと指摘します。
去年には能登半島地震が発生したほか、ことし3月には南海トラフ地震の被害想定が見直されました。
さらにミャンマーで大地震が起きるなど、災害に関する報道が増え、ちょうど、災害への不安や関心が高まっている時期だったことも関係していると分析しています。
また、今回の特徴として、SNSの普及で“うわさ”が海外にも広がるなど、より広く・はやく伝わりやすくなっているとしています。
最後に、私たちはどう受け止めればいいのか、聞きました。
関谷教授
「科学的根拠のない“うわさ”に接した際には広めないことが重要です。ただし、日本に住んでいる以上、地震などの災害はいつ起こるか分からず、常に備えをしておくべき。訪日に不安を覚えている海外の人に対しては『災害が起きないから大丈夫』と言うのではなく、『災害が起きても大丈夫』と言えるような社会をつくっていかないといけません」
【配信はこちら】科学的根拠ないうわさ なぜ広がったのか?
↓荒木さくらアナウンサーがプレゼン解説↓
サタデーウオッチ9 デジボリ
サタデーウオッチ9「デジボリ」(4月26日) 配信期限:5月3日(土) 午後10時まで
(徳島局・藤原哲哉、香港支局・小田真、社会部・老久保勇太、機動展開プロジェクト・籏智広太、経済部・岡谷宏基)