【レイマリ】布団をね、
▽変わらない布団と変わるレイマリのお話です。オチが書きたかっただけです。途中でオチが読めた人はわたしと握手だ。
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1.
布団をね、と年端もいかない頃の霊夢は切り出した。
「もうひと組買おうかなって」
「ん……? なんで?」
霊夢とそう変わらない年齢の魔理沙もあどけなく首を傾げる。博麗神社には霊夢しかいない。わざわざ新しい布団を買う理由が思い当たらなかった。
そんな魔理沙を霊夢はジッと見つめて、ほんの少しだけ躊躇いがちに口を開く。
「そうしたら魔理沙、ここに泊まれるかなって」
「……あ。そっか」
魔理沙はぽんと手を叩いた。つまり客用布団を買うということだ。納得した様子の魔理沙を見て心なしか霊夢の口元が誇らしげに吊り上がる。魔理沙がそれに気付くよりも早く、地面に石ころで書いた複数の円の中を器用に片足で跳び、あらかじめ小石を置いてあった円は避けて戻ってきた霊夢は、いつもと変わらぬ表情のまま「交代」と左手を掲げた。
「んー……」
霊夢の左手を叩き、魔理沙も円の中を跳んでいく。しかし考えごとをしていたせいで線を踏んでしまった。後ろで霊夢のはしゃぐ声がした。
少し前、魔理沙は独りになる自由と寂しさを知ったばかりだった。まだまだ慣れないことは多く、霊夢のいるこの神社に何度も足を運ぶのは人恋しさによる部分もある。たとえ何百段もの石段をのぼるとしても。
しかし寒さが厳しくなってくるとそうも言っていられなくなった。太陽の出る時間が短くなるからだ。
日が暮れれば様々な危険が増す。魔理沙の暮らす魔法の森はただでさえ日が差し込みにくく、薄暗いのが常であるから、神社と行き来するだけで日を見る時間は限られてしまう。
暗くなる前に帰ろうと思うと、霊夢と一緒にいられる時間はあまりにも物足りなかった。
そんな魔理沙にとって霊夢の提案は確かに魅力的だった。遊びに夢中になるあまり霊夢に家まで送ってもらったこともある。神社に泊まれるようになれば、そういった負い目からも解放されるのだから、まさに願ったり叶ったりだった。
「……でも、わるいよ」
雑に円の中を跳んで戻ってきた魔理沙は気まずそうに顔を伏せた。
独りで暮らす厳しさを知っている。霊夢の普段の暮らしぶりを見るにとても裕福とは思えないし、そうでなくとも霊夢の友達としてそこは譲れない。魔理沙はそこまで子供ではなかった。
霊夢は少し意外そうにしている。断られるとは微塵も考えていなかったらしい。念押しするように魔理沙は首を横に振った。
「そんなことにお金なんて使うなよ。帰る時間なら気を付けるから」
「え……で、でも」
霊夢がそこまで食い下がってくるとは思わず、今度は魔理沙が驚く番だった。アンタまた来たの、とは魔理沙が神社に来たときのお決まりの文句だったけれど、もう少し気を遣わなくてもいいのかもしれない。こっそり魔理沙は喜んだ。
そんな魔理沙の気持ちを知るはずもなく、霊夢はこつん、と石を蹴って、俯いたままぼそぼそと呟く。
「魔理沙が……ここまで来るの大変そうだし、それに、魔法の森は瘴気が濃くて人間が住むには不向きだから……。ここで寝泊まりしても、いいんじゃないの」
「それはありがたいけどさ。そこまで甘えるわけにはいかないって」
わかりやすく霊夢の顔が不機嫌になる。つまらなさそうに尖らせた唇を見て、反射的に霊夢の両手を握った。普段はのらりくらりと平静を崩さないくせに、一度へそを曲げるとかなり長いこと尾を引くのは、短い付き合いの中でもよくわかっていた。
「それにさ。私、絶対に飛んでみせるからさ」
「……」
「家までひとっ飛びできるようになったら帰る時間なんて気にしなくていいし。そしたら布団もいらないだろ?」
「……うん」
「霊夢はさ、そんなお金があるんだったらもうちょっと何か食べた方がいいとおもうぜ。ちゃんと毎日食べてるか?」
「食べてる。魔理沙に言われたし」
うん、と魔理沙は嬉しそうに頷いた。生きる手段でしかなかった霊夢の食卓に調味料を持ち込んだのは魔理沙だ。五感を使って食事を楽しむのは私たち人間の特権なんだぜ、と告げたら瞳を輝かせて頷いていたのを覚えている──以来、霊夢の料理は少しずつ上達している。彼女の淹れるお茶の味もまた、例外ではなかった。
「どうせなら、布団より、お茶がおいしい方がうれしいぞ、私は」
「なにそれ。ヘンなの」
クスッと霊夢が微笑む。ようやく魔理沙と目を合わせて霊夢が頷いた。
「わかった。はやく飛べるようになってよね」
「おう。まかせとけ、だぜ!」
繋いだままの両手を跳ね上げてぱちんと叩き交わした。
「じゃあつぎ、霊夢の番な!」
「うん」
霊夢の興味が地面に移ったのを確認して魔理沙はこっそりと息を吐く。神社に泊まりたくない他の理由を霊夢に話さずに済んで心から安堵するため息だった。
(暗くてこわいからなんて言えるわけない)
どうして霊夢に話したくないのか、自分でも今ひとつわからなかったが、霊夢と一緒なら暗くても平気だったかもしれない。幼い虚栄心にほんの少しだけ未練を残して、この場は終わった。
はあ……ちゅき